departure time

 カヨと名乗る少女が、白地のワンピースの丈をヒラヒラとさせながら、

「久々の私服だなんて、なんか、変な感じね……」

 などと訳の分からない事をブツブツと呟いていると、

「カヨ様ハ クマソ御出身ノ御令嬢デゴザイマス」

 テオは、この謎の少女のプロフィールを告げていくのであった。


「……そ、そーねっ! まっ! そーゆー事だからっ! よろしくっ!」

 そして、何故か少々噛むように、肩にかかる黒髪をかきあげ、カヨは胸を張ってふんぞり返る。途端に、白い生地越しに豊かなるものが、青空の陽の光の元によく映えた。

 

「……私、あなたの顔、どこかで見た気が……」

「な、なによ。わたしはあなたなんて知らないわ」

 やがて、そんな彼女の事をじっと見ていたシリナが、何かを思い出すように首をかしげ、呟けば、何やら途端にカヨは動揺し、

「クマソって……随分、南だな」

「あーんっ?! あんた、自分がヤマトだからって、今、バカにしたでしょ?!」

 今度はオレが呟けば、こちらをキッと睨んでくるので、

「や。……べ、別に。アコナワまでいったら完全外国だけど…………、クマソならそんな変わんねーだろーが」 

「いーや。今、絶対、バカにしたーっ!」

 と、彼女はしつこい。


「……勝手に思ってろよー。もーう」

「……とりあえず、あんた。今後、わたしのこと、さっきみたく変態に見るの、一切NGだからっ」

 だが、オレが肩をすくめて尚、畳みかけてくる始末なので、

(……見ーてーねーよー……!)

 さすがにガツンと言い返してやろうとした、その時だった。


「さっきから、変態、変態って……。タケル君はいい人です!」

 うちらの地元ネタについていけてなかったシリナが、とうとう何やら真剣に怒って、カヨを睨みつけていたのだ。すると、今度、カヨはニヤリとしやがり、オレとシリナの事を交互になんて見つつ、

「……あらーっ……えっ? なに? まさかー……あなた達って、そーゆー関係っ?!」

 などと何やら興味津々そうに訪ねてくるではないか。


 オレとシリナはすっかり同時に赤面してしまい、

「や。べ、別に、そういうんじゃ……………」

 どっちかどうと言うわけなく弁明も覚束なくなってしまい、かくして、この一行で一番、年下であるはずの少女は、大人たちのペースを完全に手玉にとれば、

「えーっ! 異星間交遊なんて! わたし、ほんとはそーゆーのって、すっごく素敵だと思ってたんだからー! いーなーっ。わたしも早く彼氏ほしーっ!」

 などなど、おどけた口調で、そこまで言い切るまでは無邪気な少女そのものであったのだが、途端にハッと我に返ったような顔になると、

(………………)

 空を仰げば、まるで先刻のように、誰かに向けて想いをはせる風な素振りをするのであった。とりあえず、

(…………随分、忙しいやつだな)

 と、思った。


「……で? どうすんの? 系外のどこまでいきゃあいいってのさ」

「さあ? とりあえず適当にグルグル回ってくれればいいわよ」

 オレは、久々に、同郷の人間に対する言い回しでカヨに問うてみれば、相変わらず胸を張り続けるカヨは、南国特有のアバウトさだ。

「てか、知ってんの? ……オレ、その、指名手配犯なんだけど」

「坊チャマ、ソノ件デスガ ゴ心配ハイリマセン。旦那様ガ全テ解決済ミデス」

 そして、現在の状況を告白すれば、今度はテオのドローンが割って入ってくる始末で、

(あ~…………)

 子供の頃から世話になったその人工知能に答える気にはならなかったが、とりあえず、オレは、なんだかとても複雑な心境となり、頭をぼさぼさとかいていると、

「いいお父さんじゃな~いっ。子供の不始末、チャラにしてくれたのよ~?」

「……まぁ、後で、ネット、チェックしてみるわ」

 屈託ないカヨに、答えれば、

「タケル君……。タケル君のお父様、って……」

 振り向くと、人さらいにさらわれた異星女子は、今度は驚くようにこちらを見ているところだったのである。


「あら? いい仲なのに知らないの~? このお兄さんがどうかは知らないけど~…………、お家は、ご先祖様からずーっと代々皇宮警察隊なのよ~っ! しかもお父さんはすっごいえらくて皇宮警察隊の隊長さんなんだからっ!」

(……こいつ、やけに詳しいな)

「……お前さ。オヤジの隠し子?」

「……ばーか」

 とうとうオレの問いには、カヨは白けたふうな顔で、容赦なくデコピンを繰り出してくるのであった。


「けど、ワープ代とか、かかるしな~……」

「お父さんのお金、使えばいいじゃな~い」

 尚もゴニョニョとオレがごねる中、カヨはどこまでも屈託がない。

(……そういう問題だが、そういう問題じゃねーんだよ)

 オレは流し目に睨むようにしながら、自分なりのこだわりは心の中に留めておく事にした。すると、

「坊チャマ、私ガ使用シマシタ機体ヲ、オ使イ下サイマセ」

 オレたち三人の周囲を飛ぶドローンは、自分がカヨを運ぶために使用した、メタリックの筒状の機体の特徴を説明しはじめ、既に自らが取り憑くために、足をはやせば、そいつはオレの今や自宅と化している宇宙船に近づいていこうとしているではないか。


「え~……てか。お前さ。オヤジにいちいち、言うなよ?」

 かくして、いつでも自前でワープもできるハイスペックな船へと進化しつつある愛機を眺めながら、オレは空飛ぶドローンに向けて注文をつけると、

「問題アリマセン。旦那様カラモ、坊チャマヘノ干渉ハ避ケルヨウニ命令サレテオリマス。改修工事ノ終了次第、一時、連絡ヲ中断致シマス。デハ、坊チャマ、良ク睡眠ヲトリ、運動ヲシ、食事モナルベク三食食ベルヨウ二シテ下サイ。ドリンクチャージモヨロシイデスガ、ナルベク緑ガ多ク、オクチデ噛メルモノヲバランス良ク…………」

「わかった! わかったよ!」

 オレは久しぶりの長い小言にうんざりして話を遮り、

「…………工事ガ終了致シマシタ。デハ、コレニテ通信ヲ終了致シマス。皆様、Von voyage」

 そして、テオのドローンは、一度、オレたちの周りをグルっと旋回すると、宇宙船に装備された自らに着地し、沈黙したのであった。


「へぇ~。わたしん家、貧乏だし、実感なかったんだけど、この世にお坊ちゃんって、本当にいるもんなのね~」

「へんなもんでも見るようにしてんじゃねーよ……!」

 一部始終を眺めていたカヨは、まるで新種の動物でも見るかのようにオレの姿をしげしげと眺め回し、話しかけてきたので、オレは流し目で睨み返すようにしてやったのだが、

「まぁまぁ、そんな怖い顔しないでっ。坊、ちゃ、まっ! プププ……。さぁ、楽しい旅にレッツゴー!」

「なっ……!」

 からかうだけからかうと、カヨは早速、宇宙船の方に向かってしまった。尚も、その後ろ姿を目で追いかけ、食い下がってやろうとすらしていると、

「タケル君……」

 それまでずっと黙っていた、カヨに比べれば遥かに小柄の異星の乙女が口を開いたのだ。


(…………)

 オレはおずおずと振り向くしかなく、シリナは、未だ、驚いた顔つきのままに目をパチパチとこちらに向けている。

「……だからさ……ごめんって、そういう意味……」

 シリナの素性が明らかになっていくにつれ、オレは自分が太陽系連邦の関係者もいいところなのを、彼女に知られたくない気持ちが強くなっていったのだ。

「なんかさ……嫌だったら、いいよ?これ、オヤジの依頼だしさ。折角、ワープ機能もついたし……んー、今の銀河系で、三等星人されちゃった人が一人で生きてくのも大変、だとも思うんだけど……」

 罰の悪さも手伝って、オレの答えはだんだん的を得ないしどろもどろなものになっていったのだが、

「……お父様、お優しそうな方ですね……」

(………………!)

 話題の切り出し方に驚いたオレが彼女に振り向けば、その目は優しく微笑んでいて、

「……それにとてもお強そうです。戦や狩りの時は剣をお使いになられるのかしら」


 シリナは、オヤジが腰に帯刀していた、皇宮警察隊の証であるレーザーサーベルの柄のデザリングの事を言っていて、肩をすくめては尚も笑み、彼女の一族流のユーモアで答えるほどであったのだ。

「……行きましょう。荷物もまとめなきゃならないし。ほら、カヨさんが待ってます」

(………………)

 そして、異星の乙女が視線を移した方を振り向けば、今や、我が宇宙船の前で仁王立ちしているカヨが、

「ねーっ。あけてよーっ!」

 と、丁度、ふくれっ面でこちらに催促しているところであった。


 ハッチが開くまでは、

「わたし、地球、離れた事ないから、宇宙船ってはじめてなのよね~。楽しみっ」

 などとシリナに語りかけていたカヨであったが、いざ船内に入れば、

「なにこれー! きたなーい! タバコくさーい!」

 と、文句の垂れ流しであった。


(………………)

 やがて、まとめた荷物を船内に運んだりしながら、二つある太陽が燦燦と光る青空を見上げ、オレは、今まで同乗してきたシリナがいかにいいやつかを思うとしみじみとした。ただ、古来からの民族の歴史故、移動の術に長けているシリナはともかく、令嬢と言う割には、カヨの身支度の整い方はこちらが指示を出さずとも随分と容量がよく、挙句の果てには、船窓のガラス拭きまで自らの手で熱心に行っていた。


 テオの提供してくれたパーツのおかげで、収納スペースにも随分と余裕ができた事にホクホクしながら、ワンピース姿のままにピカピカに磨きあげる手際の良さに、

(……一体、いつの時代の人間だよ……)

 と、ぼんやり眺めていると、気づいたカヨの方から、ガラス越しに、

(ぼさっとしてないっ!)

 などと、目で訴えられ、

(…………!)

 オレは慌てて仕事に戻る始末である。ただ、二人の乙女が自分の宇宙船のために甲斐甲斐しく掃除をし続けてくれる姿は、こそばゆいようで、内実、非常に良い見物であったという事は言うまでもなかった。


 カヨの徹底ぶりは船外にまで及びはじめ、元々、俺たち人類よりも体力のあるシリナの力も加わって、夢と希望に諦めきったように、放射線や太陽光やデブリの傷まみれにくたびれた船体は、ピッカピカに磨き上げられた新品同様となっていった。

(………………)

 とうとう見違えるようになった事に驚いているオレの隣では、

「ん~……ちょっと、腕がなまったかもしれないわね~……」

 と、腕を組んだカヨが見上げ、ブツブツと自分の仕上がりに納得のいってない様子であったが、

(……お前はどこかの家政婦でもしてかんか!)

 というツッコミは心の中だけでしておく事にした。すると、今度はシリナの方が、

「タケル君が、掃除してほしい、と言うなら、いつでもやってさしあげましたのに……」

 などと、じっとこちらを見上げているのだ。

「シリナ……」

(……あんたはどこまでいいやつなんだ……)

 オレがそう思いつつ見返していると、

「ヒュ~っ! おあつ~いっ!」

「なっ?!」

「え?!」

 カヨのからかいに、またもやうろたえる事しかできない二人がいたのであった。


「さぁ~! 出発、しゅぱあ~つっ!」

 今や、生まれ変わった後部座席に、デンと座ったカヨが鼻歌まじりに旅立ちを促す中、オレも船内に入りこむと、

「あ~。カヨ、これ、隣に置かして!」

 鼻歌娘の隣に有無を言わさず、ギターケースを、ドンッと置いてから操縦席へと向かい、助手席には既にシリナが着席している状態だった。


「……ふーん。あんた、演るんだ」

 なにやらカヨは、ギターケースをしげしげと眺めている様子である。そういえばクマソみたいな南国の人間は、日本国内でも、老若男女、無類の音楽好きだとかいうのを、どこかで聞いた事がある。

「……ま、あ、な。全然、食えねーけど……シリナ、OK?」

 操縦席にて、スイッチを押していきながら、オレは答え、振り向けば、彼女は微笑むままにコクリと頷いた。

「じゃあ、とりあえず、出発~。……あ、てか、解ってるだろうけど、ベルト閉めてるよな?」

 言ったそばから、既にオレは矢継ぎ早にレバーを操作し、ギアーに踏み込んでいたので、宇宙船は、間もなくして、エンジンも全開に、宇宙へ向け、飛び出していったのだが、これまた振り向いたタイミングが悪かった。


「いぇ~いっ! て、ふぇっ?! ふぇぇぇぇぇっ?!!」

 無邪気な田舎娘は両手を広げて大喜びしていたのだが。ただ、ベルトなしで襲いかかるGの前では、彼女はあっけなく倒れ込み、めくれた白いワンピースのスカートからは、大股開きに純白なパンツが御開帳していたところであったのだ。

(うわ………っ!)

「ターケールー……っ! 見ーたーなー……っ!」

 慌てて視線を戻した時には、時、既に遅く、後ろからは殺意と共に怒りの乙女の声が忍び寄れば、

「カ、カヨさん……! タケル君もわざとじゃ……!」

「ゆるさーーーーーんっ!」

 シリナのフォロー虚しく、我が首を締めあげるカヨの圧が襲いかかったのである。

「……あんなふうにして見ていいのはっ……あの人だけだったのにっ! わたしは、あの人のためだけに……っ! ……どんなふうにお詫びしたらいいのよっ!」

「ごめんって……! てか、マジあぶないから! ベルトして!」

 シリナが尚も諭してくれる中、苦しさに耐えてはオレはなんとか操縦を続けた。


(……てか、あの人って誰だよ?!!)

 とも、心底、思った。









 

















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