ふたりは遊牧民

 Giiiiiiii…………光線状のビームが、手にした機材から発射されていく。注意深い作業のためにオレの顔色が間近に迫っているせいで、仰ぐようにしているシリナのグレー色をした、きめ細かな肌がすぐ目の前だった。やがて、ガチャリなんぞと重い音を立てれば首輪は外れ、

「一丁あがり……!」

「ありがとうございます……」

 自慢げにシリナを見上げると、解放された自らの首筋を確かめるように触りながら、シリナは驚きを隠せないままに礼を言う。

「タケル、さん……」

「タケルでいいよー。これでこいつは、いつでも取り外し自由! ……って、また着ける事なんてないだろうけど」

 言葉を選ぶようにしてきたところで、オレは、外した首輪を指先でグルグルと回しながら、照れ笑いも浮かべつつ説明を続けた。


「……やっぱり地球人の皆さん、凄いです。空から大きな船に乗っていらした時なんて、神話の神様が舞い降りたんだって、皆で、お祈りしてしまいましたもの」

 シリナの地球語はどこまでも流暢だ。

「いやいやいやいや。大した事ないって。オレ、この首輪作る工場でバイトしてた事あったからさ」

「……バイト?」

 ただ、物心つくかつかないかという時分から、自分たちの食糧を確保するために大草原を駆け抜け、狩猟をするのが当たり前という生活習慣の民族とは、微妙なニュアンスで分かり合えない事もあるもようだった。


「あとは……ほとぼりさめるまで……その格好でいろってのは……」

「……っ!」

 改めて目のやり場に困るふうにオレが目を泳がせ始めると、安堵で油断していたシリナは、羽織ったジャンパーから、存分にその谷間を露にしていたのだ。ハッと気づけば慌てるように赤らめ隠す姿は、オレたち地球人の女子と何も変わらない恥じらい方で、

「け、けどっ。タケル、君。これからどうするつもりなんですかっ?」

 取り繕うように聞き返す仕草すら、いつか、どこかで見た事すらあるようだったが、途端にシリナが少し力んだだけで、ビリリ……! と、オレのジャンパーの袖は破れ、

「あ、ごめんなさい!」

 シリナが更に慌てれば慌てるほど、ジャンパーは比例するように崩壊していく有様で、オレは彼女たちの民族が持つポテンシャルの高さに、既にひきつるような笑いしか浮かべられなくなっていた。


 内心ではかなりびびりながらも、表向きは別段気にしていないと諭したものの、自分の力を奪っていた首輪を再装着する事をシリナは自ら志願し、オレが複雑な表情で手渡せば、それはカチャリ……と、彼女の首元で音を立てた。

「ほんとに……ごめんなさい……」

 ただ、肩をすくめ、心底、恐縮しきっている姿すらオレたちと何も変わらない。が、目下、懸案事項なのは、本人の自爆に近い力の暴走のせいで、ほぼジャンパーを羽織っている事すら意味がなくなっている、彼女の裸同然の姿の事であった。


 オレたちの宇宙船は風俗星を飛び出した後、かつての太陽系惑星開発の過程に建造され、投棄された廃墟となったコロニーの一角に入り込み、息をひそめるように、全ての電源を切った形で着陸しているところだった。ふと、目の前の船窓を、いつかの誰かが使用したのであろう椅子や携帯端末などの日用品が、無重力の中を、在りし日の主を探し求めるかのように浮遊している。通称、デブリ と言われる、こういった「宇宙ゴミ」は、未だ、太陽系内の惑星たちの星間に、密林のように広がっているのだ。ただ、このまま、じっとしていても、居場所がばれるなんてのは時間の問題であろう。

(ん~……しばらく、まければいいだけなんだけどな~……)

 オレは親指の爪を噛むようにして思案にくれた。


 今や、地球人類である我らが主導する太陽系連邦の支配は銀河系全体に及ばんとしている、日の沈まない大帝国だ。故に、どこの警察も、地球人と異星人、はたまた同士討ちの事件等、トラブルを幾多に抱えて大忙しのはずであった。今頃、とっくに捜査ははじまっていたりするだろうが、地球人とは言え、底辺層の人間である「水星住み」の者が、ましてや三等星人を誘拐したところで、捜査手法は時間さえ経てば甘くなり、自ずと貴重な人員は、こんなささいな事件から手をひきはじめるはずだろう。というのが、オレの「出自」からくる読みだった。


「考えろ~……考えろ~……」

 やがてオレは独り言のように、自らに言い聞かせながら、水星にある壁の薄いアパートでは、音がうるさいと、どこの宇宙人のハーフかも見分けがつかない、体中に目の玉をギョロギョロとさせ、目玉の上には、更に幾重にもサングラスをかけたヤクザのような怪人の隣室の住人のおかげで、練習場所をマイ宇宙船のみに余儀なくされた、一本のアコースティックギターを、スクラップ置き場のように物の置かれた後部座席の中にあるギターケースから取り出すと、構え、ポロロンと、音を鳴らしてみせたりしていて、すぐ隣にいるシリナの、長い睫毛と二重の中にある、常時淡く黄色に輝いている瞳が、音色の度に瞬きを繰り返し、こちらを見つめている事になど、露とも気づく事はなかった。

「それは、なんて楽器なんですか?!」

「……え?」

 とうとう、たまらずと言った口調でシリナはオレに問い、振り向けば、自分に少し前のめりのような姿勢でもって、ただでさえ、光っている眼が、さらに輝いているような視線で、オレと、オレの手にする弦楽器を交互に見つめている。尻から突き出ている鱗の尾っぽですら、ゆらゆらと揺らめき、どうやら気分は高揚しているもようだ。

「……あ。これ?これはね、ハマっちゃうと人生ダメにするって楽器」

 オレは皮肉まじりに笑って答え、

「……ダメ、って? こんな綺麗な音なのに……?」

 シリナには全くシャレは通じなかった。


 オレは、実は、自分が、太陽系連邦の中でも、「首都星」地球の、「宗主国」の国、日本という国の生まれなのだが、家族間のトラブルで「水星住み」という、言わば「都落ち」になったのも、そもそもが、今、自分が手にしている楽器へのはまり具合が原因だった事を説明し、また、太古の時代から、所謂、こういった楽器を手にしたミュージシャンたちに、如何にダメ人間が多かったかという事をもとうとうと語ってみせた。

「……ま、けど、水星はよかった。箱のチケットノルマ、無いに等しかったし。けどさ、ほら、今日日、バーチャル作って脳内アクセスの方が流行りだけどさ~。やっぱ臨場感って、ライブだと思うんだよね~。オレはね~。……あっと、んな事は、知らないか」

 音楽熱となってくると話は止まらない。オレは気づいたら、シリナの知りもしない事まで、専門用語を交え、語りはじめてる始末で、一方のシリナは、少し複雑そうにこちらを見つめていたのだが、

「……私たちの一族にとって、音を奏でられる者は『神と繋がる者』と呼ばれ、尊敬されます」

 やがて口に開いた話題は、彼女の住んでいた、大草原広がる遠い星の事だった。


 シリナの星にも、フォークギターとほとんど同じ形状をした楽器を嗜む習慣があったそうだ。その調べにのせ、神の御代の神話や、普遍な恋唄を口ずさみ、人々は焚火を囲んで、地平線の彼方に朝日が昇るまで、踊り、笑う夜もあったのだという。

「……だから、タケル、君。そんな事ないです。タケル君は『神と繋がる者』なんですから」

 シリナの話に、

(……なんて、ええ星だったんや……)

 と、羨望と共に白目を向きたくなっていたオレだったが、話の結び目に、じっと真っ直ぐに見つめられてしまえば、照れずにはいられず、思わず目をそむけてしまった。途端にいよいよ寒さにかじかむと、握られていた指先はミスタッチをかもし、

「てか……寒っ……!」

 そして白い息と共に、オレは指先をかばいながら猫背にかがんだのであった。未だ、事件発生間もない頃合だ。いくら低レベルな捜査案件だったとしても、例えば、風俗星の管轄の署から放たれているであろう捜査ロボットの、サーモグラフィーやGPS探索も可能な眼なぞに、断じて引っ掛かりたくはなかったのだ。


「大丈夫……?!」

 そして、異変に驚いたシリナに、かがんだまま愛想笑いを向けようとした時だった。


 ……ふぁさ。と、背中に人肌の温もりを感じたと思えば、彼女は自らの体を辛うじて覆っていたオレのジャンパーを此方に返してよこしてきたのだ!


「……え? ちょっと?!」

「私は、ダイジョブです」

 オレが驚くままに彼女を見つめると、つい先ほどまで、オレが眠るようにするのを許していた胸元を自らの手で覆いながら、シリナは助手席に座り直すのである。そして、やや恥ずかしげながらも、その微笑みかける表情は、確かに白い息の一つすらをももらしていない。

(………やっぱ、すげーわ。宇宙人)

 寒さの中、オレは唸るように噛みしめ、「一等星人」であるはずの自らの種族の非力さに呻いていると、

「……タケル君、今、自首すれば、きっと……」

(いやいやいやいや……!)

 今度シリナは複雑な顔となり、更に微笑みかけたが、オレはかぶりをふり、

「……私たちにおりた神託は、『差し出せ。受け入れよ。さすればいづれ融和が生まれる』だったし……」

(……は?)

 そして、極寒に震えながらのオレは彼女の言う意味が解らず、思わずその悲し気な横顔を見ると、シリナは、再び、自らの星の習慣の話をはじめたのだった。


 シリナの星に住んでいた各部族には、各自の民俗習慣が存在し、シリナの一族は、族長に女性の巫女を据え、その巫女に降りる神託に沿って生きる、という暮らし方をしてきたそうだ。時に、神託は非常に抽象的な曖昧なメッセージで解りにくかったりもするのだが、太陽系連邦の軍が舞い降りた時、他の、勇猛果敢をモットーとした部族などが次々に挑みかかれば狩りとられ、敗走を続ける最中、シリナたちは、いの一番に武器を捨て、連邦に非戦の意思を表した。

「皆さんの前で、神の話はできないけれど、私は、あの星で、自分の体……を差し出す事なら……それが、融和となるなら……」

(…………)

 ただ話し終える頃のそれは、まるで自分に言い聞かすような口調で、相変わらずオレは震え、そんなシリナの横顔を見つつ、ふと、あの星で出会った性欲に忠実な小柄の老婆の事を思い出すと、そのニタニタと獲物を笑う視線の先に、健気に陵辱に耐えようとしているシリナの、あの涙の顔があるところを夢想すれば、

(……そんな事、絶対させない!)

 と、戦慄すらかんじるほどであった。


「まぁまぁ、いけるとこまでいってみようぜ……」

 やがて船窓と、最小限の電力出力でモニター画面を稼働させ、周囲の安全を確認しはじめると、白い息のままにオレは敢えて不敵な笑みを作ってみた。

「…………」

「オレに考えがある……!」

 シリナは心配げにこちらを覗きこんできたのだが、相変わらず震えながらもキメの笑みを作り、親指を突き出したのだ。そして思い切ったようにギターを後部に戻し、運転レバーにギアーをも握ると、エンジンを加速させていった。


 太陽系の最果てには、太陽系外縁天体と呼ばれる星のくず鉄のような岩石たちが拡がる一帯がある。太古の昔は、地球に舞い落ちてくる彗星の大本にもなったりした星屑たちであったが、強欲な人類は、今や、その石の群れの中までも、自分たちの思うままに改装し、営みを続けている者も少なくなかった。かのような場所に居を構える人々など、言わば「水星住み」のような、地球以外の惑星にいる者たち以上に訳ありなのだが、オレの逃避行は留まる事を知らなかった。デブリのジャングルの中を注意深く航行し、やがて、目的地の群れに辿り着けば、オレは今日、何度目かというほどの喉をゴクリと鳴らしてみせた。


 ただ、船窓の中、岩肌をくり抜き「質」と雑に表記された看板が目に止まると、

(えいや……!)

 と、内部で煌々と照明の灯す係留施設の中へと船をすべりこませた。見渡せば停泊している船は他にないようだ。

「よし……!」

 オレは自らに言い聞かせ、振り向くと、山積みとなった後部座席のギター以外の色々なものをガシャガシャと漁りはじめ、めぼしいものをかき集めれば両手に抱え、

「ちょっと待ってて……!」

「…………」

 未だ、生まれたままの姿で、手のみで自らを隠し続ける哀れな姿に、つとめて明るい口調で語りかけると、シリナは、困惑気にゆっくりと此方の方を見て頷くのであった。


 ただ、意気揚々と船外に出ていったまでは良かったものの、出戻りのオレは肩を落として帰ってくる事しかできなかった。多少の金は確保できたものの、

「……なんか、こんな、わけわかんないのしか買えなかった。……ごめん」

 コクピットの中で、オレが申し訳なさげにシリナに手渡したのは、「首都星」地球の、アジア大陸の一角の騎馬民族だった民族が太古の昔に着ていたという、赤色をした民族衣装だったのだ。宇宙人とは言え、相手は女子である。ついさっきまでの不遇な姿を思えば尚更、可愛らしい一着でも用意できるかっこいいオレを演出してみたかったのだが、現実はこのざまだった。だが、シリナは、

「これは…………私たちの着ていたものとよく似ています……!」

 その既に光沢ある瞳を更に輝かせるようにしながら、受け取ると、思わぬ偶然の一致を語りながら、まるで慣れた手つきで、ジャラジャラと何やら宝玉すらもところどころに飾られた衣装を着こなしはじめたのだ。やがて、

「……タケル君……ありがとう……」

 という声に振り向けば、多少、人類の姿との差異はあれ、すぐ隣には、学生の頃、歴史の授業のホログラムでしか見た事のない、彼の地の遊牧民の乙女が、まるでタイプスリップしてきてオレにはにかみ、謝意を述べているような笑顔があった。

「そ、そりゃ~よかった!」

 何故か、急速にこそばゆくしながら答えつつ、

(そういえば、あの辺って大昔は大草原だったらしいよな~)

 オレは頭をかきかき、かつての授業の内容なんて思いだしてみたりしていた。


 そういえば、あの頃はまだ、地球にいたのだ。











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