異星の少女

 犬猫男のボーイに先導されるように、店の奥の通路へと通されると、暗がりのその中は、激しい打ち込みの音楽が駆け巡り、一面鏡張りとなっている自動ドアが並列した個室が立ち並ぶブースとなっていた。そして、とうとう「オレ」は、その一室のベッドに腰かけていて、何やら、表現しがたい緊張感が体中を駆け巡っているところであったのだ。


「…………」

 室内を見渡すと、すぐ目の前には湯気立つ浴槽が設置されている。「オレ」が、大昔に、当時の彼女と行ったラブホテルの光景なんかを思い出していたりしていると、ジ――――っという音と共に自動ドアは開き、

「し、新人の さやか、です。よ、よろしくお願いします……」

 「三等星人」とは思えない滑らかな地球語の女の声がして、振り向いた。


 さやかと名乗った女の声は、ほとんど裸といっていいくらいの黒いビキニしか着ているものがなく、ボーイの保証通り、バストははちきれんばかりに豊かではあったのだが、グレー色をした皮膚のところどころに、魚の鱗のようなものを生やしていて、尻尾なぞ完全に鱗そのものであった。赤茶のショートヘア―からは、羽のような形の角が、耳のあるはずの箇所から並び、生え出てもいる。ただ、ぎこちなく立ち尽くしたままでいるその顔は、間違いなく美少女そのもので、まるで首輪のようにはめられている無力化装置が、一層のエロスを際立たせていた。

(え、まぁまぁ、当たりじゃね?)

 多少の事に目を瞑れば、地球人種の姿にかなり近いといっていい異星人の女だ。


「え、お、おい。とりあえずこっちこいよ!」

 なんせ相手は奴隷以下の「三等星人」だ。「オレ」がわざと横柄に呼ぶと、

「はい……」

 さやかは、尚もためらうような素振りを見せつつも、ベッドに腰かける「オレ」の元へと近づいてきた。途端に、乱暴に「オレ」が抱き寄せれば、地球人顔負けの久々な女の香りが鼻孔を刺激する。これを幾時間か、超格安で楽しめるというのなら、今日の「オレ」の大冒険は大成功というものであろう。既に「延長」という言葉すらよぎらせながらも、まるで待合室で出くわした老婆のように無遠慮に、その小刻みに震えている体なんてのを触りはじめていると、すっかり興奮の度合いが緊張なんて凌駕していった「オレ」であったのだが、ちょうど、その豊かな胸部を鷲掴みなんてしているところで、自らの手にポツリポツリと水の粒が落ちてきているのを感じたので、

(…………)

 その正体でも確かめるように見上げてみれば、今や、さやかを名乗る女は、顔をそむけ、まるで陵辱に耐える事に心底悲しんでいる涙を流しているではないか。


(……おいおい)

 相手は「三等星人」のメスだと言うのに、あまりに可憐な涙の横顔に、「オレ」は思わず狼狽してしまい、その手の束縛すら緩めてしまった。すると、察したさやかの方が、

「ご、ごめんなさいっ。お客様……」

 未だ、恐怖に小刻みしながらも、まるで精一杯であるかのように声をしぼりだしてくる有様で、

「あの……私……研修もまだ受けてなくて……」

 話し続けながら、「オレ」の方を見、そして、また隣室にある風呂場の方に視線を送ったりしながら、さらに、その体は恐怖しては、涙をひときわこぼし、なんとかそれらを両の手で拭うと、

「けど、私、一生懸命、頑張りますから…………!」

 健気に応えんとする姿は、まるで「一等星人」だとか「三等星人」だとか関係ない、愛のない奉仕をせねばならない、自らの宿命を必死に耐えようとしている哀れな女性の姿、そのものでしかなかった。


 眼前のあまりの痛々し気な姿に、「オレ」はすっかり抱く気力も失せ、

「……もういいよ……とりあえず、風呂、借りるわ」

 苦笑まじりに一言いうと、仕事あけの汗を流そうと、隣室でぐつぐつ泡立つ浴槽へと向かう事にしたのであった。


 今や「オレ」は一人で体を洗いはじめていて、あまりある自分の人の良さを呪っていた。いくら格安とは言え、金を払ってまで、わざわざ訳あり女の涙を見に来ただけなんて、何をしにきたという有様だ。だが、暫くすると、浴槽のタイルをヒタリ、ヒタリと此方に近づく足音に訝し気に振り向けば、未だ悲壮感すら漂わしたままに、とうとう自らも全裸となったさやかの姿があるのだ。

「ね、ねぇ、きみさ。オレ、もういい、って言ったよね?」

「困ります……。私は、お客様を満足させなきゃいけないんです」

 思わず、上から下まで何度も見てしまう、その地球人女子顔負けのプロポーションと、相変わらずはめられた首輪のコントラストには、エロを感じずにはいられないながらも、「オレ」が当惑すると、鎮痛な顔で訴えてきて、尚更、哀れな気持ちにしかならなくなっていった。


 風呂をでれば、「オレ」はとっくに自らの肌着を着込み、一角の椅子に座ってしまっていたのだが、

(…………)

 思案にくれつつ、眼前のさやかに視線を送れば、未だ全裸の体は小刻みに震えているのである。「オレ」は一度、フゥと溜息をつくと口を開く事にした。


 注文を一通り聞き終えたさやかは、おずおずと「オレ」を抱きしめるようにしてみせると、

「こう、ですか……?」

 すっぽりと、自らのその豊満な胸の中に「オレ」の顔を埋めさせると、ざんばら髪のような「オレ」の頭髪を撫ではじめ、心配げに見おろしては、具合を聞いてくる有様で、

「う~む……。うん。これでいいよ」

 今まで交際のあった女性たちに求めてきた事の、その一つだけを代行してもらうだけで善しとした「オレ」は、谷間の中で目をつぶり、在りし日の事を思い出しながら答えていたのであった。


 気づけば二人はベッドに横たえて、「オレ」は、それ以上の事は何も求めずに、ただただ、さやかの撫でまわす愛撫に身を任せるようにしていたのだが、

「ごめんなさい……」

 そんな吐息と呟きすら聞こえてしまえば、「オレ」は発作的に彼女の拘束時間を問いただし、結局、延長という延長を繰り返しまくったおかげで、二人はありあまる長い時間をそのままに、共に過ごす事となっていった。


(三等星人相手に何やってんだ……)

 顔を埋めたまんま、改めて自分を呪いたくもなったが、これが、ネットで噂の、野蛮で、知能も劣っているという三等星人なのだろうか。はじめて接した実物は、そのギャップがあまりあるように思えてくる。

「あのさ……」

「はい……」

 「オレ」は相変わらず埋めたままに見上げると、肌の色と、鱗の部位以外は、まるでどこかにいそうな美女の顔がこちらを見おろし、今や、「オレ」の額にかかる前髪を優しくかきわけんとすらして、その瞳は当初の恐怖のみというより、多少の恥じらいで頬も染まった潤んだ表情を形作っていた。これだけ複雑な感情を兼ね備えた種が、自分たち一等星人とどんな違いがあるというのだろうか。


「……本当の名前、なんてーの?」

「……シリナ、と言います」

 源氏名でさやかと名付けられた少女は自らの名を告げた。

「ふ~ん……」

 既に、こういった類の店に慣れない「オレ」は、完全に相手に情が移ってしまっていたのかもしれない。気のないのような返事をしながらも、谷間の中で頬ずりでもするかのようにすると、

「ん……」

 いつぞやの誰かと同じような吐息を漏らしながら、すっかりツボを心得たシリナの手の平が、「オレ」の髪の毛を一層撫でまわすのである。

「……シリナの星ってどんなところよ?」

「……私の星、ですか……」

 最早、この胸の中でずっと眠っていたいとすら思いはじめた「オレ」の頭を、そっと愛撫しながら、まるで、御伽草子を子供に聞かせるかのようにシリナは語りはじめるのであった。


 そこは自然があふれ、大草原が大きな海原のように広がっている星であった。シリナたちは国は持たず、各部族単位に分かれて暮らしていたそうだ。武器らしいものは弓矢や斧程度の得物しか持ちあわせていなかったのだが、彼らは皆、人類が全く歯が立たないほどの超能力と体力、身体能力を兼ね備えていた。

 部族同士のいざこざも絶えないところに目を付けた連邦は、一先ず権謀術数を巡らせ、一族同士の内ゲバを引き起こすように仕向けた上に、無力化兵器を用い、星は、あっけなく太陽系連邦の統治下となってしまったという。

「……私は、ある一族の族長の娘でした」

 ネットで見たりするのとは、えらい違いのリアルの生々しさに、「オレ」が目を見開くようにして耳を傾けていると、甲斐甲斐しく撫でる事は続けたまま、シリナは悲し気に告白した。そして、被支配者の象徴である首輪に触れると、

「そしてこれをつけられて…………今は、皆、バラバラです…………。けど、私は、私たちは、まだ、諦めていません。皆さんは、ただ、私たちの事が怖かっただけなんだと思っています。いつか誤解がとければ、融和の道も……」


(…………ここまで辱められて、何言ってんだ。君は……!)

 思わず、ツッコミの一つも入れたくなったところで、RRRRRRRRRRRRR!! なんぞと、けたたましいブザー音をまき散らしつつ、どこからともなくドローンは現れ、接近してくると、

「は~い。ラストオーダー十分前となりま~す」

 軽薄なアナウンスは催促を告げ、もう、その頃には堪えがたい感情となっていた「オレ」の目の前で、

「……お客様、話まで聞いていただいて、ありがとうございました。……最初のお客様が、あなたで、よかった」

 シリナはどこまでも健気に笑いかけてきたりしていた。


「…………!」

 今や「オレ」は無言で立ち上がると、着てきたジャンパーの一枚を手に取り、それをシリナに差し出していて、

「…………?」

 意図もつかめぬままに、首をかしげて「オレ」を真っ直ぐに見つめる瞳は、ただただ純朴そうな女性の一人にしかすぎない姿であった。


 DAH!!

 一室のドアを蹴破るような音を店内に響かせると、そして「オレは」、乗ってきた宇宙船に向けて駆け出し、その腕につかんでいたのは、肌をジャンパーで隠したシリナの姿の袖で、すれ違いざまの通路では、どこかで見た、随分と年齢差のある女二人連れが驚くような声も聞こえはしたが、おかまいなしに走り抜いた。怒涛の勢いでコクピットまでたどり着けば、起動をはじめたのである。

「お客様……こんなことしたら……!」

「あんなとこいて融和もへったくれもないって! きみ、地球人の事、全然わかってない!」

 助手席では、裸をジャンパーで隠すままに、シリナが心配げに語りかけてきたが、「オレ」は、矢継ぎ早にスイッチを押し、ギアを握っては答える。

「けど……お客様が……!」

「タケル!! オレの名前はタケルだよ!」

 尚も語りかけるシリナを遮るようにして、オレは笑顔で自分の本名を彼女に教えた。

 

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!

 無理矢理離陸した宇宙船は、久々の本気であるかのような速力をだして、海の中から宇宙を目指し、真っ直ぐに突き進んでいく。


(……オレに何ができるかは、今はよくわかんねーけど……!)

 財布の中にあった金は、ありったけ、全て店に置いてきてすっかり空っぽだ。異星人で、ましてや「三等星人」とは言え、誘拐なんて、建前としての罪は軽くないだろう。現段階、現時刻を以て、オレはお訪ね者となったのだ。


(……けど、やばい。なんか、オレ、今が一番、生きてる、って感じ…………!)

 この瞬間、オレの日常は全て崩壊した。尚、心配げにこちらを見つめるシリナにかまう事なく、ゾクゾクとした笑みすら浮かべていた。やがて大気圏をぬけてしまえば、ちょうど、広大な宇宙空間の果てにある太陽の光が船窓の中に差し込んできて、二人の視界を覆い、あまりの眩しさに、思わず共に顔をしかめた。


 太陽に背を向けた、行先知れずの自由への逃避行が、今、はじまろうとしていたのだ。
















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