心のダメージは思ったよりも大きい

「トグル様。この男はダメです。ダメ人間ですよ」

俺に食べ物を取られた腹いせに、マリスは泣きながらそう言った。

「ダメ人間とはなんだ。どう考えても俺の反応が正しいだろ。いきなりこの世界に呼び出されてさあ? 戻れないとか言うんだぜ。無理無理無理無理。ついていけない。もう逆に冷静になるわ」


俺がこの三人にひたすら文句を言い続けて三時間。トグル達にこの世界についてもう一度問い続けて分かったことは、


一、魔王の部下たちがこの国に再び攻め始めているということ。


ニ、魔王討伐のため、国家騎士団が戦場で魔王の部下たちと戦っているということ。


三、国家騎士団の負傷者は少ない、ということ。


四、魔王の世代交代が行われたということ。


……なるほどな。

「もう一回聞くけど、俺を呼んだ理由は?」

「魔王を倒すためです」

ニーナは真っ直ぐな目でそういう。

魔王を倒すため、か。

そうだよな。勇者はそのために召喚されるよな。そのくらい俺だって知ってる。

だからといって、

『よーし、もう一回勇者頑張っちゃうぞ☆』

とはならない。

うん。無理。俺には荷が重すぎる。


「ま、まあ俺がもし仮に勇者をやらなかったとしてだな、」

「「仮に?」」

やっべえ二人の声が揃っちゃってるよ。

「そ、そうそう仮に。そしたら俺ってどうなんの?」

元の世界に帰れないってことだし、この世界で過ごすことになるだろう。

確か、儀式を行なったって言ってたっけ? そのへんが少し怖いな。

俺が考えていると、トグルとニーナは顔を合わせてにっこりと笑った。

「なんだ、そんなことですかユウタ殿。元の世界には戻れませんけど、大丈夫ですぞ」


……よ、


「よかったー! てっきり『勇者召喚の儀式をせっかくしたというのに。この罪は重いぞ』的なことかと思ったよー! いや、持つべきは話が出来るトグルだな!」


「勇者様、その。今勇者様がおっしゃる通りのことになるんですけど」


「え?」


「大丈夫、というのは『最低限の生活が出来る』という訳で、その、やはり……はい」

「最後までちゃんと話して! こっわ! この世界こっわ!! 闇だらけじゃん! 俺どうなるんだよ!」

ニーナのなんとも言えない表情に俺はビビり、オドオドしていると、トグルは優しそうで、それでいて申し訳ない笑顔で、俺にこういった。


「まあ、ただじゃ済まない、ということですぞ」


……………………


固まった。俺は過去一固まった。

何とかその状況から逃げなければと、脳からの強い命令を感じた。

そして俺が逃げ出そうとしたその時、クッキーを頬張ったマリスが動いた。


「ちょっとココアを入れてちょうだい」


だから空気を読めってッッッ!!

マリスは話を聞いてた!? 確かにこの国のクッキーは美味い。とてつもなく美味いクッキーと、めちゃくちゃ美味い俺のココアとを一緒に飲みたいという気持ちは分かるけど、俺、この二人に殺されそうな雰囲気なんですよ。さすがにお願いしますって。


そんな心の叫びは当然届かず、俺はマリスにキッチンに連れてこられた。

こいつは本当に何を考えてるんだ。

キッチンに連れてこられて、椅子に座ったままどう脱出するかを考えていると、マリスは口を開いた。


「ちょっとそこのダメ人間。勝手に来て勝手に落ち込まないでよ」

「おいちょっと待て。勝手に来てはないんだよ。お前らに召喚されたんだよ。てかお前なんなの。まじで空気読めって」

「空気読むってどういう事なの」

「だーかーら、あの状況、めちゃくちゃ気まづかっただろ!? そんな時にわざわざココアを頼むなってことだよ!」

俺がそういうとマリスは顔を歪ませた。が、すぐにもとの顔に戻る。

「別にココアのためにここに呼んだ訳じゃないしね。話したいことがあるから」

うわ、俺の言ったことには無視かよ……

「じゃあココア入れないでおくわ」

「うっ、あたしはココアを飲みながら話したい気分だよ。しかも今、トグル様とニーナも何やら話をしているようだしね。ちょうどいいかなって」

「ふーん。それで、話って?」


「さっき君、脱走しようとしたでしょ」


え、なんでわかったのこの子。俺、顔に出てなかったよな!?


「別に確信があるわけじゃないんだけど、あんなこと言われたらあたしだって脱走しようと考えるもん。だからここで一つアドバイスしてあげるよ」

「え、まじで? めっちゃ良い奴じゃん」

「そうだね、あたしもこの場所では三人で居たいしね」

なんだよこの子。めっちゃしっかりしてんじゃん、って思ったけど、俺ただのおじゃま虫じゃん。


「この部屋には色んな魔法がかかってる。ヘアから出るにはトグル様の了承を得られないと出れないよ」

わーお。思ってた以上に高い壁だなあ。

「まあ、あたしが言えるのはこれだけね」

「えー、もう一つくらい教えてくれないのー? 俺そうじゃないと脱走すら出来ないんだけどぉ」

明らかにイライラしているマリスは俺に指をビシッと向けて言った。

「まず一つ、あたしは『一つアドバイスをしてあげる』と言った。二つ、あたしがそういった時にお前は『一つ』につっこまなかった。三つ、ただただお前が人として嫌い」


うわぁまじかあ。俺十歳くらいの女の子に嫌いって言われちゃったよ。しかも人としてだってさ。十歳でこんなこと言う子っている? やだ泣いちゃう。


「まあ頑張ってよ。トグル様を納得させたら出れるっていう簡単なミッションよ。応援しているわ」


マリスはココアを飲み終えたと同時にさっき居た実験室に戻った。


マリスから脱出する為の有力な情報は得たが、さっきの三倍は心にダメージを受けた。いや、もうね。死にたい。なんて言うか、死にたい。

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何者でもいいじゃないか! 都村シノ @tumura___

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