私の愛した貴女

大河

私の愛した貴女

Twitter殺伐百合投稿企画「殺伐感情戦線」第二回投稿作

お題「笑顔」




私はアオイのことが好きだった。


アオイが布団の上で横になっていた。アオイは私の彼女だったから、何もせず部屋で転がっていることは別に構わない。テレビをつけっぱなしにしているのはどうかと思う。電気代だってかかるのだから消すのを忘れないよう私は注意する。食事を用意してテーブルに並べる。昨日飲んで放置していた空き缶が邪魔だったので部屋の隅っこに放り投げた。乾いた音が響いた。頂きます、合掌、箸と食器がぶつかる音、咀嚼、ご馳走様でした。

お風呂に入ってパジャマに着替えてアオイの隣に倒れた。私はアオイを抱き寄せて寝た。


翌日、寒さで目覚めるとシーツも毛布もそこいらに散らばっていて、寝相の悪さを改めて知ることとなった。アオイは部屋の冷気に地肌を晒しながらも平気な顔で眠り続けていた。

私はアオイのそういう顔はあまり好きではなかったので頬をぐにぐに触って伸ばしたり鼻の穴を閉じるなどした。息苦しそうな顔をさせてやったのでとりあえず満足してコーヒーを淹れるべく台所へ。今日はバイトも休みなので思う存分アオイをいじって遊ぼうと思う。


お湯が沸いた。インスタントコーヒーの粉末を溶かして啜る。分量を誤ったのでやたら濃かった。今度は分量を間違えないように注意して二杯目を作る。飲む。ちょうどいい塩梅だ。二杯目を自分の飲む分にして、一杯目はアオイの分にしようと決めた。

出来たてのコーヒーを持って部屋に戻る。アオイにかける。注ぐ。冷やされたアオイの腕や顔に熱湯が当たって湯気を立てた。アオイに反応はない。何も変わらず眠り続けている。

私はアオイの身体を蹴った。蹴り続けた。腕が変な方向に曲がった。思い切って顔を踏んだ。鼻が潰れた。私はさらに踏み続けた。気分の悪くなる音がした。




私はアオイのことが好きだった。

こんなに誰かを好きになることは初めてだったので最初は困惑したけれど、人を好きになるということはきっとそういうことなのだと思った。好きになることに理由は特にないのでただ好きだと思う心だけが正しい。アオイは私と違って友達が多かったので私以外に笑顔を向ける回数も多かった。だから私はアオイのそういう穏やかな顔が好きじゃない。でも付き合って親しくなって身体を重ねるようになって痛めつけたときに見た苦悶の表情というものはアオイが他の人と接しているときには見たことがなくてだから私は彼女の苦痛が好きになった。アオイが辛くて苦しい顔をしているときは私のことで頭がいっぱいになっているのだから、私はアオイを独占できているのだからアオイのことがもっと好きになれた。私は苦しんでいる彼女の姿で私との繋がりを実感した。アオイを私だけのものにするためには彼女を傷つける必要があった。苦痛を訴える表情が好きだった。私だけのアオイが好きだった。だからそれを永遠にしたかった。いつか変わってしまうことが怖くて自分のところを離れるアオイを想像したくなくてアオイに私だけを見ていてほしかった。

なので殺した。

今を記憶に留めるのなら、と提案したのはアオイだった。私たちは深く愛し合っていた。私たちは深く通じ合っていた。完全な相互理解だった。そう思っていた。だから最後は苦痛を訴えるような、痛ましい表情で息絶えてくれるのだと信じていた。なのに、アオイは、


最期に安らかな笑顔を浮かべた。


最悪だ、最悪だ。最悪に過ぎる。苦しんで死ぬところが見たかったのにどうして笑顔だったのか。アオイは私のことをよく理解していたからきっと苦しい顔をして死んでくれると思ったのに、裏切られた、裏切るなんて、とても信じられなかった。あり得ない。信じられない。私は苦悶の表情で死ぬアオイが見たかったのになんて酷いことをするのだアオイは。酷い。私は泣いた。酷すぎる。どうして。

裏切り者。裏切った。裏切りやがったのだ、この女は。

最後の最期で。

生き返ってほしい、生き返ってもう一度殺させてほしい、今度は絶対に笑顔なんて浮かべていられないくらいの苦痛を与えて殺してやる、だから動いてほしい、熱をもって、生き返ってほしい、まだ死なないでほしい、私が殺すまで。

もう一度殺させてほしい。

もう一度だけやり直させてほしい。

もう一度だけ……。


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思い出は薄れ、消えゆくもの。

それでも私は誰かの記憶に残りたかったのです。

病的に私を愛してくれている相手がいるとして、どれだけ幸福な記憶を焼き付けたとして、幸せは上書きされてしまうのです。今以上の幸福が存在しないことを私は断言できません。好きという感情に理由を付けられないというのなら、今以上の愛が貴女に芽生える可能性を私は否定できません。

だから提案したのです。


「今でこそ私は貴女を愛しているけれど、それが永遠に続くことはないでしょう。私たちの関係はいつか終わりを迎えることでしょう。それを嫌だというのなら」


貴女に生涯治らない傷をつけることだけが、葵という女の望み。


私は私の事を愛しています。

私にとって都合のいい貴女を好いています。

だから、どうか、傷を抱えたまま、生きていて下さい。

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私の愛した貴女 大河 @taiga_5456

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