第14話

 2月28日。青空が澄み渡り、肌寒い朝。

 薫は出勤前に新後閑しごかタキを訪ねた。

「タキさん、おはようございます。すみません、こんな早くに」

「いいのよ、薫ちゃん。今日はあのデイサービスもないんだし、一日暇なんだから。蒼良そらくんも、いらっしゃい。どうぞ、上がって」

 タキは、蒼良を見るなり、にこにこと満面の笑みを浮かべる。

「すみません。俺もこれから仕事なんです。その前に、タキさんにお渡ししたいものがありまして」

 蒼良は身をかがめ、タキと視線を合わせる。

「コロボックルさんから、預かりものです」

 蒼良が手渡したものを、タキは丁寧に受け取り、瞳に涙を浮かべた。

 ライダースジャケットとジーンズに身を包んだ男性の人形フィギュア製作。その手には、薔薇の花束が握られている。

 タキはおそるおそる人形の台座を持ち、今のテレビの前に降ろした。

 日本人形の隣。着物姿の淑やかな女性の隣に、ライダース姿の男性の人形。男性が女性にバラの花束を差し出す構図になっていた。

 ありがとう、ありがとう。

 タキは涙をぽろぽろこぼし、袖で拭う。

 それを見た蒼良もまた、まばたきを忘れた目から一筋の涙が流れた。

 薫は熱くなる目頭を抑え、深く息を吐く。

 望んで飛び込んだわけではなかった介護業界。それでも、初心にすがって12年やってきた。

 利用者と介助者が感極まる瞬間。ごくたまに偶然訪れるそれが、また見たくて。だから介護業界がやめられなかった。

 蒼良は厳密には介助者ではないが、タキを気にかけて奔走し、介護職にはできないケアを行った。蒼良はもう、自分を責める必要もない。

 薫は何気なく空を見上げた。雲ひとつない空に、梅の花が映えていた。

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