第13話

 蒼良そらは深く息を吐き、目をつむる。先程の言葉で力尽きたかのように。

 薫は布団から下り、ベッドマットの傍らに膝をついた。

 蒼良は、のろのろと口を動かす。

「……このベッドマット、父が中高生の頃に使っていたものだそうです。祖父母の家にあったものは、今はこれしか残っていません」

 目はつむったまま、話を続ける。

「夢を見ました。祖母が出てきました。俺はひたすら謝りました。ごめんなさい。こんな孫で、ごめんなさい。と」



     ◇   ◆   ◇



 俺が中学生のときに、祖父が亡くなりました。急性心不全で、呆気なく。

 それでも祖母は、俺を高校に進学させてくれました。絵が好きだったから美術部に入ろうかと血迷いましたが、少しでも祖母を助けたくて、家事をしながらアルバイトも始めました。

 アルバイト先の大学生の先輩が、フィギュアを自作する人だったんです。俺のことを手先が器用だと思ってくれて、休日を使ってフィギュア製作の技術を教えてくれました。

 フィギュアのことは誰にも話さなかったのに、高校の同級生がその情報を嗅ぎつけ、俺は彼らに目をつけられました。その中に、当時勢いのあった県議の息子がいました。

 リクエストした通りのフィギュアをつくってほしい、と言われました。既存の美少女フィギュアをきわどい衣装に改造することでした。当時でいう、魔改造です。

 一旦やんわりと断り、後で担任の先生に相談しました。県議の息子本人に面談してくれたそうですが、彼はどこ吹く風で、“リクエスト”は脅迫に変わりました。「リクエストに応えてくれなければ、お前が女子をレイプして妊娠させたと言いふらす」と言われました。県議の影響力を考えると、逆らえませんでした。学校側も黙認状態でした。

 俺はフィギュアの魔改造をせざるを得ませんでした。アルバイト代は素材や塗料に消え、魔改造したフィギュアは県議の息子達同級生が小遣い稼ぎに売っていました。

 祖母には、言えませんでした。でも、塗料を乾燥させていた現場を見られてしまいました。

 祖母はフィギュアの知識なんてありません。ただ、こう言いました。



 ――蒼良はお祖父さんに似て器用ね。そのは大切にしなさい。でも、おばあちゃん、蒼良の絵も好きよ。



 フィギュアの魔改造の話は、県議本人の耳に入りました。誰も密告しませんでしたが、県議が息子の素行を訝しんで問いただしたそうです。

 県議はすぐに、息子がいじめの加害者だったと会見を行い、辞任しました。発覚から会見までが早かったのと、マスコミが食いつかなかったので大事とは扱われませんでした。

 県議の息子は高校中退。俺は魔改造から解放されました。気持ち悪いやつ、というレッテルは卒業まで貼られました。



 高校卒業後は、製造業で働きながらSNSに絵をアップしていました。祖母の家から通勤するのは遠すぎたので、アパートを借りました。

 そのうちSNSに反応があり、イラストの仕事をもらうようになりました。

 久々に会った祖母にその話をすると、喜んでくれました。でもその頃、祖母は認知症の兆候がありました。アルツハイマー型認知症という診断を受け、介護サービスの利用を検討しなければならなかったんです。

 俺は無意識のうちに祖母から逃げました。次の休みに会いにいこう、とは思っても、なかなか足を運ぶことができませんでした。祖母が寂しい思いをしているのはわかっていたのに。距離を置いたら可哀想だとわかっていたのに。俺は、自分のことしか考えていませんでした。

 俺が22歳のときに、祖母は命を落としました。独りで近所を散歩して、農業用水路に転落して。



     ◇   ◆   ◇



 蒼良は、ふらふらと体を起こした。

「何度も祖母の夢を見ました。何度も謝りました。夢の中で祖父からなだめられたこともあります。悔やんでも悔やみきれません。タキさんにには、うちの祖母のようになってほしくないんです。でもそれは、俺のエゴです。罪滅ぼしです。また後悔したくないんです。だから、死ぬ気でやらないと」

 細い体が大きく傾ぐ。薫が止める間もなく壁に頭をぶつけ、反動で薫の方へ傾いた。

 薫はベッドマットに膝をつき、蒼良を支える。

 蒼良は薫の袖を掴んだ。鼻をすすり、嗚咽を漏らす。

「蒼良」

 薫は蒼良の背中をさする。

「あんたは、もう充分、死ぬ気で頑張ったわよ」

 自分の言葉が軽々しく情けなく、薫は言葉の代わりに蒼良を抱きしめた。

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