第12話

 旦那様似の人形をタキさんにプレゼントしたいんです。タキさんの本当の誕生日に、旦那様からですよ、ってことで。

 二徹の寝不足の顔で、真剣に、蒼良そらは語った。確固たる意志の反面、何かに怯えながら。



 今月のサービス利用実績を、今できる範囲で確認、次月のケアプランを完成させ、サービス提供票やサービス利用票を作成する。

 それを利用者や関係者に渡すのもケアマネージャーの仕事だ。

 その中には、もちろん、新後閑しごかタキのものも入っている。

 薫がタキの自宅を訪ねると、タキは嬉しそうに薫を迎えてくれた。

「タキさん、ぼくは仕事で来ているのよ」

「わかってるわよ。でも、誰かが来てくれるだけで嬉しいの。蒼良くんなんか、今朝も来てくれたのよ」

 タキは次月のサービス利用票をとカレンダーを受け取り、それで口元を隠して微笑む。しかし、すぐに表情が曇った。

「蒼良くん、具合が悪いのかしら。青白い顔をしていたのよ。お仕事お休みできたのかしら」



 職場に戻り、薫は蒼良にメールを送ろうとした。しかし、かける言葉が思いつかない。いっそのことデミグラスソースをかけてやりましょうか。冗談だけど。

 まさか、徹夜してまでフィギュア製作に没頭しているのかしら。イラストの仕事が忙しいのかしら。ちょっと待て。なぜ、ぼくは蒼良を気にかけているのかしら。知り合いが体調不良だから気にするのは当然だけど、連絡を取るほどかしら。

 結局、メールも電話もできず、かといって平然としていられず、残業をなるべく早く切り上げて退勤した。

 車で目指すのは、蒼良のアパート。近くに駐車場はなさそうだが、そんなことを考える余裕はなかった。



 ドラッグストアの駐車場を見つけ、そこに車を駐める。

 ジャズ喫茶と交番と歯科医院を徒歩で通り過ぎ、つい先日訊ねたアパートを訪ねる。

 時刻は21時。鍵は開いており、電気もついていた。

 声をかけても返事がなく、勝手に上がらせてもらう。

 開け放たれた引き戸の部屋に、蒼良が倒れていた。

「ちょっと! 大丈夫?」

 薫は駆け寄り、利用者の急変時にするように顔を確認する。蒼良は眉をしかめ、まばたきした。

「薫ちゃん……?」

 蒼良は深く息を吐き、焦点の合わない目で薫を見る。

「今、何時頃ですか?」

「夜の9時よ」

 薫が答えると、ああ、と蒼良は声をもらした。

「寝てました。30分くらい」

「タキさんが心配していたわよ。休んでいないんじゃない?」

「アンソロの表紙とイラストを今夜中に仕上げなくてはならなくて。フィギュアをつくる時間との兼ね合いを考えたら、昨日ちょっと無理してしまって」

 覇気のない溜息混じりの声が、薫の胸の内をぞくぞくと掻き乱す。

「顔色が悪いわ。休みなさい」

「駄目です。アンソロは必ず今夜中にデータを送らなくてはならないし、人形だってそろそろタキさんに渡さなくちゃ。仕事も休めません」

 蒼良は体を起こし、デスクに向かおうとする。もうその体に、力は入っていない。

「そのアンソロとやらは、あとどのくらいかかるのよ」

「ほとんど完成しています。見直しを含めて、1時間かからないかと」

「少しは寝なさい」

「でも」

 反発しようとする蒼良を、薫は引きずるようにベッドマットに上げた。起き上がろうとする蒼良に掛け布団をかけ、剥がされないように薫は掛け布団の上に乗る。何年も前の介護職時代に、夜勤時に眠らない入所者に同様のことをやってしまったことがある。虐待だとはわかっていたのに。

「イラストはともかく、人形は仕事じゃないでしょう。なぜそんなにこだわるの」

 なおも抵抗しようとする蒼良を、薫はのしかかって押さえつけることしかできなかった。

 蒼良は、閉じそうになるまぶたを必死に開き、悔しそうに薫を睨みつける。薫は薫で、その眼差しを受けて体がおかしくなりそうだ。

「自分のエゴです。自己満足です。罪滅ぼしです。また後悔したくないんです。タキさんを、うちの祖母みたいな目に合わせたくないんです」

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