第11話

 高崎駅の手前、倉賀野くらがの駅で降りる。

 倉賀野駅から歩いていける距離とアパートに、蒼良は住んでいるという。

「じゃあ、今朝はわざわざ高崎駅まで来てくれたの? 一駅だけ乗って」

「はい。倉賀野は駅前に駐車場がありませんし、ちょうどいいバスもありませんし」

 確かに。納得の一言は、思わず飲み込んでしまった。

 時刻は、18時になろうとしている。日が延びたとはいえ、もうすでに暗い。

 蒼良は明滅する街灯の下で、はっとしたように目を見開いた。

「もしかして、薫ちゃん、高崎駅の駐車場に車を駐めてきたとか」

「ご心配なく。バスを使ったから」

 駅前の駐車場料金の高さは、身に染みて知っている。今朝は、たまたま集合時間に近いバスがあり、それに乗って高崎駅まで来たのだ。

 倉賀野駅は、込み入った住宅地の中に割り込んだように鎮座している。

 住宅地と昔からの商店と、高くそびえ立つマンションを通り過ぎ、南の通りに出る。

 その通りにある、比較的新しいのアパートの1階が、蒼良の部屋だった。

 家具は少なく、テレビも炬燵もない。引き戸の向こうに部屋があるらしく、1DKのようだった。

 蒼良は引き戸を開け、隣の部屋の電気もつける。

 なぜか、フローリングに直接ベッドマットが置かれ、その上に布団が敷かれている。

 クローゼットと小さな本棚、デスクの上にはパソコンとプリンターと何かの専門書。菓子折の缶箱。

 薫は、デスクの椅子に促され、腰かけた。

 蒼良はパソコンを起動し、「少々お待ち下さい」とキッチンに行ってしまう。

 残された薫は、やることもなく起動途中のパソコンと睨めっこする。薫は電子機器に詳しくないが、蒼良のパソコンが絵を描くタイプのものであることはわかった。

 コーヒーを淹れて持ってきた蒼良は、それを薫に手渡し、パソコンを操作する。何かのソフトを起動して表示したイラストに、薫は無言で驚いた。

 新後閑しごかタキが手を出そうとしたフィギュアだ。否、そのフィギュアと、亡き夫の写真をベースにして描かれたイラストだ。

「すご……」

 すごい、以外に言葉が出ず、薫はイラストを見つめる。

「蒼良が描いたの?」

「はい。俺、絵の仕事もしているんです」

 ハードカバーの表紙の締め切りが近くて二徹くらいしていたんですけど、と欠伸を噛み殺す。没になったという絵も薫に見せてくれた。そちらの絵は、水彩画のようなタッチで、今にも山の神様が出てきそうな神秘性がある。

「すみません、話を戻します」

 今度は、菓子折の缶箱と、池袋で購入した青い袋を開ける。

 缶箱に入っていたのは、フィギュアのパーツ。

 青い袋の中身は、あのキャラクターのフィギュア。ただし、若干大きく、ポージングも異なる。

「自分の描いたイラストを元に、いちから人形フィギュアをつくろうとしました。でも、そんな実力はありませんでした。俺が今からやることは、色々な意味で失礼極まりないことだと承知しています」

 蒼良は、こぶしを握りしめる。その手は震えていた。

「購入したフィギュアを改造します。衣装や細かな部分を変えて、写真の旦那様に近い人形になるように、改造します」

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