第10話
――今度、俺につき合ってくれますか?
俺とつき合ってくれますか、ではなかった。
動揺する必要なんか、ない。
蒼良は、あの男とは違う。畏敬の念を持ち、礼儀正しい青年だ。
あの男とは違う。
日曜日の午前10時。高崎駅の改札前で藍色の髪の男を認識すると、相手も薫に気づき、満面の笑みで手を振られた。
「薫ちゃん!」
あの子もあんな風に笑うのね、と冷静に観察したのも束の間、駆け寄られると、やはりあの眼差しが気になってしまう。なんだか、蛇に懐かれた気分だ。
「蒼良、早かったのね」
「つい先程来ました。行きましょう」
蒼良は声を弾ませ、切符を見せてくれる。ICカードは持っていない、とのこと。
「どこまで行くのよ。ぼく、聞いてないんだけど」
「原宿です!」
蒼良は切符で、薫はICカードで改札を通り、高崎線のホームに向かう。
電車のドアが閉まり、蒼良が慌てた様子を見せた。
薫は蒼良に時刻表を見せる。
「さっきのは上野東京ラインだわ。原宿なら、次の湘南新宿ラインで新宿まで行って、山手線に乗り換えかしら」
「薫ちゃん、詳しいんですね」
「外部研修で東京に出ることがあるから」
「俺なんか東京生まれなのに、全然電車に乗れないですよ」
蒼良は、近くのベンチをちらちら見る。座りたいらしい。座ればいいのに、と薫は思ったが、蒼良は他人を差し置いてそんなことはできないようだ。
「小学生のときに両親がバスの事故で死んでしまって、藤岡の祖父母に引き取られました」
「片山、って、その」
「はい。その片山です」
高崎市の南、藤岡市には、片山姓が集中している地区がある。薫の実家と同じ校区だ。小学校の途中なら、薫とはすれ違いだ。
「薫ちゃんも、藤岡ですよね? 有坂って」
「ええ、そうよ。もうずいぶん帰っていないけど」
「俺もです」
もう帰る家もないけど。そう言ったように聞こえたが、電車がホームに入ってくる音に掻き消されてしまった。
10両目のボックス席に座ると、蒼良は窓枠に頭を預けて眠ってしまった。
蛇を彷彿させる瞳が閉ざされている間は、蒼良の雰囲気ががらりと変わる。無防備に電車に揺られる彼は、窓から差し込む柔らかな光を受けて穏やかな空気を醸し出している。ただし、顔色が悪い。目の下に隈がある。休息が不充分なのかもしれない。
乗り換えの駅である新宿まで、2時間近くある。薫も睡眠不足を解消すべく、蒼良の隣で眠ることにした。電車に乗ると、なぜ眠くなるのだろう。
目的地だという原宿に着き、スマートフォンの地図を見ながら蒼良が向かったのは、パンクロックファッションの店だった。
「そういうのが好きなの?」
「いえ、特には」
そう言いながら、蒼良はレザージャケットを物色する。薫は何気なく値札を見て、意識がとびそうになった。なぜこんなに高価なのよ。
蒼良はといえば、スイッチが入ったように商品を見つめ、視覚から吸い込むように情報をインプットしているようだった。
結局、店では何も買わず、北参道のカフェで遅いランチをしてから池袋に向かった。
蒼良と同じカレーライスを食べた薫は、独特の甘いソースの味が口の中に残ってしまい、気持ち悪くなってしまった。
池袋に着くと、薫は建物に入らずに外で蒼良を待った。アニマ池袋本店。蒼良の職場の、本店だ。
「お待たせしました」
青い袋を抱えた蒼良が、薫の背中をさする。
「具合、悪いんですか?」
「平気よ。この後の予定は?」
「帰ります。もう用事は終わりましたから」
ふたりで池袋駅の中を散々迷い、高崎線のホームにたどり着くと、来た電車に乗った。籠原止まりで、後続の各駅停車に乗り換えるようだが、今更降りられない。
「薫ちゃん、高崎に帰ってから予定がありますか?」
ない、と首を横に振ると、蒼良は声を弾ませた。
「うちに来ませんか? 見せたいものがあるんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます