第9話

 蒼良がモチコチキンを追加で注文した。

「薫ちゃん、もう少し食べないと倒れちゃいますよ」

 薫を心配しているようだが、薫は違うことを考えていた。

 タキがフィギュアを万引きしそうになった流れは、蒼良の推測で大筋合っているだろう。しかし、解決策は出ていない。あのフィギュアを購入してタキに渡す、というのは違う気がする。

 いつの間にか蒼良から“薫ちゃん”と呼ばれていることも気にせずにタキのことを考えあぐねていると、離れた場所からの会話が鼓膜に刺さった。

「あの人、オカマじゃない?」

「絶対そうだよ。なんか、ちょいちょいキモい」

 薫は声のする方を見た。若い女性ふたりが、こちらをちらちら見ている。テーブルには、3人分のパンケーキが置かれているが、少しずつ手をつけただけで完食の兆しはない。

「別にオカマだって、いいんだよ。でも、はっきりさせてほしいよね。オカマを隠すか、おおっぴらにするか」

「わかるー! どっちつかずだから、キモいんだよね。自分のことを“僕”って言うなら普通に喋ってほしいし、女言葉を使うなら“私”とか言ってほしいし」

 がたっ、とテーブルが揺れた。蒼良が腰を浮かせる。

「薫ちゃんのこと知らないくせに」

「ぼくは平気。慣れてるから」

 薫は笑ってみせる。

 嘘だ。慣れてなんかいない。

 戸籍上は男性で、体も男性。中学高校生とも学ランを着ていた。

 中性的な外見で、身長は170cmくらい。

 サッカー部で、がに股でボールを追いかけるのが好きで、風呂上がりと起床時にスキンケアするのも好き。女性のファッションに興味はないが、メイクはやりたい。

 小さい頃から薫を知っている人は、男とか女とか考えずに“薫ちゃん”と扱ってくれた。

 薫自身も、自分の心が男とか女とか考えなかった。

 一人称は“ぼく”。言葉は、昔ながらの女言葉。それでいいと思っていた。

 高校1年生までは。



「薫ちゃん」

 店を出て、蒼良に呼び止められる。

「俺は嬉しかったんですよ」

 外灯に照らされた藍色の髪が、風にあそぶ。

「薫ちゃんが、素のままのご自分で接してくれるから、俺も気負わずに喋れるんです」

 蒼良は、歯を見せて屈託なく笑う。

「今度、俺につき合ってくれますか?」

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