第5話
介護業界は、狭い世界だ。
よほどのことがない限り、決まったスタッフか高齢者としか接することがない。
望まずに高卒無資格で介護の世界に飛び込んだ薫は、スキルアップして外部の人とやりとりをするようになってから、己のコミュニケーション能力の低さを痛感した。
今も、そうだ。
「お茶もらってきます」
気を配って席を立ったのは、片山蒼良の方だった。
タブレットで料理を注文するシステムのこの店は、お茶か水もセルフサービスだ。
薫はタブレットをテーブル席の隅に置き、ひじをテーブルについて頭を抱えた。
自分が今やっていることは、ケアマネージャーの仕事なのかしら。そんな疑問が、頭の中を周回する。
前任のケアマネージャーは、もっと要領良くデスクで仕事をこなしているように見えた。今の時期にあっぷあっぷしているようでは、我ながら先が思いやられる。
「失礼致します」
爽やかな声と共に、おしぼりと湯呑みが置かれる。煎茶の香りが鼻をくすぐる。
薫が顔を上げると、蒼良と目が合った。蛇を彷彿させる細い目に悪気はなさそうだが、背中が粟立つ錯覚を起こしてしまう。
「冷たい水やほうじ茶、お白湯もあったのですが」
蒼良は自分の湯呑みをテーブルに置き、席についた。
「握りを数貫注文されていたようなので、煎茶かな、と思いまして」
「ありがとう。助かるわ」
何も考えずいつもの口調が出てしまい、薫は顔から火が噴きそうなほど恥ずかしくなった。
「あの」
蒼良に話しかけられ、すみません、と平静を装う。
「すみませんでした。俺の都合で呼び出してしまって」
「ぼくの方こそ、申し訳ありません。お仕事でもないのに」
「いえ、実は、もうこんなことが起こらないように何とかしろと、店長から言われてしまったものですから。それに」
細い目が、穏やかに伏せられる。
「こんなことでもないと、誰かと食事をすることもありませんし」
意外と良い子なのね、と薫は思った。礼儀正しく、真面目だ。なぜ髪をあんな色に染めているのか疑問に思うほど。
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