第2話

 その電話を受けたのは、薫が30歳になった年度の2月下旬。居宅のケアマネージャーとして仕事を始めてすぐのことだった。

『アニマ高崎店の星野と申します』

 その店も、星野という男も、薫には心当たりがなかった。

『うちの商品を万引きしようとしていたおばあちゃんがいまして、その人が有坂さんの名刺を持っていたんです。身内の人もいないようですから、引き取りに来てもらえませんか』

 ずけずけと物を言い、一方的に話をまとめる星野という人に、薫は良い印象を抱かなかった。

 おばあちゃん、とは言われたが、誰なのか心当たりがない。

 薫はパソコンで“アニマ高崎店”を検索し、施設の福祉車両を借りてその場所へ向かった。



 アニマ高崎店は、アニメショップだった。

 高崎駅西口から歩いてすぐのビルの中にあり、車で来るには有料駐車場に駐めなくてはならない。

 運良く空車になった立体駐車場に車を駐め、アニマの店内に入ると、察した店員に事務所に案内された。ひょろりと背が高い、若い男だ。髪を藍色に染めている。蛇を彷彿させる細い目が印象的だった。

 事務所のパイプ椅子にちょこんと座っていたのは、小柄な高齢女性。薫が担当している要介護者だ。名前は、新後閑しごかタキ。

「タキさん」

 薫が声をかけると、タキは不服そうに眉をしかめる。

「聞いてよ、薫ちゃん。この人達、あたしが万引きしたっていうのよ。あたしじゃなくてコロボックルだって、何回も言っているのに、全然聞いてくれないの」

 薫はタキをなだめながら、頭を抱えたくて仕方がなかった。

 タキはレビー小体型認知症で、幻視のような症状がある。コロボックル云々は、その影響だろうと考えられた。また、夫を亡くした後、タキは独り暮らしで、近しい親族はいない。家に連れて帰れるのは、名刺の人物である薫だと判断されたのだろう。南大類町に住むタキは、なぜ車で10分かかる駅前に来てしまったのか。車は持っていないのに。

 蛇を彷彿させる細い目の男は売り場に戻り、事務所にいるのはタキと薫と、もうひとりの男。店長の星野と名乗った。電話をくれた人だ。

「これで3回目なんですよ。片山に免じて許してあげますけど、次にやりそうになったら、警察に突き出しますからね。今日は連れて帰って下さい」

 申し訳ありませんでした、と薫は頭を下げた。それを待っていたかのように、事務所から追い出される。

 事の子細は、タキを家につれて帰ってから聞き出すしかなさそうだ。

 帰り際、藍色の髪の男と目が合った。彼は遠目から薫を見つめ、蛇のような目を細めた。

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