第41イヴェ ハイブリッド施設でのハイブリッド・イヴェント

 所沢市は埼玉県、立川市は東京都に属している。別の都道府県ゆえに、遠く離れているような印象を抱いてしまいがちなのだが、実は、立川は、所沢の南南西、直線距離で約二十キロメートルの所に位置しており、例えば、快速「むさしの号」を使った場合、乗り換えなしで三駅、二十二分で到着可能なのだ。


 秋人と冬人は、「ところざわサクラタウン」で催されたイヴェントの後、むさしの号に乗り込んで、そのまま、東所沢駅から立川駅に向かったのであった。


 十一月初旬の週末――

 土曜には、サクラタウンのイヴェント・ホールのこけら落としとして、アニメ・ソングの〈リアル・ライヴ〉が催された。

 そこに、二人のアニソンシンガー、夏奈月とLiONaが招かれ、それぞれ、埼玉県を舞台にした二つの作品に関連した曲を観客の前で生披露した。

 そのうちの一つは、川越市出身の主人公が、〈仮想世界〉で活躍する物語、『剣技イン・ザ・ネット』であった。


 そして、その翌日の日曜日には、その『剣技イン・ザ・ネット』のイヴェントが、二〇二〇年の四月に開業したばかりの「立川ステージガーデン」で行われる事になっていた。


 秋人と冬人は、東所沢から立川まで半時間で移動でき、また、今現在、廉価での宿泊が可能なので、土曜日には神楽坂の家には戻らず、所沢から立川に直接赴くことにした。


 この日、『剣技イン・ザ・ネット』のコンテンツ・イヴェントが行われる「立川ステージガーデン」の収容人数は二千五百人超で、これは、多摩地区では最大規模である。


 その立川ステージガーデンのオフィシャル・ホームぺージには、次のような記載が為されていた。


 「創造を刺激するハイブリッドな空間をめざして。」

 「5.客席が外とつながるハイブリッドホール」


 立川ステージガーデンは、「5」の項目に記述されているように、屋内施設として使われるだけではなく、二階席後方の壁を開放すると、そこには、屋外座席が存在し、場合によっては、屋内を屋外に繋ぎ合わせることもできるそうなのだ。

 つまり、施設の構造それ自体が〈ハイブリッド〉、異なる種の組み合わせや、掛け合わせによって生み出される、内と外との混交的な構造になっているのである。


 この日、令和二年に開業したばかりの、この新たなハイブリッド施設において、アニメ作品のハイブリッド・イヴェントが開催されることになっている。

 今回のアニメ・イヴェントが、どういった点において、ハイブリッドか、というと、立川ステージガーデンという〈現場〉で催されるだけではなく、同時に、世界中に生〈配信〉もされることになっており、このように、〈現場〉と〈配信〉の混交という意味において、まずは、ハイブリッドなのである。


 今回の『剣技イン・ザ・ネット』のイヴェントの開催が決定された際に、この作品のオープニングとエンディングを歌唱しているアニソンシンガーが出演する、という告知も為された。

 そうした歌い手の中には、感染症のパンデミック以降、未だ一度も観客の前で歌唱を披露してない演者もいる。アニソンの生歌に飢えていた佐藤兄弟は、その告知が為されるや否や、即座に、それぞれが各々、作品の円盤を購入していた。


 もっとも、このコンテンツ・イヴェントは、昼夜・二公演おこなわれる予定なのだが、このイヴェントに参加するためには、円盤、すなわち、DVDやブルーレイディスクを購入し、それに付いているシリアルコードで申し込まなければならなかった。一つのシリアルで、昼、あるいは、夜、いずれかの公演を、二人まで申し込めるシステムになっていたので、それぞれが一枚ずつ円盤を購入していた佐藤兄弟は、秋人が昼公演を二枚、冬人が夜公演を二枚申し込んだ。

 結果は、二人とも無事に当選し、かくして、イヴェンター兄弟は、この日を立川で迎えることができたのであった。

 こういった次第で、兄弟の家の棚には、同じ作品の同じ巻の円盤が二枚並んでいるのである。

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