LV1.4 パンデミックが出現させた新たなるライヴ形態

どうせなら〈配信〉をより楽しみたい

第37イヴェ 〈現場〉が無いなら〈配信〉を楽しむ工夫をするしかない

 感染症のパンデミックにせいで、我々に様々な行動制限が課され始まったのは、二月の末の事であった。

 そして、春になり、夏が過ぎ、秋に入り、かくの如く、季節が次々と巡りゆき、早いもので、半年もの月日が流れ去ってしまった。

 感染症が流行し始めた三月の初め頃には、夏には収まっているのではなかろうか、と楽観視していたのだが、事態は全く好転せず、むしろ、悪化の一途を辿り、我々の共通認識、すなわち、パラダイムは完全にシフトしてしまっていた。

 

 こうした状況下、アニソンシンガーのほとんど、例えば、新人アーティストの〈LiONa(りおな)〉も〈A・SYUCA(あしゅか)〉も、北海道出身の〈真城綾乃(ましろ・あやの)〉も、二月に催されたリリース・イヴェント以来、半年以上、ライヴ活動をほとんど行っていなかった。

 秋人の〈最おし〉である〈翼葵(つばさ・あおい)〉も、予定されていたワンマン・ライヴ・ツアーは、結局、延期の末に中止になってしまった。


 実は、感染症状況下において、政府が提示したガイドラインの下、ルールの適応範囲内で活動をしているアーティストが、アニソン以外の界隈において何人も認められていた。

 例えば、〈配信〉で、ヴァーチャル・ライヴを行ったり、人数を制限した形で、〈現場〉でのリアル・ライヴを催したり、様々な形で音楽活動を展開しているアーティストがいるにもかかわらず、秋人・冬人の佐藤兄弟が〈おし〉ているアニソンシンガーは、なかなか動きを見せてくれないまま、季節は秋へと移り変わってしまったので、兄弟の忍耐力も臨界点を迎えつつあり、その結果、〈おし〉への逢いたさが募って、〈限界ツイート〉をしつつある心理状況にまで陥ってしまっていたのである。


 ちなみに、〈限界ツイート〉とは、SNSの文字制限である一四〇字いっぱいを使って、〈おし〉の名前、プラス「~さんに会いたい」を、文字数の限界まで繰り返すことで、これをやってしまうと、親しいフォロワーからは心配され、関係の浅いフォロワーからは、こっそりとミュートされ、そうでないユーザーからは、ブロックされてしまい兼ねない危うい行為なのである。


 そんな限界突破五秒前のような十月初旬――

 ついに、アニソンシンガー〈A・SYUCA〉から、十一月初旬のライヴ開催の告知がなされたのである。


「やったぜ!!」

 ライヴ開催の知らせを受けて、冬人はPCの前で歓喜の叫びを、思わずあげてしまった。

 だがしかし、見出しのリンクをクリックしてみると――

 それは〈配信〉ライヴだったのだ。

「まじかよ……」

 配信ライヴという情報を確認して、冬人のテンションは一気に急降下してしまった。

 感染症のせいで、リアル・ライヴができない時、配信とは、歌に飢えたヲタクたちには、実にありがたい形であったのは確かである。

 だがしかし、夏に入って、人数制限などの条件付きではあったが、幾つかのアニソン以外の界隈で、〈現場〉が再開されると、〈現場〉至上主義のイヴェンターの中には、配信に物足りなさを覚える者も現れ始めており、ソロ・シンガー、〈CI〉のツアーで、〈現場〉での生歌唱の素晴らしさを知ってしまったばかりの冬人も、そんな一人であった。


「シューニーさ、やろうと思えば、人数を絞った形だけど、ライヴって、できるんじゃないかな?」

「フユ、お前の気持ちは、よおおおぉぉぉ~~~く分かった。でもな、グチって、否定的な発言をしても、配信ライヴが〈現場〉で観られる分けじゃないんだから、考えるべきは、いかに配信を楽しむかって事だと思うぜ」


 何故に、配信ライヴに物足りなさを覚えてしまうかというと、自宅の小さな画面のパソコンで視聴していると、どうしても、画面に集中できず、ライヴにハマり切れないからなのだ。

 テレビを観ている時、ながらで番組を見たり、次々と番組を切り替えるザッピングをしてしまうのと同じように、自宅でPCで見る時は、ながらや、複数窓で視聴をしてしまいがちで、こうした集中力の分散が、配信が面白くない原因の一つではなかろうか。

 このことを避けるために、佐藤兄弟のヲタク同志の中には、パソコンを、より画面の大きなテレビに繋いで、スマフォは切って、さらに部屋を暗くし、さらに、ペンライトを振って、配信ライヴを視聴しているという徹底者もいた。

「なんか、家で、映画を観ている時みたいだね」


 まさに、そうなのだ。


 映画館ではなく、例えば、家で映画を観る時、少しでも映画館の状況に近づけるために、部屋を暗くして鑑賞するという人は割と多い。それは、少しでも映画館と同じような環境を作りだすための工夫なのだ。

 さらに、映画館と同じように、外部の余計な情報を遮断すれば、物語世界への没入感も増す。

 だから、レンタルDVDや配信のおかげで、自宅で映像作品を視聴できるのに、それでも、映画館に行く人がいなくならないのは、大画面で観たり、さらに、物語世界により深く浸りたいからなのだろう。


 ポイントは、集中力と没入感なのだ。

「なんか、閃いたぞ」

 秋人は、ポンと、結んだ右手で左手の掌を叩きながら、そう独り言ちたのであった。

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