第28イヴェ 秋人〈イベンター〉になったつもりになる。完

 佐藤秋人は北海道の出身で、その実家は札幌市内に在る。だがしかし、今回、イヴェント目的で北海道に来ている秋人は、実家に立ち寄るつもりはなく、それゆえに、両親にも友人にも、今、自分が北海道に帰っているという事実を伝えてはいない。


 無情というのではなく、普通に時間がないのだ。


 この日のライヴが行われる会場は、札幌駅から徒歩で十五分程の、中央区に位置しているライヴ・ハウスだったのだが、佐藤兄弟の実家がある南区から会場までは、トータルで一時間程かかる。

 また、この日の金曜日の午後には、所属している大学の卒論ゼミにて、秋人はオンラインで口頭発表をする予定になっていた。それが、三時限目の講義で、開始は十三時、終了時刻は十四時半なのだが、場合によっては、若干延長して、終わりが十五時くらいになる可能性もあった。

 秋人の今回の北海道遠征の目的である〈A・SYUCA(ア・シュカ)〉の全国ツアー、札幌公演の第一部の開場時刻は十五時半、開演時刻は十六時で、整理番号順入場の立ち位置自由方式であった。

 つまり、十五時半までに入場待機列に並んでいなければ、たとえ整理番号が若くとも、後方の位置で参加する事になってしまいかねないのだ。

 そういった次第で、秋人は、ライヴの第一部の開演に遅れないようにするために、実家への帰省を断念した次第なのである。


 問題は、午後一のオンライン・ゼミでの口頭発表を何処で行うかなのだが、秋人は、デイ・ユースプラン・コースを提供している札幌駅近くのホテルを利用する事にした。

 秋人は、ホテルに十一時にチェックインするや、持参したノートPCとタブレットで、ミーティング・アプリでのオンライン発表の用意をし始めた。その準備も三十分程度で終わってしまい、ゼミの開始まで一時間以上の時間ができた。

 そこで、この余った時間を利用して、朝から気に掛かっていた、イベントの規制緩和について、〈東京都緊急事態措置等・感染拡大防止協力金相談センター〉に電話を掛けてみる事にしたのであった。


 秋人は、最も知りたい事柄を紙に書き出すと、少し緊張しながら、センターに電話を入れた。

 前日に、イヴェントの規制緩和に関する報道があったばかりなので、もしかしたら相談センターへの回線は繋がりにくいかも、と思っていたのだが、数コールで、あっけないくらいスンナリと相談センターに電話は繋がった。


「あ、あの、わ、私、都内の大学に通っている、さ、佐藤秋人というものでしゅ」

「は、はあ」

 電話口の職員は、イヴェントの関連の案件だけではなく、飲食店の問題も受け付けているらしく、大学生が電話してきた事を訝しんでいるような雰囲気があった。

「じ、実は、研究で、今の感染症状況下におけるイヴェントの規制について調べているのですが、二、三、質問したい事があるのです。お時間、よろしいでしょうか?」

「は、はい、どういった内容でしょうか?」

 学術関係のインタビューという事で、相手の声音が少し和らいだ様に感じられた。


「昨日、マスコミで報道されたイヴェントの人数制限の緩和において、状況が〈大声あり〉と〈大声なし〉という二つに分かれていました。この〈大声あり〉とは、人数を抑えれば〈声を出しても構わない〉という意味なのでしょうか?」

「えっ!? ……」

 自分の質問内容が、電話口の相手を面食らわせてしまったらしい。

「えっと、昨日の夜に提示された報道内容について、今朝、話をしていた時に、私が、〈大声なし〉とは、観客が声を出さない事を前提とするクラシックや演劇の事で、対して、〈大声あり〉とは、スポーツやロックのような、観客が声を出す可能性があるジャンルを表わす単なる分類上のレッテルで、〈大声あり〉は、声出し解禁を意味するものではない、と語った所、ニュース記事を根拠に、〈大声あり〉って声出し解禁の事だ、と何人もから反論されてしまったのです」

「は、はあ」

「全体の意見でも、私の主張が間違っているって感じになって……。自分も研究なので、いい加減な事は書けないのです。

 そこで、質問をしたいのは、昨日の報道にもあった〈大声あり〉というのは、単なる分類上の名称なのかどうか、そして、声出しが解禁になったのか、なっていないか、という点なのです」

「現状、声出しは認められてはいませんよ。あっ、ちょっと待ってください」

 窓口の女性は、電話を保留にして、上司か、あるいは、イヴェント関連の問題について、より詳しい人物の確認をとったらしい。

「お待たせしました。やはり、声出しは解禁ではありません」

「再確認させてください。〈大声のあり・なし〉というのは、イヴェントの分類上のただの名称で、今、いかなるイヴェントにおいても、声出しを認めているわけではない、この認識でよろしいのでしょうか?」

「はい、間違いありません」

「質問に応じてくださり、ありがとうございました」

 そう御礼の言葉を述べ、秋人は、通話ボタンをオフにしたのであった。


 アニソンのイヴェンターとして、思いっきり叫びたい、という皆の願望は理解できる。それでもやはり、その望みが成就される日が訪れるのは、もう少し先の未来であるようだ。

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