第27イヴェ 秋人〈イベンター〉になったつもりになる。続

 遠征系のヲタクの中には、携帯が使えない状況になることを〈人権がなくなった〉と言い表わす者もいる。

 オレンジ色のLCCは、残念ながら、機内ワイファイのサービスを提供していないので、秋人は、約二時間ほどの間、飛行機の中では、〈人権〉を剥奪されてしまう事になる。

 だがしかし、ここで、秋人は、ネットが繋がらないのならば、記事を読めるようにすればいいだけじゃん、と発想を転換した。

 そこで、離陸前に、記事をオフ・ラインでも閲覧できるようにしておき、やがて、離陸した飛行機が安定飛行状態になり、シートベルト着用のサインが消えるや否や、簡易机を開いて、運営になったつもりで、〈イベンター〉活動を再開させたのであった。


「STEP1〈事前相談の要否〉:参加者が一〇〇〇人を超える催物 又は全国的・広域的な移動を伴う催物ですか」


「イエス」


 高松・京都・札幌・高崎・福岡・横浜といった、全国六ヶ所を巡るツアーを企画した運営になったつもりで、秋人はチャートの先に進んだ。


「STEP3〈位置固定行動管理〉:参加者の位置が固定されているか(……)」


 ホールでは、座席は個人ごとに一席空けにし、ライヴハウスのオルスタでは、スペースを〈マス目〉にしよう。

 これも「はい」だな。


「STEP5〈収容率上限は収容定員の一〇〇%(……)が適切だと考えますか」


 〈大声あり〉でライヴを開催したいから、ここはノーかな。


「いいえ、五〇パーセント上限でよい」


 そこで、秋人は、七ページ目の「主催者が、収容率については、五〇%上限が適切だと考える催物」に跳んでみた。

 このケースにおいては、「イベント事前相談シート」と「チェックリスト」を、開催の二週間前までに、都道府県が指定した〈事前相談窓口〉に送付し、仮に、感染者の参加や、大声・歓声が発生した場合には、「結果報告資料」を、都道府県と関係府省庁に提出するように、とあった。


 なんだ。

 HPやSNSに〈公表〉するか、当局に資料を〈提出〉するかの違いはあるけれど、〈単発・千人未満〉も〈ツアー・千人以上〉も、運営がやるべきことは大して変わらないじゃん。

 待てよ。

 「大声・歓声の発生」の場合は「結果報告資料」を提出って、やっぱり、そもそもの話、声出しはアウトなんじゃないの?

 分かんないな。


 秋人は、最初のフロー・チャートに戻って、「STEP4」の〈収容率上限〉を百パーセントと仮定し、その先のステップに進んでみることにした。


「STEP5〈特に確認する必要〉 大声・歓声等の有無について『特に確認が必要』と判断されますか」


 ここは「はい」にしてみよう。

 この場合は、九ページを参照したうえで、十ページを見よ、とのことであった。

 そこで、秋人は、九ページに跳んで、最後まで読んでみることにした。


 九ページ目に書かれていたのは、「大声・歓声等の有無について『特に確認が必要』と判断されていない催物」のケースで、要点を抜き出してみると、過去の開催実態と照らし合わせ、「大声・歓声なし」として扱うことができるのは、「クラシック音楽等のコンサートや、演劇等、舞踏、伝統芸能、芸能、講演、式典、展示会といった催物」とあった。この場合は、〈特に確認が必要なし〉と判断し、事前・事後の映像・音声のデータの提出は必要なしらしい。

 具体的には何が該当するかを細かく見てみるために、秋人は、あらかじめダウンロードしておいた、「各種イベントにおける大声での歓声・声援等がないことを前提としうる/想定されるものの例 」のPDFファイルを開き、秋人は、音楽ライヴの〈イヴェンター〉なので、「音楽」の項目に着目してみた。


 そこには、「音楽:クラシック音楽(交響曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、器楽曲、声楽曲等)、歌劇、楽劇、合唱、ジャズ、吹奏楽、民族音楽、歌謡曲等のコンサート」とあった。


 これに対して、上限五千名で、収容率五十超から百パーセント以内で開催したい場合には、事前に「実績疎明資料」、事後には「結果報告資料」として、映像・音声データを当局に送る必要があるようだ。

 それでは、確認を必要とする最も厳しい音楽ジャンルとは、いったい何が該当するのであろうか? 

 こここそが、秋人が最も知りたい事柄である。


 大見出しには、「大声での歓声・声援等が 想定されるものの例」とは、「音楽、スポーツイベント、公営競技、ライブハウス・ナイトクラブ」とあり、さらに 細かく見てゆく中で、秋人が先ず着目したのは「ライブハウス・ナイトクラブにおける各種イベント」という項目であった。

 どうやら、「ライブハウス・ナイトクラブ」にて、五十パーセントを超える収容率でイヴェントを開催したい場合には、事前・事後のデータの提出が必須のようだ。

 ライヴ・ハウスとは、簡単に言えば、入場時にドリンク代を支払わなければならない会場で、ライヴ・ハウスでライヴを行う場合は、音楽ジャンルの如何を問わず、「大声での歓声・声援等が 想定されるもの」にカテゴライズされる、という事なのだろうか?

 アニソンのライヴの多くは、ライヴハウスで行われるわけだから、ほとんどが、このケースに該当する事になろう。


 それでは、〈ホール〉で行われる音楽ジャンルのケースとは?

「ロックコンサート、ポップコンサート等」がここにカテゴライズされていた。

 でも、ちょっと待てよ。

 〈大声なし前提〉の方に、「歌謡曲」が分類されていたけれど、〈アニソン〉は、一体どうなるんだ。

 

 ここで、秋人は情報を整理してみることにした。


A:単発・千人未満:チェックシートのSNSかHPへの〈公開〉のみ


 ほとんどのライヴはこれに該当する。


B:ツアー・千人以上、だが、収容率が五十パーセント以内の場合:チェックシートを当局へ提出


 都内では収容動員数が二千人以上となると、最大規模の幾つかのライヴハウスが該当するだけなのだが、ホールの場合、都内の平均的ホールは二千人規模だ。また、全国ツアーをする場合には、〈箱〉の規模を問わないわけなのだが、いずれにせよ、収容を半分以下におさえる場合には、〈チェックシート〉を当局に提出するだけで十分であるらしい。

 秋人は、チェック・シートのフォーマットも見てみたのだが、それほど面倒な書類でもなかった。


C:収容率を五十パーセント超にしたい場合:チェックシート、および、事前・事後の音声・映像データを当局に提出


 結局、問題になるのは「C」の場合だ。ライヴハウスで、観客数をキャパの半分よりも上にしたい場合には、チェックシートとデータの提出が必要なのだが、ホールの場合は、〈大声なし〉の歌謡曲なのか、〈大声あり〉のポップコンサートなのかが、音声・映像データ提出の分かれ目で、でも、この判断は、アニソンの場合、難しいのではなかろうか。演者や曲ごとに性質が異なるわけだから。


 収容率アップとは収益アップの事である。

 ライヴは慈善事業ではないのだから、運営としては、可能ならば少しでも動員数を上げたいはずだ。

 ちょっと待てよ。

 ということは、ライヴの前後にデータを提出し、お上に伺いを立てなければならないのは、たしかに、運営にとっては面倒なタスクかもしれないが、もし自分がプロデュースしている演者のライヴが、観客が声を出さないタイプで、データを提出して、そのデータで、ライヴ中に〈大声〉が出ていない事が証明できて、当局から〈大声なし〉という判断が下されれば、観客収容率を半分よりも上にするのは不可能じゃないって事じゃないのかな?


 そう言えば、自分が通っている〈現場〉ではないけれど、とある声優さんのライヴで、ホールがほぼ満席だったっていう話を耳にした時、なんで、クラシックや演劇じゃないのに、それが可能なのか? って疑問を覚えたけれど、今、色々調べて分かったことから推測するに、それは、当局にデータを送って、満席OKのゴー・サインが出たってことなのかもしれない。


 ちょっと待てよ。

 冬人によると、六月の〈LioNa〉のアコースティック・FC限定ライヴ、東名阪の〈ふぁんな者たちの集い〉は、ライヴ・ハウスの開催で、椅子ありだったんだけれど、一席空けじゃなくって、収容率は五十パーセントを超えていたそうなんだよね。でも、それが可能だったって事は、当局からオーケーが出たって話なのかもしれないな。

 五十パーセント未満なら、チェック・リストの提出だけで済む話だけれど、どこの運営だって、少しでも多くの観客を入れたいだろうしな。

 でも、許可が下りなかった場合、今後のライヴに制限がかかるかもしれないから、データの提出って、もしかしたら、運営にとっては、ちょっとギャンブル性が高い試みなのかもしれない。


 秋人は、元のページに戻ってみた。

 あれっ! このページ、更新日が〈令和三年十月二十一日〉になってんじゃん。 

 今日が二十九日の金曜日だから、この情報は一週間以上前のものだ。

 だからなのかな?

 昨日の政府発表に基づく報道では、人数の上限の解除って話になっているのに、参照した資料において、その数字が反映されていないのは。

 まだ早朝だし、昨日の報道がホームページに反映されていないだけかもしれない。

 待てよ、ということは、〈大声あり〉〈大声なし〉の定義が変更になった可能性もゼロじゃないよな。


 うぅぅぅ~~~ん、これ以上は分からん。


 よし、それならば、〈東京都緊急事態措置等・感染拡大防止協力金相談センター〉に直接電話して訊いてみればいいだけの話じゃん。


 秋人がそう思ったちょうどその時、機内において、ちょうどシートベルト着用サインが点灯し、飛行機は離陸態勢に入った。

 いずれにせよ、相談センターに電話をするのならば、空港から札幌まで移動して、宿に入ってからの話だな。

 そう思った秋人は、タブレットを鞄にしまい、簡易机を元の位置に戻したのであった。


〈参考資料〉

「イベントの開催に係る事前相談」;「各種イベントにおける大声での歓声・声援等がないことを前提としうる/想定されるものの例 」、『【10月31日から11月30日】イベントの開催制限等について』、東京都防災ホームページ、二〇二一年十一月十六日閲覧。

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