バレンタインからの一年間

フカミリン

バレンタインのチョコレート店にて

 2020年2月14日(バレンタイン)



 僕は今、精神的に辛すぎる、アルバイトをしている。


 場所はケーキ屋。

 小さくて知名度も低いが、商品はどれも良心的価格で、しかも美味しい。そんな店。


 この店はバレンタインの時期に、可愛らしいチョコレートも販売していて、それを求めて女の子たちが集まってくる。


 僕はそんな中、接客をしていた。


 ここ数日の『お客様』は女の子ばかり。買うものは決まってチョコレート。

 おそらく、彼氏か友達に渡すためだろう。



 女の子たちが次から次へと目の前にやって来て、他の男へのチョコレートを買って去ってゆく。

 これは『ゴウモン』だ。


 チョコレートをくれる女子がいない僕には辛すぎる。



 また、高校生くらいの可愛い女子が店に入ってきた。

 彼女はちょっと高めのチョコレートを指差して、「これください」と嬉しそうに言う。


「はい。プレゼント用のラッピングはどうしますか?」

「お願いします!」


 僕は商品を手に取り、これを食べたい男が食当たりしますようにと祈りながら梱包し、手渡した。


「どうぞ」


 商品を買ってくれた『お客様』にいつもの決まり文句を笑顔で言うと、金を払って、満足そうに店を出て行った。

 彼氏に渡しに行くのだろう。



 やっぱりこのアルバイト、精神的に辛い。

 彼女いない歴=年齢の僕が、他人の恋愛をサポートするなんて、苦痛でしかない。(それでも、時給1500円につられてアルバイトを続けているのだが…………)



 心の傷を癒す暇もなく、次の『お客様』が入ってきた。


「いらっしゃい……ま……せ…………」


 一目惚れをした。


『恋』という言葉自体は知っていたし、辞書を引いて意味を調べた事もある。それでも今まで、『恋』がどのようなものか分からなかった。


 それが今やっと分かった。


 全体の印象は『癒し系』。


 年齢は18前後。でもちょっと幼な気。

 背は平均的で、胸は…………平均以下?


 黒髪のロングヘアーの彼女は、モデル級の美女という訳ではないのだが、僕にはトップアイドルよりも魅力的に見えた。


 そんな彼女が、じっと僕を見つめている。


 何だろう?

 僕にプレゼントとか?

 バレンタインデーだから、チョコレートをくれるとか!


「えっとぉ、これ、いいですか?」

「あっ、すいません! これですね。プレゼン用のラッピングは…………」

「え? プレゼン?」

「ま、間違えました!」


 は、恥ずかしい。

 好きになってしまった女の子の前で、こんな失態を犯してしまうなんて!

 もう全てを放り出して、スタッフルームに引き篭もりたい。


「そんなに赤くならなくても大丈夫だよ。間違いは誰にでもあるよ」

「は、はい…………。ラッピングはどうしますか?」

「お願いしようかな」


 僕は商品を手って、ラッピングを始めた。


「これ、誰に渡すのですか?」

「え?」

「個人的に気になっちゃって。君みたいに可愛い女の子からチョコレートをもらえるなんて、羨ましいなと思って…………」

「ありがと。お世辞が上手だね。まあ、彼氏とかいないよ」


 『今は』?

 これから、誰かにチョコレートを渡して、告白するのだろうか?


 疑問に思いつつ、商品を渡す。


「はい! お釣りはあなたが貰っといてくれていいよ」


 そう言い残して、彼女は何処かへ去って行った。


 最後に受け取ったお金は、代金ぴったりだった。






 もう、彼女に会えないかもしれない。


 嫌だ!

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!


 どれだけ嫌がっても、もう彼女に会えない。



 どうしようもない程に、そう思った。






 夕方。

 アルバイトを終えた僕は、スマホのLINEを開いて、メッセージが来ていないか確認した。


 着信は一件。大学の友人の田中からだ。


『なあ、今から飲みに行かない?』


 突拍子もなく誘ってきたなあ。と思いつつ、に会えない寂しさを忘れられるかと思い、指定された店に向かった。




 指定された店――――少しお洒落な飲み屋に行くと、田中とその友人が6人用のテーブルに座っているのを見つけた。


「ごめん。まった?」

「大丈夫! まだ始まってないから」

「よかったぁ。それでさあ、他にも誰か来るの? この席、3人には大きすぎない?」

「ああ、後3人来るはずだぜ」

「ふ〜ん」


 誰が来るのだろう。

 ここに居る田中たち意外に友達がいないから、とても気になった。


 水を飲みながら、談笑すること数分。


 他の3人がやってきた。

 なぜか全員女子。


「遅れてごめんね〜」と、3人が僕たちの目の前に座った。


「お、おい。これ、どういう事だよ?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 合コンだよ。ゴ・ウ・コ・ン」

「はぁ?」


 合コンなら、今きている服みたいな安物ではなく、もっといい服を着てくるべきだった。

 そう思いつつ、3人の女の子たちを見る。


「「あ」」

 

 3人の中に、今日お店に来てくれた、とおっても魅力的な女の子がいた。


 一目惚れした子にまた会えるなんて…………


「恵美、知り合い?」

「今日行った店で働いていた人」


 やった!

 覚えていてくれたんだ!


「とりあえず、自己紹介しようぜ!」




 順番に自己紹介をしていき、ついに僕の番が回ってきた。


「庭野 誠です。一応二十歳です」


 『超』がつくほど簡単に自己紹介を済ませた。


 次は、あの子の番。


「三村 恵美です。趣味は…………特にないかな? えっと……よろしくね」


 彼女は三村さんというらしい。名前が知れて嬉しいな。



 6人で会話を楽しんでいると、三村さんが鞄から何かの箱を取り出した。


「ねえ、チョコ持ってきたけれど、食べる?」

「あ、うん! ありがと」


 三村さんは満足そうに、さっき取り出した箱を開けて、テーブルの上に置く。


 チョコレートだ!


 箱の中には、一口サイズのチョコレートが、30個ほど入っていた。

 今日、三村さんが僕の店で買ったチョコレートだ。


「うわぁ! 女の子からチョコをもらうなんて、生まれて初めてだ!」

「俺も!」


 田中たちが虚しいことを言いながら、チョコレートを食べる。


「女の子からもらうチョコは美味しいなあ」


 そ、そんな風に、泣いて感動されてもなあ…………

 作ったのは僕だし。


 それに、肝心の女の子たちがドン引きしちゃってるよ。


 まあいいや。



 でも、三村さんは彼氏にプレゼントするためではなく、みんなに配るためにチョコレートを買ったらしい。


 ホッと胸を撫で下ろす僕。


 よし。胸のモヤモヤが晴れた。


 今日は思いっきり楽しもう。






 楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうもので、いつの間にか陽が沈み、お開きの時間になった。


「あぁ、楽しかった!」

「そうね。じゃ、私たちはこれで」


 想像以上にあっさりと、三村さんたち3人が帰ってしまった。


「結局、誰とも連絡先交換できなかったな」

「俺も」


 僕も、三村さんとこれでお別れなんて、寂しすぎる。

 三村さんを呼び止めようにも、呼び止めれる用事も、勇気も僕には無い。


 僕が尻込みしている間にも、三村さんたちは遠くへと去っていく。


「ん? そういえば、俺はあの子達全員と初対面だが、お前たちはどうだ?」

「俺もだが?」

「僕も」


「この合コン、主催者は誰だ? 誰が人を集めたんだ?」

「「田中じゃ無いの?」」

「お前たちでも無いのか?」


「「「………………」」」


 怖くなったので何も考えないことにした。


「あ、これ、三村さんのハンカチじゃね?」


 本当だ。床に三村さんの、水玉模様のハンカチが落ちている。

「僕が届けてくるよ! じゃ、また今度!」

 僕はハンカチを拾うと、全力で三村さんを追った。




 少し走って、三村さんに追いついた。


「三村さん!」


 ゆっくりと、三村さんが振り返る。


「なあに?」


「はあ……はあ……はあ……はあ……」

「本当に何? 息を切らしていて、怖いよ?」


 ちょっと怯えの色が見える無垢な瞳で、僕を見つめる。


「……こ、これ…………」


 僕は三村さんにハンカチを渡す。


「え!? これのために、追いかけてくれたの?」

「まあね」

「ありがとうね」


 三村さんが、僕にとびっきりの笑顔を見せてくれた。


 電車にひかれたかのような衝撃に襲われて、心臓が止まった(心理描写)。


 いや、モズの速贄の如く胸を貫かれた感覚と言うべきだろうか?


 とにかく、僕は三村さんが更に好きになってしまった。


「あのっ、LINE交換、してください!」

「いいよ」


 やったあ!

 初めての、女の子とのLINE交換!


 もう、天高く舞い上がって、銀河系から飛び出してしまいそう!


「また会える?」

「うん、また会おうね」


「あ、ありがとう!」

「別にお礼を言われるほどのことじゃ無いよ? あ、でも、ハンカチ、ありがとね」


 トドメだった。


 三村さんの魅力で舞い上がりそうで、ただでさえぼーっとしかけていたのに、もう完全にぼーっとしてしまった。


「ちょっと、恵美! 早くしないと置いてくよ」

「あ、待って!」


「あ」


 三村さんが行ってしまった。


 つい先ほどまで三村さんと話していたことが嘘のようだ。

 でもそれは嘘ではなくて現実だ。


 僕はスマホを眺める。


 LINEの友達一覧には『エミ』という名前が表示されている。

 三村さんだ。


 アイコンは、かわいい白猫のイラストだった。

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