エピローグ―「できますよ、きっと」

 夏休みが終わっても暑い日がつづいている。今年は冷夏だという話だったはずだが、やはり天気予報は当てにならない。


 放課後、いつものように飛鳥馬の居残り練習に付きあう。メニューが代わり、彼はひたすら壁打ちをしていた。


 ボールを打つ音と地面を蹴る音をバックに、俺はスマホの画面を凝視している。


 ゲーム情報サイトのインタビュー記事。冬頃配信予定のとあるスマホゲーの特集だ。第一弾は総監督、第二弾はイラストレーターへのインタビューだった。


 そして今回はシナリオライターへのインタビューだ。メインライター兼シナリオ監修はなんと白川さん。


 色白で優男風の顔がばっちり掲載されている。でも俺は、彼が実は武闘派であることを知っている。なんだかちょっと優越感を覚える。


 でも、俺が記事を熟読しているのはそれが理由ではない。



――今回はシナリオ補佐の佐藤一さんにもお越しいただきました。よろしくお願いします。


佐藤一(以下、佐藤):

よろしくお願いします。



 佐藤一――つまり、羽菜さんだ。


 最後のデートを終えてから今日まで、彼女と連絡をとることはなかった。彼女は前を向いて歩きはじめた。俺も、彼女からたくさんのものをもらって、前向きな気持ちで日々を過ごせるようになった。だから俺たちが連絡をとりあう必要はもうない。


 しかし、昨日のこと。とうとつに羽菜さんからメッセージが送られてきたのだ。


『明日、ここを見て』


 たった一言。そのあとにはURLが添えられていた。


『絶対見ます』


 俺も一言だけ返した。


 そして今日、記事が更新された。


 ――よかった……。


 無事、仕事に復帰できたようだ。


 インタビューは白川さんを中心に進められていく。羽菜さんはときおり白川さんの発言を補足するていど。ちょっと物足りない。


 でも最後のほうで、羽菜さんにスポットが当てられた。



――一番苦労して点は。


佐藤:

そうですね……。以前は情報をインプットして、それをアウトプットするだけだったので、常に溺れているような息苦しさがあったのですが、最近はもっと自分の中から出してもいいのかなって思い始めて、それからは楽しく書けています。


――心境に変化があった、と。


佐藤:

はい。恋をするつもりで書いています。


――恋、ですか。それは作品に? それともキャラに?


佐藤:

主人公に、ですね。



 羽菜さんは絶好調みたいだ。


 身体がうずうずする。


 ――ゲーム、したいな。


 羽菜さんが推してたゲームをプレイしてみようか。


「よしっ」


 俺は飛鳥馬に声をかけてから、トヨハシカメラへ向かった。





 一階のパソコン・タブレット売り場を抜けてエスカレーターで三階へ。


 ゲーム売り場のギャルゲの棚へまっすぐ向かう。


 ――あったあった。


 洋菓子店を舞台に恋の物語を描いた『フィナンシェ』。羽菜さんがげきししていた作品だ。


 彼女があそこまで肩入れするのだから面白いに決まっている。


 しかし――。


 ――俺のなかのランキング一位は『リプレイス』で揺るがないけどな。


 俺には将来の夢ができた。羽菜さんや白川さんみたいなキラキラした才能はないけど、彼らのような『とがった人びと』をサポートするような――いわゆるエージェントなら、俺にうってつけなのではないかと考えている。


 才能は豊かだが、心が柔らかくて傷つきやすい人びとの働きやすい環境を整える、安心して創作に打ちこめる場所を提供する、そんな役割。


 それにはまず、多くの物語に触れる必要がある。ゲームだけじゃなく、漫画や小説、映画にも。勉強して、いい大学にも入りたい。


 そしてその先に、また羽菜さんと交わる未来があったら嬉しい――、なんて本音を隠しつつ。


 人恋しくて街を徘徊している暇なんてない。


 俺は会計を済ませ、店を出た。気分が高揚している。笑い出してしまいそうになるのをぐっと堪える。


 空を見ると、いつかみたいに、三日月が俺の代わりににやにやと笑っていた。





「なに黄昏れちゃってるの?」


 急に耳元で声がして、俺はびくりとなって飛びのいた。


「は、羽菜さん……!?」

「なに? 幽霊でも見たみたいに」


 くすくすと笑う。


「でも、だって……」


 同じ市内に住んでいるのだから鉢合わせることは不思議ではない。


 でも、俺たちの出会いから別れまでをひとつの物語と考えれば、明らかに蛇足のエピソードだ。


 羽菜さんは月を見あげながら言う。


「わたしたちの恋愛シミュレーションを題材にお話を書くとしたら、って前に話したでしょ?」

「はい」

「あのときね、ひとつ言い忘れてたことがあったの」

「言い忘れてたこと、って……?」


 羽菜さんは俺に目をもどして微笑んだ。


「絶対に、完全無欠のハッピーエンドにしたい。理不尽でも、蛇足でもね。――できるかな?」


 俺も微笑みを返した。


「できますよ、きっと」


 ――俺たちふたりなら。

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ギャルゲオタお姉さんの理想の彼氏は俺らしい 藤井論理 @fuzylonely

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