第9話’’女王’’

僕は、彼女の美しさ、そしてその恐ろしさを味わうこととなった。

彼女からは、一切の殺意とか、威圧感とかは感じられない。ただただ美しく存在し、この空間を完全に支配していた。

気を高めていないと、恐らく僕は呑まれてしまう。感情ではなく、もっと大きなものに。

彼女が、一歩動く。広がる波紋のように、この部屋も共鳴していた。


「ねぇ、あなたはどう思うの?」

「何がだ・・・!?」

「人には、たくさんの生きる意味があるわよね?お金を稼ぐ、たくさんの人の命を救う、あるいは、誰かに愛される。人それぞれ、異なる目的がある。向かう向きは誰もが違う。」

彼女が一歩、一歩動くたびに、空間が動く。存在が揺らめく。認識が歪む。

「でも、スタート地点はみんな一緒。みんな、【生きるために生きている】。」

分かってきた。この少女は何を言わんとしているのか。

「少し、分かりにくかったかも知れない。分かりやすく言えば、生きようとする意思を持って生きている。その命に意思はあるか、というコト。ここまで言えば、もう理解できた


その言葉の通り、僕は理解した。僕たちは皆、極端に言ってしまえば【生きるために生きている】そのために仕事をし、金を稼ぎ、そして衣食住を金によって得る。これらは全て、生きるために必要なものだ。


だがしかし、【生きるために生きている】のに死ぬことを望んでいたら?これは生きるということに対しての大きな矛盾である、と彼女は考えた。だから


「何かをする上で噛み合わないことが存在していると、辛いわよね?苦しいわよね?だから、終わらせないと。苦しみなんてものは、早く消してしまうことに越したものはないからね。」

話している間にも、僕の血液が刃を伝って床に拡がる。痛みと軽い貧血によって曇った視界には、薔薇の花園に立つ、美しい死神がそこにいた。


「何事も、終わらせるには大なり小なり勇気が必要。とんと背中を押すような―――長く続けた努力も、趣味も、人生も。」

私はその背中をそっと押しただけよ、と。

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偽証の正義と英雄譚  ―決して英雄になれない君へ― 千住傲慢 @gomansenju

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