てめえの死に顔も見飽きたぜ

デッドコピーたこはち

「ヘレン・キャンベルを始末せよ」

「いい加減、てめえの死に顔も見飽きたぜ。えっ?ヘレン?お前の脳天に何度風穴開けてやったかなんてもう覚えてねえけど。もうそろそろ、ホントに死んでくれよ」

 うつむせに倒れているヘレンの死体をつま先で小突く。もちろん反応はない。当然だ。さっきその額に鉛玉を三発もくれてやったのだから。

 しゃがみ込んでヘレンの死体をひっくり返す。小綺麗なリビングに似つかわしいウールの絨毯は、ヘレンの額から流れ出る血を吸って台無しになっていた。ヘレンの首の下に腿を入れ、左手で顎を持って固定する。ヘレンの光を失った瞳がこちらを見つめる。右手でジャケットの胸ポケットからバタフライナイフを取り出す。

「お前さんの目ん玉くり抜くのも慣れちまった。ほら、こんなに上手くなったぜ」

 バタフライナイフを使ってヘレンの右眼球を取り出し、その眼球をナイロン袋に入れてジャケットの内ポケットに仕舞った。面倒だが、これは依頼主に送らなければならない。バタフライナイフの刃はヘレンの着ているニットセーターで拭き、元に戻した。

「何黙ってんだ?まだ生きてんのくらいわかってんだぜ?こっちは。またその減らず口を叩いてみろよ。ほら」

 ヘレンの頬を平手で打つ。反応はない。

「今日はなあ。テルミットを持って来たぜ。前回ガソリンで焼いたけどダメだったからな。1つで十分だが念を入れたいし、特別に2つもくれてやるよ。」

 ベルトに取り付けたポーチから、赤く塗られた焼夷手榴弾テルミット・グレネードを二つ取り出した。二つの焼夷手榴弾テルミット・グレネードをそれぞれヘレンの胸と股の辺りに置き、ピンを引き抜いた。二秒後、白煙と閃光と共に火花が飛び散った。テルミット反応は3000℃に達する。ヘレンの死体は跡形もなく焼却されるだろう。

「あばよ。クソ野郎。地獄でも会いたくねえ」

 私はそう言い残し、今回のヘレンの部屋を後にした。

 

 生身の人間を始末するのに高価なサイバネは要らない。拳銃とナイフがあればそれで事足りる。あのクソ親を殺して家を飛び出したのは何年前のことだったろうか?いつしか殺しは私の食い扶持になっていた。

 知らないアドレスから目標の情報が携帯端末に送られてくる。そいつを殺し、眼球を指定の住所に送ると、口座に金が振り込まれる。依頼人とは話したことも会ったこともない。それが私の仕事だった。

 だがヘレン・キャンベルの殺害依頼を受けたことで何もかもがおかしくなった。あの時は、いつもと同じ仕事だと思っていた。いつものように情報が送られてきて、いつものように目標を殺して眼球を送ると、いつものように口座に金が振り込まれた。

 しかし、それからが違った。一週間後、またヘレン・キャンベルの殺害依頼が来たのだ。違うのは目標の住所だけだった。最初は何かの間違いだと思った。だが、依頼人との連絡は一方的で、こちらから接触することはできない。とりあえず、依頼に従うしかなかった私は目標の住所へと向かった。そこに居たのは、たしかに殺したはずのヘレン・キャンベルだった。

 ヘレン・キャンベルが生き返ったのか?そんな、バカな。偶然、同姓同名の人物が同じ顔を持っていたのか?いや、そんなことが起きるはずがない。混乱した私は……とりあえずヘレン・キャンベルをまた殺すことにした。生き返ったにしろ、同姓同名のそっくりさんにしろ、殺してしまえば問題ないと考えた。依頼を達成した私はこの奇妙な体験を忘れてしまおうとした。

 しかし、そうは行かなかった。次の週もそのまた次の週もヘレン・キャンベルの殺害依頼がきたのだ。何度ヘレン・キャンベルを殺しても、次の週にはヘレン・キャンベルの殺害依頼が来るのだ。私は気が狂いそうだった。

 頭に来た私はヘレンを捕え、拷問することにした。本人なら何か知っているだろうと考えたのだ。だがそれが、間違いだった。ヘレンは、のべつ幕無しにわけのわからないことを語り続けた。どれほど、私と話せるこの日を待ち望んでいたかとか。一目惚れしてしまったとか。永遠に殺され続けたいとか。あまりにも語り口が気持ち悪く、明らかに正気でない様子だったので思わず殺してしまった。私はそのときの異様に興奮したヘレンの姿が脳裏に焼き付いてしまい。三日間、悪夢にうなされ続けた。

 依頼を無視することも考えたが、依頼を達成できなかった同業者が辿った悲惨な最後のウワサを思い出し、それもできなかった。

 そしてまた、一週間が過ぎた。

 

 フィリップス・アパートメントの205号室、それが今回のヘレンの住所だった。私は205号室の扉の前でポーチから拳銃を取り出した。どうせ、扉に鍵はかけられていない。いつものことだ。

 ドアノブに手をかけ、捻ると簡単に扉は開いた。拳銃を構え、室内に入る。玄関からはすぐにリビングに繋がっている。リビングには大きなテーブルと二脚の椅子が置いてあった。そのうちの一つの椅子にはヘレンが座っていた。

「やあエラ、今日は君の誕生日だね。一緒にお祝いしよ――」

 気安く呼びかけてくるのを無視して私はヘレンの眉間めがけて弾丸を撃ち込んだ。ヘレンの身体が力を失い、うなだれる。さらに心臓めがけて二発撃ち込む。ヘレンの身体が銃撃を受けて僅かに動いたが、それだけだ。うめき声を発したり、痛みにのたうち回ったりはしない。死んでいる。

 念のためにもう一発ヘレンの頭に弾丸を撃ち込む。ヘレンの死体が机に突っ伏した。その瞬間、つい私は食卓の上を見てしまった。キャンドルで照らされた食卓に並んでいるのは、一本の赤ワインの瓶と二人分のディナーだ。

 メインは鴨ローストのカシスソースがけ、私の大好物だ。赤ワインのラベルには私の誕生年が刻まれている。背筋に寒気が走り、胃から酸っぱいものがこみ上げてくる

「うえええええっ」

 胃の中身を全て食卓にぶちまけてしまう。

「てめえ、ふざけやがって……気持ち悪いんだよ!」

 私は叫びながら、ヘレンの死体に向かって銃を乱射した。ヘレンの死体が机に突っ伏したまま、銃弾を受けた反動でびくりびくりと動く。

「はあ、はあ……なんなんだお前!なにがしたいんだよ!クソッ」

 震える手で弾切れになった銃の弾倉を交換し、ホルスターに戻す。

「許さねえ。木っ端みじんにしてやる」

 ベルトに取り付けたポーチから、時限式の梱包爆弾を取り出し、ヘレンの死体の膝上に置いた。そして、タイマーをセットしようとしたとき、眼球を回収し忘れた事を思い出した。

「クソッ!クソッ!」

 バタフライナイフで瞼ごと眼球をくり抜き、ナイロン袋に入れてジャケットの内ポケットに仕舞った。雑になってしまったが、もうどうでもいい。まだ口の中に吐しゃ物の苦さと酸っぱさが残っている。早くこの空間から去りたい。タイマーをセットし、私は逃げるように今回のヘレンの部屋を出た。

 フィリップス・アパートメントを後にし、細い路地に駆け込んだ。背後で爆発音が聞こえる。いつもなら、振り返って爆炎を眺めるところだが、今日は違った。一刻も早く家に戻り、酒を呑んで眠りたかった。どうか、アルコールが今日あったことを何もかも記憶から消し去ってくれるようにと私は祈った。


 モニターにはエラがジャケットのポケットに両腕を突っ込み、俯きながら速足で路地を去っていく姿が映し出されている。ハエ型監視ドローンの送って来る映像であった。爆炎の光を受けてオレンジに色づくエラの長い黒髪が美しい。

 モニターの前にはエラの誕生日を祝うために特注したバースデー・ケーキがある。ちゃんと18本のロウソクも用意した。

「ああ、エラこんなに弱ってしまって。そんな君も可愛いよ」

 気丈なエラが精神的ショックを受けて参っているこの姿、ギャップが堪らない。

 誰かが私の記憶共有クローンの殺害をアシス協会に依頼したのは全く無意味な行動だったが、それによってエラと私が出会うことができたのだと考えると、人の宿命というのはつくづく分からないものだと思う。

 あの時私が見たのはエラの何の感情もない顔だった。人をこれから殺そうというのに何の興奮も恐怖もない顔。まるで、ゴミムシを潰すようなその顔を見た時、運命の人ファム・ファタールに出会ったのだと感じた。それ以来、エラのことを調べ上げ、毎週アシス協会にエラを指名して記憶共有クローンの殺害を依頼しつづけた。

「絶対に君を逃がしたりしないよ」

 背後の無数の培養槽で育つ私のクローンを見る。永遠にエラは私を殺し続けるのだ。私はエラに殺され続ける。ああなんて最高なんだろう。次は、あの美しい顔を憎悪と嫌悪に歪めながら私を殺してくれるだろうか。それとも、また凍るようなあの無表情に戻るだろうか。楽しみだ。

 エラの心が折れて依頼を受けるのを辞めてしまうのも良い。その時はアシス協会に働きかけてエラを私のものにしよう。まあ、どちらでもいい。

「ハッピーバースデー、エラ」

 私はケーキを飾るろうそくの火を、一息で吹き消した

 


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