心の冬

碧川亜理沙

心の冬


「奈子(なこ)、私たち、別れよう」


 タバコを吸う彼女の姿をぼんやりと見上げていたら、そんな言葉が聞こえた。

 どんな表情でその言葉を放ったのか、薄暗い照明のせいか、よく見えない。

 

 そろそろ来るかな、とは思っていた。

 最近の彼女の態度を思い返しながら、私は「そっか」と応えた。


「因みにだけど、理由、聞いてもいいい?」

「……他に好きな人ができたの。本当にごめんなさい」

「……謝る必要、ないよ」


 そう、彼女が謝る必要はない。彼女はただ自分の気持ちに正直になっただけなのだから。

 そんな私は、別れ話を切り出されたのに、何も感じない自分に顔をしかめる。

「本当に、ごめん」

 彼女のつぶやきとタバコの煙が、部屋の中に充満してしまった気がした。




 朝が完全に明けきる前に着替えを済ませた。

 彼女はまだベッドで寝ている。


”おそろい”


 そう言ってつけていたピアスを外し、近くのテーブルに置く。

 ――お幸せに。

 心の中で呟き、ホテルを後にする。 

 春に向かって季節は進んでいるはずなのに。

 ――寒いなぁ……。

 うっすらと白み始める東の空を見上げる。

 手持ちのマフラーをまくけれど、内側の寒さは和らがない。

 ――いつ、春が来るんだろ。




 私はおそらく、普通の人に比べて感情の起伏があまりないのだと思う。

 もちろん、周りの人がおもしろそうに笑ってたら笑うし、悲しそうにしていたら一緒に涙する。

 だけど、それだけ。

 常に周りに合わせていただけ。

 それなりに楽しかったけれど、私の内側はいつも寒かった。

 

 大人になって、何人かの人とお付き合いをするようになった。身体の関係を持った人もいたし、その中には女の人もいた。肌をあわせることで一時はその寒さは埋まったけれど、でもそれはあくまでその時だけ。しばらくすれば、また寒さを覚えてしまう。

 一度だけ、他の人も同じように寒さを感じたりするのかを聞いたことがある。


 ”なに、それ”


 その人は苦笑して、気のせいじゃないかと言った。

 その時私ははじめて、自分がおかしいのだと知った。




 だんだんと夜が明けてくる。それに伴って人もまばらだが増えてきた。

 ――眠い……。

 あまり寝ていないからか、今急に眠気が押し寄せてきた。

 ホテルで朝まで寝てればよかったと思うけど、彼女が顔を突き合わせてさよならするのでは気まずいのではと思って出てきたのだが。

 近くの駐車場の縁石に腰を掛ける。

 座った時点で睡魔に負けそうになってくるが、帰る家を見つけないといけない。

「誰かいるかな……」



 この寒さは、慣れない。

 埋まってもすぐに寒くなってしまうから。


 私は、この寒さをなくすことはできるのだろうか。

 普通じゃない私は、普通になれるのだろうか。

 そもそも、普通ってなんだろう。


「誰か、温めて……」


 この寒さを感じなくなる日は来るのだろうか。

 それまでは、一瞬でもこの寒さを埋めるために、今日も私は街をさまよう。




                                終

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心の冬 碧川亜理沙 @blackboy2607

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