第2話 卑小な僕の現実逃避と非日常

 そういえば、短期のアルバイトをすれば出会いがあると、そんな事を誰かが言っていた。別に出会いなんて求めてはいないが、短期のアルバイトへ行く度にそんな話を思い出す。


 普段から一箇所で長期のアルバイトは続けているし、アルバイトだけではなく部活動も行っている。1年生の夏休みが終わったあたりからアルバイトと部活動の二つの草鞋を履くというハードな生活を続けながら、ついに1年以上も経ってしまった。


 部活動に勤しみながら固定のアルバイトまでもしているのだから、それに加えてわざわざ短期のアルバイトにまで行く事は無いんじゃない?と言われそうであるが、これには色々と事情がある。



 その中でも大きな理由として挙げるべきものは、やはり高校卒業後の生活と、それに関して要する金額をどう工面するのかについて真剣に考え抜いた結果によるものだと言える。


 僕が進学を希望している西側の某大学は、現在居住している実家からの通学は距離的な面で非常に困難を極めることが想像できた。そのため、その大学へ進学したいと思い至った時から、大学入学後の一人暮らしの費用を貯めるためのアルバイトをしなければならないと決意させられた。


 当時、6つ上の兄は大学院に院進したいと話していたし、2つ下の弟が私立高校へ行った場合の事もある。家計の負担を少しでも減らせとの両親からの無言の圧力は、3人兄弟の中で最も出来の悪い僕へと向けられた。


 最初に始めたバイトは時給は低いものの毎月安定してシフトに入れてもらえるので、一定の額は稼ぐ事ができた。そして人間関係も比較的良好ではあった。それに、テスト期間や部活動の大会が近い時などは休みについても考慮をしてもらえたので有り難かった。


 しかし、ある時、当局による合理化でバイトの業務量が大幅に減らされたのであった。


 そして、在籍しているアルバイトの数は変わらないまま業務量だけが減ったため、シフトも減らされ出勤日も減り、今までのようには稼げなくなった。そのため、2年生のゴールデンウィークの頃から短期のアルバイトを何回か繰り返すと言うハメになってしまった。



 でも、そんな理屈は最近思いついた都合のいい理由付けであって、本当の所は違うのかもしれないと自分は思っている。


 つまり、僕は同じアルバイトをずっと一カ所で繰り返したり、毎日のように真面目に同じ部室に出向いて同じメンバーと過ごす放課後だったり、そんな事を代わり映えもなく続けているのが嫌なのだ。


 学校や部活動やアルバイト先と家とを単純に往復し続けるだけの退屈でウンザリさせられる日常、こんな事を延々と続けていたら精神のどこかがおかしくなってしまう。


 だから、同じ事の繰り返しによって鬱屈としてしまった心情が浄化されるように学校をサボって電車で遠くに行ったり、地元のゲーセンで時間を潰したり、部活動は適度にサボりながら短期バイトへと出向いたりしている。この理屈が正解なような気がしてならない。


 そう。僕はこの日常が嫌いなのだ。不変でいつまでも変わりなく続く、この退屈な日常が大嫌いで仕方がない。だから本当に何の刺激も与えられない小学校は時間の流れが緩すぎて地獄でしかなかったし、中学に入れば何かが変わるかと思いきやそうでもなかった。


 高校に入る頃には「日常なんて、終わらないんだよな」と諦めてしまい、心の中にある弾力さえも失われ、そんな事を考えるのさえ苦痛になった。


 小学校や中学校がそうであったのと同じくして、高等学校という場所もまったく無意味なところだという結論に僕は到達した。あまりの退屈さに自主退学をしようかと考えた事もあった。

 でも、今ここで高校を辞めたところで、16や17で社会に出て出来る事なんて無かったし、特にやりたい事があるわけでもなかった。


 それからの僕は、留年しないギリギリの出席日数をキープしながら適度に学校をサボることにした。そして、「どうにかして、この退屈な日常に刺激を!」と渇望した。


 部活動への加入も校則で強制されてはいたけれど、それも可能な限り手を抜いて最低限の練習にだけ参加した。それから、学校の外へと居心地の良さを求めた。


 固定バイト&短期バイトを繰り返して様々な人間関係の中(誰も自分のことを知らない場所)に身を漂わせ、そうして日常にいつもと少しだけ変化があるかのような錯覚を自ら引き起こさせ、精神の均衡を保ってきたのである。


 しかし、もうすぐ3年生になって真面目に受験勉強に取り組まなくてはならない事とか、これから一年半も経たないうちに高校生活も終わり、順調に進めばそれから4年後、つまり高校2年の冬の今から起算しておよそ5年半後には社会人となってしまうと言った現実に直面してしまうと、この先どうなってしまうのだろうか…と言った不安は拭いきれない。


 高校を出て大学も卒業してしまえば社会人になって、今までのように複数のコミュニティーを流動的に行き来し“様々な自分”を演じることによって変わらない日常を生き抜くサバイバル術を使えなくなってしまう。そして、なんとなくそれはとても恐ろしくも思える。


 5年半というのは今の自分からは途方もなく遠い未来であるような気がしなくもないが、しかし、時が過ぎて行くのはあっという間なのかもしれない。そして、あっという間に高校も終わって大学も卒業してモラトリアムが終わり、ひたすらつまらない日々を繰り返して死ぬだけの酔生夢死な社会人生活が待ちかまえているのだ。そう思うと、将来に対して果てしなく絶望させられた。





 だったらこんな日常なんて滅ぼしたいし、こんな世界は消えて無くなってしまえ…とは思うが、それはただ単に世界が無くなってしまうことを僅かな希望として抱いているだけであって、何も本気で世界を滅ぼそうとしているかと言えば否である。


 だいいち、世界なんてそうそう簡単に滅びることはない。歴史を振り返れば、どれだけ大きな戦争が起きたところで社会や文明が崩壊したように見えるだけで、世界そのものが消え去る事は無かったし、大規模な台風や地震などの自然災害が起きたところで日常はいずれ回復をする。

 むしろ、地震などの自然災害や小規模な戦争などにより中途半端な日常の断絶が起きた中で生き地獄を味わうくらいなら、この平穏な日常がずっと続いてくれた方がマシである。



 だから、僕が欲しいのは決して中途半端な日常の断絶ではなく、すぐさま社会すべてが滅び消え去る事。つまりは終末戦争(ハルマゲドン)であった。


 世界中にある全ての核兵器を使うことができるのなら、そうすれば地球なんて何回でも消し去れるだろう。 だけれども、誰もそれをやろうとはしない。そして、誰もしようとしないからと言って、自ら終末戦争を起こそうなどと気の狂った考えにまでは至らないし、やはり世界はどうやっても滅びず退屈な日々は続いて行く。


 だから、せいぜい非日常的な気分を必死になって味わおうとしても、できる事はと言えば学校をサボって駅前のゲーセンで少しだけ自由になれたような気がしたり、電車に揺られながらどこか遠くへ行ってみたり、あとは部活動の大会にだけは欠かさず参加をして県内の知らない町を訪れる事を楽しんでみたり、そして短期バイトを繰り返して知らない人たちとの一時のコミュニケーションを楽しんでみたりと、まあ、それくらいなのである。



 さて、僕にとっては少なからず非日常の雰囲気を味わえる短期バイトだが、一言にそう言っても種類や期間は様々なものがあり、大抵は3日程度のもの(イベント整理員、お盆やクリスマスの某パン工場)から、長くて夏休み中を丸々使う一ヶ月ほどのもの(例えばプールの監視員など)まで多種多様である。


 「誰も自分のことを知らない場所での人間関係を流動的に味わう非日常を得る」ために短期バイトに手を染めた僕だったが、そのような僕とは少し異なる理由で短期バイトを好んで行う高校生や大学生やフリーターも一定数存在する。

 短期のイベントバイトなどへ出かけた先々で「異性との出会いを求めている男たち」だ。


 彼らに言わせれば「短期は出会いがあるし、いつも顔を合わせる関係になるわけじゃないから割り切れるだろ」だそうだが、そのような欲求に脳裏を支配された男たちの考える事は僕には理解できない。


 僕は自分のコミュニケーション能力やルックスに自信がなく、異性と簡単な会話をする事さえたどたどしいので、出会いや恋愛などと言うものは遠い昔に諦めてしまっている。小学生の頃から「僕は一生独身だよ」なんて周りに言いふらしていたくらいだ。


 人生において一度だけ、高校1年生の夏休み中だけ異性と交際をした事があったが、その彼女ともすぐに別れてしまったし、あまりにも忌々しく、当時を振り返りたいとは絶対に思えない記憶の一つである。





 そう。つまり僕は、今に至るまで所謂「非モテ」の人生を歩んできた。


 だけれども、そんな僕が高校2年のクリスマスに彼女と出会ったのは、何かの運命の悪戯だったのだろうか…。

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