エピローグ

《福留金属 強度八十倍 超々ジュラルミンを圧倒する性能の金属素材を開発》

 福留ファクトリーの子会社、素材準大手の福留金属工業は、米プリンストン大学先端金属材料研究室と共同で、重量比強度で超々ジュラルミンやチタン合金など航空宇宙分野で広く使われる合金素材を圧倒する性能を持つ新金属素材を開発したと発表した。価格も従来の合金の数分の一から数十分の一と……


「都月くん、おはよう」

「おー利根川さん。おはよう」

 校門で利根川に出会った都月は、手に持っていたスマホをポケットに突っ込み、そのまま並んで校舎に向かって歩き出す。

「福留さんの会社、ニュースに出てたね」

「そそ、それ、さっきちらっと見た。すんげーよな。ってか、凄さがわからないくらい、凄い」

 ポケットからスマホを出すと、さっきのニュース画面を表示させた。

「私は工学部の金属材料に進みたいからだけど、都月くんも、そういうニュースに興味あったんだっけ?」

「え、いや、その……なんとなく」またスマホをしまう。

 何となく無言のまま、並んで歩く二人。校舎の玄関が近づいてくる。

 校舎左端のほうの外壁は一部が新しく作り直され、また窓枠も新品に交換されており、パッチワークのようになっている。

「そうそう、桜木さん、アメリカの大学に行くことにしたんだってね」

「え、まじ? それショックなんだけど」

 都月の言葉に、複雑な表情になる利根川。

「だから、ちょっと別枠での進学対策になるみたい」

「そかあ。あまり会えなくなるのかな」

 二人は並んで玄関の階段を上がっていく。噴水もいつもどおりに水を噴き上げている。

「でもさ、学校には同じように来るわけだから。別に大丈夫でしょ。え、ひょっとして、都月くんって、桜木さんが好き、だったりして?」

 目の前の利根川の顔。寂しげなような複雑な表情だ。なんだか、なんとも言えない、反応に困る。

「……じ、じゃ、図書館に寄ってっから」

 下足箱の蓋を乱暴に開けて上履きに履き替えると、逃げるように図書室へと向かう。


 薄暗い図書室には、誰も居なかった。

 カウンターに置かれた新聞を取り上げる。一面トップには国内の政治スキャンダルが大きく載っていたが、次のページには先程スマホで見た福留金属の詳報が載っていた。しばらく読む。

「おっはー。ツッキー」

 頭を叩かれ、振り向く。

 福留の顔があった。

「お、おはよーさん」

 福留が、都月が手に持っている新聞記事をちらりと見た。

「そそ、そのニュース。すごいでしょ。えっへん! だ」

 腰に手を当てて左右に揺れる福留。まるで麻耶だ。

「凄いよねこれ。前にマーヤのアレを作ってもらったから? その技術?」

「そそ。それだけじゃなく、あの後もアメリカの岸島くんと連絡取り合ってて、それで共同開発してるのよ」

「え、じゃあ、このプリンストン大、ってのは」

「ピンポーン。キッシーがいる研究室だって。ていうか、ほとんどキッシー個人と共同開発に近い、とか。キッシー、もう研究室長みたいになってんのよ」

「すげーな、キッシー! 本当に俺らと同い年かよ」

「まあ、この調子じゃ、うちの会社も将来安泰、ウッハウハですなあ」

 ガハガハ笑う福留を他所に、しばらく記事の続きを読む。

「そうそう、ツッキー。来週、空いてる?」

「んー、空いてるっちゃ空いてるけど、俺ら、もうすぐ受験生なんだけど?」

「だから、一緒に勉強しようよ」福留がニヤリとした。

「そんならまあ、いいかな」

「あと、息抜きもね!」

 都月も笑い返すと、手で了解のサインを出した。

「じゃあ、教室でね」

「オッケー。彩っち」

 階段を上る福留に右手を振って見送ると、都月は図書室の入り口横に掲示してある古い新聞を外し、新しい新聞のシワを伸ばして、そして丁寧に張った。

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なぞの産業医 ンマニ伯爵 @nmani

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