転校生ー夏川雪妃ーIII
自販機は、一階の食堂と二階の売店の前にある。うちのクラスは三階の一番奥にあるので、いつもなら売店の方に行くところだが、今日は写真の件で西とゆっくり話したかったので食堂の方を選んだ。作戦会議といったところか。因みに、立花に頼まれたカップコーヒーはそこにしかない。多分、それを計算して頼んだのだろう。成績学年ナンバーワンにしては考えることがせこい。
廊下に出てみると静まり返っていて、窓越しに覗いて見てもどの教室にも人影はない。俺と西の足音だけが耳に入ってくる。始業式の午後って普通こんなもんだよな。こういう時は意外と声が通るので、俺は階段まで来るのを待ってから西に話しかけた。
「お前、何が"心配せんでも何も起こらんよ"だよ。現実になったやん。責任とってどうしたらいいか考えろや」
午前中のホームルームから言いたくて言いたくてしかたなかった愚痴をぶちまけた。
「いんちょ、俺、"多分"って言ったやん。でもさ、立花と話してるのずっと聞いてたんやけど、夏川って愛想は悪いけど普通の人間やない?幽霊ではないと思うんやけど」
昨日からそうだが、西はこの件にあまり興味がない様子。これが普通の反応なのだろうか。俺が気にし過ぎなのか。
「普通の人間でも写真撮るまでに死ぬかもしれんやろ?死んだ後で呪われるのは勘弁」
「いんちょ、ドラマとか映画の観すぎやない?あの写真、顔よく見えんやったし。名前だって転校生の名前くらい職員室に少しいれば、偶然耳に入ってくることもあるんやない?」
確かにそうだけど、事の発端は西のメールだということを絶対忘れてるよな。
「そうかもしれんけど、何か気にならん?」俺は食い下がったが、
「それは夏川が可愛いからやない?あれがチェンコとかなら気にせんやろ?」
その通り、立花は殺しても死にそうにない。結局、それ以上言い返せなかった。この興味なしモードに入った西を説得するのは俺には無理。気分転換にはなったが、時間を無駄にしたような。
気付けば食堂の自販機の前にいた。さすがに今日は食堂も閉まっていて、人っ子一人いない。俺はいつものようにコーラに。カップジュースは時間が少しかかる分、ペットボトルや缶より美味しい気がする。中身は同じはずだから、気のせいだろうが。そう言えば、、、
「にっしー、チェンコはアイスコーヒーやったよな?夏川はなんだっけ?」
「確か、イチゴジュースやない?」
「ああ、そうやった。でもイチゴジュースとかあったっけ?」
「えっ?いんちょ、知らんの?それ今、女子達の間ではすげえ流行ってるよ。季節限定でこの辺じゃここでしか売っとらんらしい」
西って俺が疎いこの手の情報にも詳しいので頭が下がる。普段コーラしか買わないので気付かなかったけど、よく見ると左上に春限定と書かれたイチゴジュースがある。しかしイチゴジュースとは珍しい。とりあえずこれで俺の好感度が上がることはあってもこれ以上、下がることはないかな。ほっと胸をなでおろした。
教室に戻ると、予想通り立花と夏川が話していた。立花に慣れたのか夏川は少し楽しそう。立花的には作戦成功、心の中で歓喜にいるに違いない。なんてことを考えながら、ジュースを運んでいたら、
机の脚に俺の足が…
バランスを崩したものの、何とかこけずに踏みとどまった。いや、むしろ潔くこけた方がよかったかもしれない。手に持っていたアイスコーヒー、立花にかかればいいものを、よりによって夏川と机に。
「夏川さん、本当にごめん。わざとじゃないんよ」
わざとじゃないって、もう少しまともなこと言えよ俺。以降、ひたすら謝るしかなかった。机の上は片付けられていて無事だったが、ブレザーの下に着ていた淡い水色のブラウスに目立つ茶色いシミができている。ハンカチを差し出そうとポケットに手を突っ込んだけど、そんなの普段から持ってねぇーし。俺があたふたしていたら、まるで『いんちょ、グッジョブ!!』と言わんばかりの顔をして、
「夏川さん、火傷とかしてない?良ければこれ使って」
立花が夏川にハンカチを差し出した。それを聞いた俺は、
「は?火傷?お前アイスコーヒー頼んだやろうが」
今日二回目。心の中で雄たけびをあげた。それを考慮しても、立花プラス5点、俺、マイナス5点といったところか。ちょうど10点差、野球ならコールド負けだ。別に立花と争ってるわけではないけど、なんか敗北感が半端ない。
って、俺は夏川を意識しているってこと?
結局この後も話をしてもらえず、今日夏川から聞けた言葉は意図せず出てきたであろう、
「私、イチゴジュース…」だけ。
こうして、俺の高校最後の一年間がスタートした。
時のカルマン渦 Neneko @nenekoko
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