第95話 選対本部の実情

 告示の日は、八時三〇分から立候補の受付が始まる。

 受付の順番によりポスターを貼る位置が決まり、それから運動員が手分けして、市内二百五十ヵ所の掲示板に貼っていくことになる。

 告示の前日、夜中二時過ぎまで、父ひとりで掲示板の位置を記した地図をコピーし、地域ごとにポスターの枚数を分けていた。十一時近くまで、区長と役員らが話し合いを続けたが、ポスターをどうやって貼って回るかということさえ決まらなかったからだ。実際に貼りに回るのは、青年会の若い人たちに任せるということが決まっただけだった。

 全てを役員に任せたはずだったが、出陣式で演説に立つ応援弁士も決まらず、副区長から「豊さん、誰かおらんか」と聞かれたときは、すでに夜十時を過ぎていた。番頭仲間の杉山さんの携帯電話に連絡したが、「明日は配達が入ってるで、無理やの。ごめんのう。早めに言うてもらえたら、予定空けられたんやけど」という返事に、当然のことだと思った。こんな直前になって、まだ決まってないというほうがおかしいのだ。結局、天神町のおじさんに頼むこととなった。

 役員の中にはまだ、半年前に出馬を取りやめた元市議が立候補するんじゃないかと言う人までいた。今、対立候補として心配すべきなのは、坪田さん一人である。ここまで情報を持たない選対本部で選挙をするのだ。仕事柄まともに情報を得られるのは父しかおらず、実質選挙運動をしているのは親戚だけである。ポスターを貼るだけなら、選挙カーで市内を回るあいだに僕がやれないことはない。

 今回、絶対に当選するために必要なのは、ただ町内一丸で選挙をしているという体裁だけだった。

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