第46話 突然の別れ

 店を訪れた香山さんの車に乗り込み、いつもの喫茶店へ向かった。ログハウスの店には、八月の強い日差しが容赦なく降り注いでいた。涼しげな鈴の音に迎えられ、厚い杉板のドアをくぐると、店内を満たすエアコンの冷気が、高原のロッジを想像させた。

 真夏の熱気をTシャツに溜め込んでいた二人は、メニューを見るとすぐにカキ氷を注文した。

 何気ない世間話をしながら、香山さんに重大な決意を話す機会を窺っていた。

 まずは、次の活動について相談した。

「学校の先生と親が教育について語り合える場を持つために、茶話会を始めてみたいと思うんだけど、どうかな」

 お互いの立場を越えた自由な討論の場から、教育に関する学校・家庭・地域の連携が生まれるものと考えていた。

「私はいいと思うけど、今度、園長先生に相談してみるね」

 僕の提案を自然に受け止め、何の屈託もない表情で答えた。

 落選後も協力するという彼女の言葉から始まった付き合いだった。これまでも僕は、期待に違うことのないように、政治の勉強をし、手探りの活動を続けてきた。これからも、そんな候補者と支持者の関係を全うしようと考え、今日、ここに来たのだ。 

 茶話会の話のあとで、僕は内心の決意を言葉にした。

 このあと彼氏のところへ行くことは、喫茶店に来るまでの車中で聞いていた。その情景を思いながら切り出した言葉は、我知らず唐突なものとなった。

「もうそろそろ行く時間だよね。将来は、その彼と結婚したほうがいいんじゃないの?」

 突き放すような言葉に、彼女の顔は固まっていた。

「僕は、ひとりの人に認められるよりも、もっとたくさんの人に認められるようになりたい」

 冗談めかして、暗に彼女の助力を否定した。ただの強がりだった。

「そう、わかった…」

 そう答える彼女の表情は、どこか寂しそうだった。

 僕は、天使と悪魔を見誤っていたのかもしれない。重圧感の代わりに手に入れたのは、胸に穴が開いたような切ない空虚感だった。

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