第10話 初めての演説
慌ただしく年が暮れ、選挙運動の中で全く気が休まらないままに新しい年を迎えた。
星野川の市議会議員選挙は、二月に行われる。そのため、一月の第一日曜に開かれる各地区の年明けの総会で、その地域及び近隣に住む候補者は、新年のお祝いの挨拶とともに立候補の演説をすることになっている。県議選は五月だが、規模の大きな選挙なので準備期間も長い。県議選の立候補者がまず挨拶をし、次に市議候補が続く。
総会には、町内の人たちが百人以上集まっている。その場で、昨年の決算報告や今年度予算への承認が求められる。地区総会は、市議会よりも身近な直接民主制の議会である。
集会所に入ると、すでに県議候補の石川博人氏の挨拶が始まっていた。石川氏が演説を終え、僕と父が順番を待つ控え室に戻ってきた。「話は聞いてる」と父の手を握り、片手で肩を叩き、それから僕にも「がんばってな」と声をかけて出ていった。
次に挨拶に立ったのは、すぐ隣の町に住む藤元という現職の市議で、任期中に自らが営む保険の代理店で横領事件を起こして、起訴猶予処分になった人である。議会で辞職勧告も出されたが、その後も議員を続けている。
百人余りの前で演説をするのは、僕にとってこの日が初めてだった。五分ほどの間に、今の時代の心の問題、産業や財政の問題を取り上げ、闇雲に公共事業を行うのではなくて、星野川の豊かな自然を守り、子どもたちに優しい心を育み、また環境という点に特化して新たな産業を興していくことを説いた。多少緊張しながらも、目の前に座る人たち一人ひとりの顔を見渡しながら、ゆっくりと話していった。
続く区長の第一声は、「今のお話を聞いていて、率直に言って『若いな』と感じました」という一言だった。その口振りには、「青臭いな」というニュアンスが込められていた。次に、同じ町内から立候補する僕を応援はするが、馴染みがないため推薦はしないと話した。地区が求めるのは、あくまで道路や川の整備であって、星野川市の将来ではない。そう言われているような気がした。
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