第2話 異世界転生ものの主人公はヒキニートって相場が決まってんだよ
住宅街からほど近い場所に建つ県立朝比奈高校。平成元年創立のその高校の職員室で、烏丸すみれは六月にしてもう教師を続けていく自信がなくなり始めていた。
今年大学を卒業したばかり。地元を離れ、この高校の二年生の担任として赴任したすみれは、周囲からの評判も高い真面目な性格だった。少しくせ毛気味のショートヘアーに夜鷹よりやや身長が低い代わりに全体的に丸っこく幼い印象を見る者に与える。
そんなすみれは現在大きな悩みの種を抱えている。原因は、上条夜鷹の連れてきた男子生徒、佐伯タクマの扱いについてである。
「えーっと、佐伯君……その傷は?」
「隣のゴリラに半殺しにされました。彼女を今すぐ極刑にしてください」
「極刑は、ちょっと無理かな……」
「どうしてですか⁉ こいつは何も悪いことをしていない俺に対して酷い暴力を……はっ! ワシントン条約か! こいつがゴリラだから傷つけられないって言うんですか⁉ オイ聞いたかよ夜鷹! お前はチートスキルだけじゃ飽き足らず国際条約まで味方に――」
言い終わらない内に夜鷹はタクマの腕をひねり上げる。
「あああああああっ! 癒着したばかりの関節が悲鳴を上げるウウウウウウウウッ!」
「よ、夜鷹さんやめて! 死んじゃう死んじゃう!」
「大丈夫です烏丸先生。こいつ、演技ですから」
「いや駄目だってば! 腕の関節が曲がっちゃいけない方向に曲がってるから⁉」
「大丈夫なんです。こいつ、去年から私の折檻を受け続けて腕の可動域が物凄く広がっているので」
「い、いやそんな! そんなわけ……」
「ふざけんな夜鷹! これ以上関節が曲がるようになったらあだ名がサイコガンダムになっちゃうだろうが!」
本当だ。すごく余裕がある。
「で、私は関節にしかダメージを与えていない筈なのに、どうしてそんなに全身ボロボロなのよ」
「それは私も気になっていました……」
職員室に入ってきたのを見た時ミイラが来たのかと思った。
「ああ、この間異世界からの使者捕らえようとして失敗した時に、仲間にライトにリンチされまして」
「ライトにリンチって何⁉」
「ほんっとクズばっかりですよ……計画が失敗した後は俺をボコボコにして罵声を浴びせるだけ浴びせて帰ってったんです。人間の屑とはこの事っすよ」
――類友や……。
喉まで出かかった言葉を寸前で飲み込む。
「類友ね。死ねばいいのに」
言っちゃった。
「あああああん⁉ やんのかコラ! 俺の黄金の右ストレートが火イ吹くぞボケコラア!」
「やれるもんならやってみなさいよ」
「おおいい度胸だ! お前のその崖のような胸もっと凹ませてやらあぶほへああ⁉」
タクマの顔面に右ストレートが突き刺さる。あれは痛い。
――もう……どうしてこんなクラスになったんやろ……。
小さな頃から格好いい先生になるのに憧れていた。しかしすみれが大学生の頃、時空震によって異世界とこの世界が繋がって以降十代の在り方は大きく変わってしまった。
それでも立派な先生になるために、異世界転生した少年少女の傾向などを勉強し、実際にインターンで様々な異世界帰りの子供と接して自分なりに頑張ってきた。
だがいくら何でも最初が変化球すぎる。
「それで烏丸先生。どうしてこの馬鹿を呼んだんですか?」
「ああそうですね……すっかり忘れていました」
色々あって頭から飛んでいたが、今日はタクマに重要な話があったのだ。逃げ回るところをわざわざ夜鷹に捕まえてもらってここまで連れてきてもらったのである。
「佐伯君。この間のあなたの起こした騒ぎについて、色々と保護者からご意見が来ています」
「声援ですか?」
「違います……」
そんな風に思える神経が凄い。
「一週間前に起こした事件は世間的にも大きく話題になっているの。未成年だから一応顔は隠されているけれど、事件の規模が大きかったからネットでは殆どお祭りに近い状態ですし、保護者からはそんな危険人物がいる学校に生徒を通わせておくのは怖いから何とかしてほしいっていう意見が多数来ています」
「……? 佐伯に対してだけですか?」
「ええまあ……主犯だったから。それで、その……言いにくいんですが……」
職員室の中ですみれは息を飲み込む。
「佐伯タクマさん……あなたに退学通知が来ています」
「……は?」
口をぽかんと開けたのは夜鷹だった。驚きを隠しきれない様子ですみれとタクマの顔を交互に見る。
「退学って……それはいくら何でも厳しすぎませんか? 確かにやったことは酷いですけれど、いくらなんでも……」
「わ、私もそう思います……けれど教育委員会ではもう殆ど決定事項の扱いで」
「なんなんですかそれ……ちょっと! どうするのよ佐伯!」
「おお! SSRが出た! 職員室で引くガチャはやっぱりいいのが出るな!」
「佐伯君⁉」
当の本人はソシャゲのガチャを引いていた。
「アンタ……状況分かってんの? 自分が退学になるって話をしているのよ?」
「そうや! この先どうするつもりなん!」
「先生?」
「あ、いや……」
思わず方言が口をついていた事に気づいて慌てて口をつぐむ。
「聞いてたよ。まあ仕方ないだろ」
「仕方ないで済む話じゃないわ。この後の人生どうするつもり?」
「同じだよ。目指すは異世界転生だ」
スマホをいじりながらタクマは事も無げにそう言った。強がりなどではなく、本当に気にしていない様子で。
「この一年高校で色々とやってきたけど結局異世界転生は出来なかった。じゃあ次はヒキニートコースだ。むしろそっちの方が可能性高いかもな」
「……馬鹿なの?」
「馬鹿じゃない。そもそも古き良き異世界転生ものの主人公はヒキニートって相場が決まってんだよ。逆にチャンスが来たって捉えるべきだろうぜ」
言葉を失う夜鷹を他所にタクマは楽観的に笑う。自分の将来の話をしているとは思えないほどに他人事のような態度だ。
「いいんですか佐伯君? 私も、いくらなんでもこれは横暴だと思っています……貴方が学校に残ることを望んでくれるなら、私も協力をしますよ?」
「ああ、いいですいいです。退学でいいんでさっさと……」
「魔術起動【ヒュプノ・クラウン】」
「ぐう」
夜鷹が手をかざしたその瞬間、即座にタクマの意識が遠のきその場に崩れ落ちた。
「上条さん⁉ こんな場所で魔術は!」
「要するにこの馬鹿が野放しだからいけない、そうですよね」
足元で寝息を立てるタクマを無視し、夜鷹は言葉を次ぐ。
「なら私が監視します。それならいいですよね」
「上条さんが?」
「私なら何かする前に佐伯を押さえつけられますから」
「た、確かにそうかも知れませんが……」
戸惑うすみれだったが夜鷹の顔を見て、何かを察してくすりと笑う。
「そうですよね。彼がいなくなると困るんですね」
「そういうことじゃありません。あれだけ醜態を晒して退学なんて見苦しすぎる」
「そういうことにしておきましょうか。それでは、私の方からもアイデアを一つ」
むすっとしている夜鷹に、すみれは微笑みながら言った。
「青春のやり場のないエネルギーを向けるのなら、部活動に入れるのが手っ取り早いですよ」
彼らは心が汚いので異世界転生できません 空中逆関節外し @shimono_key
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