第56話.入学式
「――入学おめでとう諸君。私はこの学府の学長を勤めるグスタフだ」
学府の一際大きな講堂の中で皇立アルテラ最高学府の入学式は行われる。
専門コース毎に縦に並び、そして身分が高い者ほど前の席へと座る形で並ばされた僕は本当に後ろの隅にほど近い位置で学府の学長らしい人の話を聞く。
唯一領主科の生徒たちだけは学科に囚われず一番前の席に並ぶ。
そんな講堂内で試験合格者に配られた黒を基調とした制服に、騎士科所属を示す赤のマントを羽織って黙って座っている。
「君たちは狭き門をくぐり抜け、見事この皇立アルテラ最高学府へと所属する事ができた」
周囲には見知っている人は誰も居らず、唯一テラが物珍しそうに講堂内をキョロキョロと見回しているのみ。
……これ、他の人達には姿が見えないから良いけど、凄く田舎者って感じがして恥ずかしい。
いや、僕もテラも田舎の中の田舎の出身と言えなくもないんだけどさ。
「領主科、騎士科、文官科、側仕え科、商人科、数学科、古文科などなど……ここに集った君らは各分野において将来を期待された者たちだ」
学長の毎年の定型文らしい僕たち新入生への激励の言葉を聞き流しながら、視線だけで僕と同じ騎士科へと入学した者たちを見渡す。
あの人数の中から五十人にまで絞り込まれただけあって、誰もが座っている姿勢に隙が無い。
その上この中の僕以外の全員が闘気を纏えると言うのだから実際の戦闘能力は如何程だろうか。
学府でただ学ぶだけじゃない、彼ら同級生からも技術を盗むつもりで過ごさなければ――
「――っ!」
『ステラ?』
……まただ、また誰かからの視線を感じる。
いったい何の目的があって僕を監視するのか、狙いはなんなのか……さっぱり分からない。
そして明らかに誰かから見られているというのに、いつもその正体を掴む事も出来ない事に加えて今回は講堂内に三桁を超える人数が居るという事もあってさらに気配が分かりづらくなっている。
僕の席順が最後尾の隅の方という事もあってほぼ前方にだけ注意を向ければ良いとは言っても、流石に個人を識別するのは無理だ。
「――であるからして、試験に合格して入学したからといってそこで安心せず、さらなる研鑽を積んで欲しい」
おっと、正体不明の視線の主を探していたら学長の挨拶が終わりを迎えていた。
「最後に君たちに旧い言葉を贈ろう――それはいつも我らを見ている 簒奪した空の玉座から 果てなき邪心を燻らせ 世界の半分を黒き帳で染めていく ゆめ忘れるな 我らが備えを怠った時 世界は再び彼の者の手に堕ちる」
なんだろう? 何かの教訓かな?
努力を怠らず、真面目に学んで成長しろっていう忠告だろうか。
多分当たらずとも遠からずだろうけど、少しばかり抽象的すぎて貴族ほどの教養がない僕にはちょっと難しかった。
「さぁ、より良き学生生活を送っておくれ」
分からないものは仕方ないと、頭の片隅に追いやって係の誘導に従って席を立つ。
この後は普通クラスで顔合わせや担任よる諸々の説明があるからだ。
一週間ほど普通クラスで鳴らしてから専門コースのクラスでの授業が始まるらしい。
『……』
……ただ、テラが難しい顔で黙りこくっているのが何だか無性に気になった。
「お、ステラも同じクラスか」
「ウィルク」
講堂を出るのは学科毎だった為、同じクラスでも時間差があったらしく、先に着いていたウィルクに出迎えられる。
「どうやら俺たちは全員同じクラスらしいぞ」
そう言ってウィルクが指さす方を見ると、教壇のさらに向こうにある黒板に貼り付けられた紙にそれぞれの席が記載されており、セシルやロジーナの名前もあった。
ざっと確認したところ、ここでも身分と所属する学科によって席が決められているらしい。
「どういう基準で集められたんだろう?」
「さぁ? 成績優秀者から……って訳でもなさそうだからなぁ」
それぞれの試験で首席を取ったものが四名、次席が一名も集まったクラスだからてっきり成績優秀者から……と僕も思ったけどそうじゃなさそうだ。
席を示す紙には名前の横に現時点――といっても試験内容しか判断材料がないが――での成績による格付けが書かれている。
それによるとこのクラスにはA判定が五名、B判定が十名、C判定が十五名、D判定が二十名ほど居るらしい。
もしかしたら様々なクラスでバランスよく全体の平均が同程度になる様に分けられているのかな?
だとしたらできる範囲でカメリア侯爵家の縁者を一クラスに纏めたんだろう。
その考えを伝えるとウィルクも概ね同意してくれた。
「まぁ、そう考えるのが一番無難だろうな……特にお前はセシルお嬢様の護衛騎士って事になってるからあんまり傍から外す訳にもいかない」
「なるほど……学科などの違いによって四六時中は無理でも、せめて一緒に居られる時間を増やそうって事か」
まぁセシルの護衛が僕以外に居ない訳じゃないし別行動をする事がそんなにダメな訳でもないけれど、だらかといって「じゃあ別にします!」と純粋な回答をする者はこの学府には居ないんだろう。
「それはそうとステラ、俺たちカメリア侯爵家の関係者を嗅ぎ回っている奴らが居る……気を付けろ」
「……最近よく感じる視線の正体はそれか」
帝国の四大侯爵家を嗅ぎ回るくらいなんだから、僕が気配を察知できない手練を雇う事も容易のいう事だろうか。
……魔軍の攻勢が緩やかになって来ているとはいえ、同じ人間同士で争っている暇はないというのに。
「とりあえずそれを伝えたかっただけだから、変に目立つ前に席に着くぞ」
「そうだね、教えてくれてありがとう」
「おう」
ウィルクと別れ、自分に宛てがわれた席に着きながら考える。
どうにかしてカメリア侯爵家を嗅ぎ回り、僕を監視する者を特定する事はできないだろうかと。
視線だけは感じるのに、それが誰かは分からないのは酷くもどかしい。
『わぁ、いっぱい来はじめましたねぇ』
そんなテラの声に顔を上げれば、ゾロゾロと色んな学科の生徒たちが教室に入って来ているところだった。
学科毎に出た順番は違うけれど、それぞれのクラスに辿り着く順番は個人に寄るらしい。
ちょうどセシルとロジーナも入って来たので軽く手を振っておく。
「……同じクラスじゃ、ないのかな?」
クラス内の席が全て埋まったというのに、講堂内ではずっと感じていた視線を感じ取れない事に首を傾げる。
もしくは講堂内の壁際に並んでいた先生達が犯人という可能性もあるか。
なんにせよ、少しばかり緊張が抜けない学生生活を送る羽目になりそうだった。
『皆さん緊張している様ですね、私まで緊張してきました!』
……一人で勝手にふんすと気合いを入れているテラにら力が抜けてしまったのは仕方がないと思う。
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英雄譚には程遠く、されど僕は勇者である たけのこ @h120521
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