第55話.合格通知


「ばぁん! 見てみて! 私首席だったわ!」


 五右衛門君とウィルクと一緒にカードゲームで遊んでいると、口でドアが開く音まで表現しながら興奮した様子のセシルが入ってくる。

 その手には学府の校章が描かれた封筒を持っている事と、先ほどの発言から考えるに二週間前に受けた試験の合格通知が届いたのだろう。


「セシル様、そんなに興奮されますとまた倒れますよ」


「そうですよセシル様。それにドアを開ける時はノックをして下さい」


 自身の後ろから顔を出したロジーナと、対面に座っていたウィルクから呆れ顔で窘められてもセシルの興奮が収まる気配はない。

 その目はキラキラと輝いていて鼻息もむふっーといった様子で……これは今夜ぶっ倒れるな。


「って、首席? それは本当に凄いね」


「でしょ? ステラ達の分も届いているわよ」


 セシルの後ろに控えていたロジーナが僕、ウィルク、五右衛門君へとそれぞれ校章の色が赤、青、白とそれぞれ違う封筒を渡していく。

 恐らくこの色が受けた科などの違いを表しているんだろう。

 横目でちらっと見た限りではセシルのが黒で、ロジーナは茶色っぽい。


「みんなはどうだった? ちなみにロジーナも首席だったわよ!」


「お! やっぱ俺様は天才だからな! 俺も首席だったぜ!」


「親父が事務次官だからな、流石に俺も首席だぜ」


『うふふ、皆さん楽しそうですね』


 うわっ、凄い……セシル達だけでなく五右衛門君までそれぞれの分野でトップを取ってる。

 学府のコースは三十はあるとはいえ、自分の身内が首席ばかりというのはあまり現実味がない。

 皆が頑張っていた事は知ってはいるけどね。


「相棒はどうだった?」


『ステラなら合格は間違いないですからね』


「僕は……次席だったよ」


 封筒から取り出した通知表に書かれている内容は以下の通りだった。


====================


拝啓、ステラ・テネブラエ 様

皇立アルテラ最高学府・騎士科選考委員会でございます。


この度、貴殿の騎士科合格が正式に決定致しました事を通知いたします。

狭き門を突破し、見事試験に合格した事を心よりお祝い申し上げます。


中でも貴殿は非常に優秀な成績を残しました。

試験に於いて〝次席〟という評価を勝ち取った貴殿が学府へと通われる事を、講師一同とても楽しみにしております。


それではよろしくお願いいたします。


皇立アルテラ最高学府・騎士科選考委員会 委員長バリー・ユースタス


====================


 これ以外の二枚目以降の書類には基本的な事などを学ぶ通常クラスと、騎士科のクラスそれぞれ二つに在籍する事や各注意事項などが書かれた物が大半だった。

 騎士科のクラスは五十人一クラスで分かりやすいが、通常クラスは全ての学科の者達がランダムに集まるので数も多く、自分のクラスを間違えない様にと書かれている。

 そして通常クラスの方は騎士科の試験の後に多目的ホールで受けた筆記試験を元にクラス分けがされると……なるほど、最初の実技で合格を言い渡されたのに受ける意味があるのかと疑問だったけど、そういう事だったのか。


「う、嘘だろ……」


「ステラが次席?」


「相棒が次席とか、何かの間違いじゃねぇか?」


「ステラ様が次席……騎士科は凄い所でございますね」


『首席は先に合格していたという子ですかね』


 まぁ多分というか、確実にテラの言う通りだろう。

 なんせ試験官のまとめ役の様な人が『彼女はこの場の誰よりも強い』と断言したんだから。

 だとすると、その子も試験において現役騎士を倒したんだろう……それも、僕よりも鮮やかに。


「まぁ全員が好成績で合格したんだから良いじゃないか、僕だけ首席じゃなかったのは残念だけれど……未来は分からない」


 今はまだ同年代の子すらに勝てないとしても……いずれは必ず、最高位ハイエンドだろうがその喉元を噛みちぎってやる。

 その為にはまず、僕よりも成績が優秀だったらしい首席の子と講師の技術を盗み、闘気について自分でも調べて勉強して会得しなければならない。


「ステラの言う通りね、今はお祝いしましょ! 子ども達だけで小さなパーティーを開くの!」


 セシルの唐突な発案に驚きながらも『なんだかワクワクしない?』という無邪気な言葉と笑顔に毒気を抜かれてしまう。

 入学式とやらは三日後らしいし、その為の準備は事前に終わらせているから問題はないとは思うけどね。

 まぁこの場で一番のお姫様からのお願いだから、断るなんて出来ないんだけど。


「でしたら私は買い物に行ってきます」


「あ、だったら僕が荷物持ちについて行くよ」


 いくら大都会帝都ザーリフと言っても、女の子が一人で彷徨いてて良い訳ではない。

 基本的にロジーナは非戦闘員であって、戦う為の技術なんて皆無に等しいから尚更に。


「ステラ様……はい、ありがとうございます」


「遅くなっても構わねぇぞ〜」


「ウィルクは黙ってて下さい」


 一人はセシルに付いていなくてはいけないし、五右衛門君は荷物持ちに向かないのでお留守番して貰う事になったのでロジーナと二人っきりで行くことになる……正確にはテラも居るから三人になるけど。

 そのまま三人に見送られながらカメリア侯爵家の別邸から出て、帝都の街中をテラを後ろに伴ってロジーナも二人で歩く。


「首席おめでとう、ロジーナ」


「えっ、あ、はい! ステラ様も、その……おめでとうございます」


「ありがとう。入学は次席でも卒業は首席になれる様に目指すよ」


 春のポカポカとした陽気に当てられながら大通りを抜けて、比較的人通りが少なく静かな貴族街とは対照的に雑多で騒がしい商業区へと出る。

 故郷の村はともかく、カメリア侯爵領都とも比べ物にならない程の人口密度と物の流れに押し潰されそうだ。


「はぐれたら危ないから手を繋ごう」


「はぇっ?」


「ロジーナ?」


「あっ、え、えっと……よ、よろしく……お願いします」


 最後の方は消え入りそうな声だった為に聞き逃しかけながらも、おずおずと手を差し出して来たロジーナの手をしっかりと握り締める。


「あっ、ぅ……」


「さっさと終わらせて帰ろう」


「は、はひっ……」


 何処の誰だか知らないけど、コチラを見詰める視線が複数あるからね。


▼▼▼▼▼▼▼


「……ねぇ、ステラ?」


 ウトウトとしながら温めたミルクを飲んでいると、対面に座るセシルから話し掛けられ振り向く。

 合格祝いのパーティーが盛り上がったせいで疲れ果てたのか、それとも十二歳になったからと調子に乗って葡萄酒を飲んだせいなのか……僕の後ろに設置された簡易ベッドにはウィルクとロジーナが眠っている。

 五右衛門君は酔っ払っちゃったのか、気持ち悪い笑い方をしながら部屋の中をゴロゴロと転がり続けていて気味が悪い。


「ロジーナの事、どう思ってる?」


「……どうって?」


 これまた抽象的な質問が飛んで来たなぁ……テラは実体がないのに五右衛門君を止めようとしてて頼れそうにないのに眠くて頭が働かない。

 それに何でロジーナの事だけを聞くのだろうか。

 付き合いの長さでいったらウィルクも同じくらいであるはずなのに。


「いいから、どう思ってる?」


「うーん、そうだなぁ……色々して貰えて凄く助かってるし、僕は彼女の事が好きだよ。ウィルクもそうだけど、平民である僕を受け入れて貰って嬉しかった」


 身分が違うのに友人として対等に扱ってくれて、凄く感謝しているんだ。

 セシルという上位者にして肉親という存在からの紹介があったにせよ、試験の時に少し関わった貴族達はみんな平民って事で一線を引いてくるからね。

 尚更にそのありがたみという物が身に染みたと思う。


「そっかぁ、うん……ステラにはまだ難しいかぁ……」


「……セシルも寝たら? 眠いんじゃないの?」


 どうせ明日の朝には高熱を出してぶっ倒れるんだから、今のうちから夜更かしせずに寝た方が良いと思う。

 それにセシル自身も半分瞳が閉じてて船を漕いでるし、もう相当に眠いんじゃないかな。


「あのね、ステラ……私もね……」


「はいはい、とりあえずベッドに移動しようね」


 セシルをベッドへと寝かせる為にそのまま彼女を横抱きに抱きかかえる。

 僕も眠いし、今日はこのまま寝るかなぁ……多分朝になったらこの別邸を任されてるメイド長に『男女が同じ部屋で寝るとは何事か』って怒られると思うけど。


「私もね、ステラの、事が……好きよ……ロジーナ……に、も……負けない……くら、い……」


「僕も好きだよ、みんな大事な人達だ。……寝たか」


 結局質問の意味は分からなかったけど、まぁ寝惚けている人の発言をいちいち真に受けて真剣に考えても仕方がない。

 それよりも僕ももう眠い……セシルをそのまま空いていた簡易ベッドに寝かせ、シーツを被せてから僕も空いている場所を探す。


「おや、すみ……なさい……」


 あぁ、明日も良い日になるといいなぁ……。


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