第54話.入学試験その2
「やっ! はぁ!」
……おかしい。
「まだまだ踏み込みが浅い! もっといけるはすだ! そんなんでは魔族の足止めすら出来ん!」
自分の前で試験官と木剣で打ち合っている同年代の子の戦いを見ながら、僕はただ首を傾げる。
見たところきちんと闘気は発現しているし、纏えてもいる……なのに、どうしてか──
今の子で十人目だけれど、やはり闘気を纏えているだけあって全員その動きは速く、力強い……けれどもそれは『子どもにしては』という枕詞が付くし、剣技に至ってはボロボロだった。
「ねぇ、さっきから何をそんなに首を傾げているの?」
と、そんな事を怪訝に思っていると同じく先に試験を受ける子らを見学していた糸目の女の子に話しかけられる。
どうやら眉根を寄せ、うんうん唸っている様子が酷く気になったらしい。
周囲を見れば他の子も僕の事を見ているし、試験官も十一人目の相手をしながら横目で僕を睨んでいる。
「あ、いや……なんか弱いなって……」
「……弱い?」
「いやほら、闘気を纏ってるにしては動きが遅いし剣技のレベルも低いのが気になって……みんな手加減してるの?」
その僕の言葉で空気が一気にピリついたのを感じ取り、即座に理解する……あ、これはやってしまったなと。
まさか本気でやっていてあれとは思わなかったし、ちょうど十一人目が終わった事もあって予想以上に僕の声が響いたのもある。
そのせいか周囲の胡乱な、敵愾心が篭った視線が僕に集中する事となった。
「平民のくせに」
「何も分かってない」
「博識ぶりたいんだろ」
「背伸びしてるのね」
周囲からこそこそと叩かれている陰口が耳に入ってくる……こんなところで勇者の加護による強化の弊害を知る事になるとは思わなかったな。
僕の後ろの方に浮いているテラは『あわわわ……』とか言ってるし、いつもの様に役に立ちそうにない。
「ほう、受験番号六番のステラ・テネブラエ……だったな? そこまで言うなら特別だ、先に試験をしてやる」
「え」
てっきり平民である僕は最後になるのかと思ったのに、何故か急に呼ばれてしまった。
思わずテラと一緒に首を傾げてしまったくらいにはよく分からない事態だ。
なぜ僕の試験を順番を抜かしてまで前倒しにする必要があるのだろう。
「早く前に出ろ」
「あ、はい」
まぁ呼ばれてしまったものは仕方がないか……変に反抗して、そのせいで試験を落とされても面白くない。
諦めて館内にいくつか設けられた闘技場の横に置いてある籠から木剣を一本取り出し、そのまま試験官の前へと出る。
「そら、闘気を出しても良いぞ? それくらいは待ってやる」
やはりそうか、ここに受験しに来る同年代の子達は闘気が纏えて当たり前なんだ。
非戦闘員であるウィルクやロジーナ、身体の弱いセシルだって纏えてたくらいなんだから……元々新兵の十人に一人は出来るら事しいし、ここにはその上澄みが来ているんだろう。
そんな子達ばかりの中で出来ないのなんて、僕くらいではないだろうか。
「すいません、僕は闘気が纏えないんです」
「は?」
数秒の静寂──後に沸き起こる嘲笑の嵐。
「闘気も纏えない癖にあんな大口を叩いてたのか?」
「いくら平民だって言ったって限度が……」
「自分に出来ないから妬んでただけか」
「平民にここまで虚仮にされるとは」
「落ちたな」
周囲の者たちから浴びせられる侮蔑を含んだ笑い声と罵倒の数々が少し煩い……さらにテラが『あわわわ……』とか耳元で言うものだからさらに煩い。
ただまぁ、それだけ彼らの中で闘気を纏えるという事はほぼ当たり前の要素だったんだろう。
やはり闘気を出すことさえ出来ない僕の方がこの中では異質だったんだ。
「呆れて物も言えんな、そんな体たらくであの大口を叩くとは……」
『ど、どど、どうしましょう?!』
どうもしないからテラは静かにしてて欲しい。
「まぁいい……試験は試験だ、どんな結果になったとしても文句だけは言うなよ?」
「勿論です」
呆れた顔の試験官にそう言われ、自らも苦笑しつつも木剣を構える。
この中で一人だけ闘気を纏えないという現状では、もしかしたら僕は落ちてしまうのかも知れない……けれどもそれは可能性が高いというだけの話だ。
何もしない内から諦めるのは僕の性分ではない。
「では──はじめ!」
その試験官を務める目の前の男性が発した言葉を皮切りに、僕の世界から色が失われていく。
戦闘という行為にのみ意識や身体の機能が集中されるが故のある種の極限状態。
その中で少し不思議な事が起こる……それは薄らと僕の瞳に虹色の膜が掛かるという事だ。
靄の様に安定せず、色も薄いとはいえこの状態になると僕の勇者としての膂力などはさらに強化される。
つい最近、半年くらい前からこの状態になる事が多くなったけれど以前として原因は分からず、出る時も僕自身では制御できない……勝手に出て、勝手に消える。
その状態の僕にとって、試験官を務める現役騎士のはずの男の動きは酷く遅く見えた。
「覚悟──」
まずはじめに男が振り下ろす木剣に対して横から振るう事で叩き割り、そこから即座に手首の返しで試験官の手首の骨を折る。
ここまでしてやっと魔族相手に多少の時間が稼げると言えるだろう。
そのまま、まだ自分の木剣と手首が折られた事に気付いていない試験官の懐へと姿勢を低くする事で潜り込む。
そのまま闘技場の床をたった一度の踏み込みで放射状に砕きながら、試験官の首へと一直線に木剣を──
「──そこまで! 勝者、ステラ・テネブラエ!」
……試験官の首へと木剣を突き込む寸前で最初の説明以降、全体の監督役へと終始していた男性が止めに入る。
その直後に広がる本日二度目の静寂の中で、試験官が持っていた刃部分と持ち手の二つに分割された木剣と、僕の握力に耐え切れずに
そのままゆっくりと握っていた手を開けばパラパラと握力で砕いてしまった木剣の持ち手部分であっただろう、木片が試験官の目線のすぐ下で落ちる。
「──ぐぉおおおお?!」
その直後に自分の手首が叩き折られた事を自覚した試験官の男が膝を着き、痛みに悶えて呻き声を上げる。
「医療班! この者を運んでくれ!」
「は、はい!」
「さぁ! ビックリする事はあったが試験は続行する! ステラ・テネブラエは文句なしの合格だ! 筆記試験会場にそのまま向かっても良いぞ!」
「え、あ、はい」
「さぁ! この班の試験官は代わりに私が務める! 順番に来ると良い!」
ま、まぁ合格できたのなら良いのかな?
なんか周囲の視線が突き刺さりまくって痛いし、このままさっさと行ってしまおう。
「君って凄く強いんだねぇ……あ、私はサラって言うの! もしも合格できたら仲良くして欲しいな!」
「あ、うん……頑張ってね」
最初に僕に話し掛けて来た糸目の女の子──サラと名乗る子にそう言われ、適当に返事を返しつつさっさと闘技館を出ていく。
あのままアソコに居ても好奇や嫌悪の視線が突き刺さって煩わしいし、あの声の大きい試験官の纏め役みたいな人にも行けって言われたしね。
『良かったですね、合格しましたよ!』
「……友達は出来なさそう」
『え? そうなんですか?』
「少なくとも楽観視は出来ないかなぁ」
狙った訳ではないけど彼らを『弱い』と煽ちゃったし、その上さらに試験官まで倒してしまったしで悪目立ちし過ぎた。
いやまさか試験官まで倒せるとは思わなかったけど……カインさんみたいに凄く強いのかと思って本気で戦っちゃったのが悪かったかも知れない。
でも、なんだろうな……誰かに圧勝してしまう経験なんて初めてで少し戸惑う。
「まぁ、僕には既にセシル達が居るし──誰なんだ?」
『ステラ? どうかしましたか?』
「……いや、また誰かに見られてる気がして」
多目的ホールへと向かう道の途中で視線を感じた方へと振り返るも、そこには雑木林があるだけで誰も居ない……それどころか生物の気配すら感じる事はできない。
それなのに何故かじっと、僕を見詰める様な視線を今も感じている。
『……ステラはカメリア侯爵が特別に一人娘と一緒に試験を受けられる様に取り計らった平民ですからね、子ども達は分かりませんが大人の貴族達から注目されているのかも知れません』
「……そう、なのかな」
『えぇ、ですから気を付けて下さいね』
「そうだね、一応僕はセシルの専属護衛でもあるから二重に気を付けておこう」
視線の主の正体は全く分からないけれど……何だか少しだけ、その視線に懐かしさを覚えてしまう。
「……前にもこんな事があったな」
そう、確か僕がまだおじさんと一緒に行動していた頃に、僕が初めて助けて……そして取りこぼしてしまった人達の中にじっと僕を見詰めて来る子が一人だけ居た。
他の子とは違って全く喋らず、けれどもじっと僕を見詰めてくるからおじさんに教わったばかりの剣の振り方を少しだけ教えたんだっけ。
今思うと学んだばかりの事をそのまま人に教えるって、酷く恥ずかしいな。
『ステラ?』
「あ、いや、何でもないよ。さっさと試験を終わらせてしまおう」
思考の沼に浸かろうとしていたところに掛けられたテラの声で我に返る。
視線の主が誰なのかは気になるけれど、今はそれに警戒はしつつも試験を終わらせなければならない。
「……」
「何をしている、早く必要な手続きを済ませるぞ」
「……はい、養父様」
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