第五章.学府編・一年生
第53話.入学試験
「──ステラ、準備は良い?」
僕らも全員が十二歳になり、今年の誕生日にはそれぞれ十三歳になる歳の頃である為これから学府へと入学しなければならない。
「ロジーナに手伝って貰ったから大丈夫だよ」
「相棒はイケメンだから何でも似合うな……ま、俺様ほどじゃないがな!」
『うふふ、カッコイイですよ?』
ロムルス帝国の帝都ザーリフにある、カメリア侯爵家の別邸の一室で学府へと入学する為の試験に赴く準備をロジーナに手伝って貰っていた。
本当に何故か知らないけど彼女はセシルだけじゃなくて平民である僕のお世話もよくしてくれて助かっている。
基本的に上流階級の服装って複雑な物が多いからね、一人で着れない事はないけど僕は未だに少し慣れない。
……そしてテラと五右衛門君は少し五月蝿い。
「試験に落ちる事は基本的に許されないけど、予習は大丈夫?」
「……多分。それよりも不安なのは実技かな?」
「実技?」
「ほら、僕は未だに闘気を出す事すら出来ないから……」
あれからも毎日欠かさず特訓をしているというのに初歩的な事も出来ず、発現させる取っ掛りすら掴めないでいる。
他の三人ですら出すことは出来たというのに、僕だけが足踏みをしているのさ正直に言って悔しい。
「だから実技試験で落ちないか不安なんだ」
「いや、お前……闘気を纏った俺を普通にボコボコにするじゃねぇか」
「やっと出せた! って浮かれてたウィルクをボコボコにした相棒の方が驚いてるのは笑ったぜ」
『ステラは私の勇者ですからね! えっへん!』
まぁ確かに闘気を発現できて浮かれ調子だった彼の鼻をへし折れってカインさんに言われたから首を傾げながらやったけど……僕も闘気を発現したウィルクに勝てるとは思わなかったけど……でも彼は戦う事が本業じゃないから仕方がないのかなって。
ウィルクは文官見習いで、僕は仮にも勇者として魔王を殺す事を目指しているから別におかしくないのかも知れないと思っている。
あとテラは基本的に僕と五右衛門君以外に見えてないのに何をしているのだろう。
「でもウィルクは文官科でしょ? 僕は騎士科だからさ」
「いや、でも、うーん……お前なら普通に大丈夫じゃねぇかな?」
「そうですね、ステラ様ならむしろ実技で首席合格してしまうのでは?」
「ステラなら有り得そうね」
「自信持てよ」
『ステラなら大丈夫ですよ』
皆は何を根拠にそんな楽観をしているのだろうか……僕は未だに闘気を纏ってもいないカインさんに一本を取る事すら出来ていないというのに。
このご時世に騎士科に進む事を選んだ子達が集まるんだから、おそらく闘気は出来て当たり前の技術になっている様な魔境に違いない。
そんな子達を選別する試験もまた同様に難易度が高いものになっているだろう。
「まぁあれよ、学府の図書館になら闘気に関する事に関する書籍も多いでしょうから合格した後で行ってみれば良いのよ」
「いや、たがらその合格が出来るかどうか分からないって……」
「はいはい、とりあえず時間がもう無いから行くわよ」
「相棒なら大丈夫だって」
『ステラは出来る子ですよ!』
うーん、本当に大丈夫かなぁ?
これで僕だけ試験に落ちてしまったら色々準備して下さった侯爵様に申し訳が立たないんだけど。
「ここが学府……凄く、大きいね……」
馬車から降りて直ぐに見えるそれ……遠くに見える帝城とそれほど変わらない敷地の広さに、大貴族の邸宅かと思う様な大きさの建物が複数も並んで建っている。
凄いとは聞いてたけど、まさかここまで規模の大きな物だとは思わなかった。
「皇族の方や外国からの留学生も来るから……って、ほら! こんな所で突っ立ってお上りさんになってないで行くわよ!」
「あ、あぁ……うん……」
セシルに背を押される形でようやくその敷地内へと入っていく。
僕らの他にも数多くの貴族令嬢や令息達が綺麗な姿勢を崩さずに歩いている。
僕の様な付け焼き刃ではなく、生まれた時からそうあれと望まら、受け入れて来た彼ら生粋の貴族達の歩き方は無駄がなく、ある意味においてとても参考になるものだった。
「確か試験会場は科によってそれぞれ別だっ……?」
「? どうしたの?」
急に言葉を途切れさせ、後方を振り向いた僕に対してセシルが怪訝そうな顔で問い掛ける。
「あ、いや……誰かに見られてる気がして……」
「本当に大丈夫? そんなに緊張してるの?」
「ステラにもこんな一面があったんだなぁ……ですがセシル様、もしかしたら敵対派閥の監視の可能性もございますのでご留意を」
「……それもそうね、気を付けておくわ」
う、うーん……僕の気の所為なのだろうか?
試験を前にして緊張や不安が高まって落ち着かないのはその通りではあるんだけど。
「案内板があったわよ」
セシルのその言葉に顔を上げ、自分達が行くべき場所を確認する。
セシルが行く領主科はすぐ目の前の本館、ロジーナの側仕え科はその隣の離れ、ウィルクの文官科は本館のすぐ後ろにある別館で、僕が受ける騎士科は本館や別館などからは少し離れた位置にある闘技館……そして何故か入学する気で居るらしい五右衛門君が受ける一般科は離れの斜め後方に位置する多目的ホールでそれぞれの試験を行うらしい。
他にも色んな科の試験が数多くある施設で同時並行に行われらしく、地図だけでも迷ってしまいそうになる。
「じゃあ私は行くわね」
「お気を付けて、セシル様」
「私共も合格して参ります」
「僕も精一杯に頑張るよ」
「ま、俺たちなら楽勝だよなー」
『皆さん頑張って下さいね!』
セシルが僕たちに手を振って本館へと入っていくのを皮切りにロジーナ、ウィルク、僕の順にそれぞれ自分達の試験会場へと向かっていく。
一人だけ不安になるくらい楽観視している埴輪が居るけど、そもそも君はその見た目でまず会場に入れるかどうかから既に試験だと思うよ。
「えっーと、確かこっちかな……」
親友の言動と今後に祈りを捧げながらも、案内板の所で配られていた小冊子に描いてある簡易的な地図を見ながら学府の敷地内を突き進む。
周囲の貴族達を横目に見てみても、みんな同年代とは思えないくらいに堂々としていて自信に満ち溢れた顔付きをしている。
未だにまともな勝利を得た事のない僕と違って、彼らはきちんと闘気も扱えるし、それなりに戦いに勝った経験があるのだろう。
「受験票を確認いたします」
「あ、これです」
そうして辿り着いた闘技館の入口の受付で必要な手続きを済ませ、そのまま中へと入る。
館内には既に目視だけで三桁は優に超している事が分かるくらいの人数が規則正しく整列しており、係の人に案内される形で僕もその列に加わっていく。
黒髪に金眼という、見慣れない容姿のせいか近くに立っている子達から値踏みされる様に見られてるのが少し落ち着かない。
「よし! 騎士科の試験を受ける354名、全員揃ったな!」
そのまま暫く待っていると、如何にも『騎士です』という出で立ちと体格をした教師が数名ほど入ってい来てはその中の一人が大声でそんな事を言う。
……あれ、354名? 小冊子には騎士科を受けるのは355名だと書かれているけれど……一人足りないな?
「はい! 質問がございます!」
「うむ! 聞くがいい!」
そんな事を思っていると、僕のすぐ隣の男の子が大声と共に挙手をする。
「騎士科を受ける人が一人足りない様ですが!」
「うむ!
担当教師のその返答に館内が少しザワつくけれど、それも仕方がないだろう……何故なら騎士科の合格定員数は50名なのだから。
倍率が7.1倍という超難関試験において、その貴重な椅子の一つが既に埋まっているなど到底受け入れないのだろう。
まだ354名も結果が分からない者たちが居るのに、もしかしたらその者は51番目の成績かも知れないのに……何故か合格が内定している。
「そ、そんなのは到底受け入れられません!」
「その異議は却下する! 彼女はこの中の誰よりも強いからだ!」
「わ、私達はまだ試験を受けていません! その者よりも弱いかは分からないではないですか!」
「いいや分かる! 君たちは彼女よりも弱い! この認識を覆したくば、その剣の腕で証明してみせよ!」
平行線とは正にこの事を言うのだろうか?
他の受験者達の抗議や質問にも全く動じた様子もなく、ただその最初の合格者が圧倒的に強いと確信があるらしい担当教師は取り合わない。
「さぁ! 時間もないので試験を始める! 内容は私の後ろに並ぶ五人の現役騎士にしてこの学府の武術講師を担当する者たちとの模擬戦をして貰う事! 私は全体の監督役を務める! さぁ分かったら受付で貰った木札に書かれた数字と同じ講師の下へと並ぶがいい!」
なるほど、やはり最初は純粋な実力を測るらしい……だとするとセシルは領地経営について、ロジーナはお茶の淹れ方、ウィルクは帳簿の付け方や書類整理から試されているのかな? 完全な想像だけど。
一般科の五右衛門君は……もうそのまま筆記試験だけで終わりそうだね。
僕達の実技試験が終わったくらいの時間に、ちょうど一般科の受験者が居なくなった多目的ホールで筆記試験が行われるとか小冊子に書いてあったし。
「一番の札を持つ者はこちらへ来い!」
さてさて、僕の相手は……あの厳つい感じの人かぁ、大丈夫かな?
「順番に見てやるからな、身分毎に並べ!」
とすると平民である僕は一番最後になりそうか……待っている間は暇だな。
「エメ・ラッシル! 参ります!」
「よし来い!」
早速始まった他人の試験を見て……僕は思わず首を傾げるのだった。
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