第52話.未来を語る
「ウィルクよ、問題はないな?」
「はい、何もございません」
僕の目の前に立つのはサザンカ子爵本人……どうやら寝込んでいる間に事後処理の大半は子爵とその側近達が全て終わらせたらしい。
僕とセシルが領地に着き、館に出向いた時は他領へと赴いていたらしいその人は事態を聞いて急いで帰って来たと聞いた。
そんな子爵は後ろに立つウィルクへと簡潔に質問し、そしてウィルクもまた簡潔に答える。
「片目はどうしようもありませんが、それでも文官としての能力に衰えはありません」
「よろしい」
右目を隠す眼帯に手を添えながら淡々とするウィルクと子爵に首を傾げそうになるも、これが一般的な貴族の親子なのだろうと一人で勝手に納得する。
次いで子爵らそんな僕の方へと向き直ってはじっとコチラの目を見詰め、そのまま口を開く。
「息子の身と娘の心を、そして領民を
そう言って、僕の手を握っては頭を下げる子爵に後ろに居た側近や護衛の騎士たちが慌て始める。
かくいう僕も突然の事にどうして良いのかが分からず、ただ口を開けて呆然としたまま立ち尽くす。
「頭をお上げ下さい子爵、ステラが困っております」
そんな状況を見かねたカインさんが助け舟を出し、ようやく子爵は顔を上げる。
「いやぁ失敬失敬、暗い顔をしている若者を見るとつい揶揄いたくなるのだよ。……まぁ私の感謝の気持ちは決して嘘ではないがね」
そんな事を一息に言いながらウィンクをしてみせる子爵の様子に、なるほどこっちが素のなのかと納得する。
後ろに居る側近達も頭を抱えているし、ウィルクとロジーナの父親が堅苦しい訳がなかった。
「いやぁ、しかし
「子爵」
「いやなに、深くは聞くまい……その子は特別な子なのだろう」
僕を見詰める子爵の目はどこまでも優しく、それが少しだけ居心地が悪くて思わず目を逸らす。
「ただこれだけは覚えておいてくれ──サザンカ子爵家は恩を忘れない、我らはどんな事があろうとステラとカイン殿の味方だと」
そう言って子爵が左胸を右手で三度叩くという、貴族が最大限の信頼を寄せているという事を伝える礼をすれば、後ろに並んでいた側近達も全員が同じ動作を倣う。
その事に少しだけ、言い様のない胸の熱さを覚えながらもコチラも同じ動作をして返礼をする。
「うむ。平民でありながらきちんと礼儀も弁えている様だな! ハッハッハっ!」
そのまま『ゆるりと我が領地を楽しまれよ』との言葉を言い残して子爵は去って行く。
本当はとても忙しいのだろうに、わざわざ僕が目覚めるのを待っていてくれたらしい。
村に居た頃の僕は貴族というものを誤解していた。
彼らは僕たち村の皆が頑張って育てた作物なんかを当たり前の顔をして奪い、僕らが育てた物を食べている癖に何故か偉そうにする……そんな人達ばかりだと思っていた。
「良かったわね、貴方の味方が増えたわ」
「……セシル」
そんな事を考えていたら後ろからセシルに声を掛けられる。
そのさらに後ろにはいつの間にか移動したのか、ウィルクとロジーナまで居た。
「まさか
自分の従兄弟を助けてくれてありがとうと、僕を危険な場所へと行かせてしまったごめんなさいと……そうセシルは言う。
助けたかったのも、危険を承知で駆け出したのも全部僕が決めた事なのにね。
「俺も助かった……お前のお陰で今もこうして歩ける」
「無理に歩かなくて良いんだけど……」
「そういう訳にもいかない」
満身創痍のボロボロだったのに、最低限の治療を施したらそのまま出歩くのは良くないと思う。
カインさんもそうだけど、二人は僕と違って再生はしないのに。
でもまぁ、次期当主としてセシルの墓参りを投げ出す訳にはいかないんだろう。
無事に助け出す事が出来て本当に良かった……欠損してしまった右目だけが唯一の心残りではあるけど。
「す、ステラ……様……」
そして僕の前へと、何故か先ほどから下を俯いて胸の前で手を組むロジーナが歩み寄る。
「あ、兄を助けて頂いて……本当に、本当にっ……!」
「あぁ、指切り……したからね」
感極まってしまったのか、涙を流し始めたロジーナに少し困りながらも小指を突き出して笑ってみせる。
そのまま彼女の涙を拭いながら、どうか泣かないでと口を開く。
「僕はね、友人であるウィルクを助けたかったのも本心だけど、それとはまた別に……友人である君たちに笑って欲しくて走ったんだ」
俯いたままのロジーナの頬に手を添え、そのまま上を向かせながらその綺麗な瞳かれ流れる涙を掬い取る。
「だからさ、もしも感謝の気持ちが少しでもあるなら笑っておくれよ……僕は君の笑顔が、三人の笑った顔が見たかったんだから」
そう言えば妹が泣いた時もこうやってあやしたなぁとか思い出しながら、ロジーナに向かって微笑む。
貴族の女性なんてセシル以外に接した経験はないけれど、泣いた女の子を笑わせた経験ならそれなりにある。
「ぅ、あっ……は、い……」
「うん、やっぱり泣かない方が綺麗な顔がよく見えるし、そっちの方が良いよ」
「は、はぃ……」
ロジーナにそのままハンカチを渡し、もう大丈夫だと、このまま墓参りに行けると皆に伝える為に振り返る。
「……」
「……カインさん? 変な顔をしてるよ?」
「あ、いや……別に……」
凄い変なモノを見る目で僕を見下ろすカインさんがよく分からなくて、片眉を吊り上げながら声を掛けるも……はっとした表情をした後すぐにはぐらかされる。
「なぁ、ステラが俺の妹を口説いてんだけど? (小声)」
「私もされた事が何度かあるけどあれ本人は無自覚でやってんのよ(小声)」
「まじ? (小声)」
「マジだぜ、相棒は老若男女問わず無差別に誑し込むからな……今後も付き合っていくなら気を付けろよ(小声)」
『うふふ……』
横を振り向けばセシル、ウィルク、五右衛門の三人が僕に聞こえない程度の声量で何かを言い合ってるし、テラは生暖かい目で僕に微笑んでくるし……本当になんなのかよく分からない。
ただまぁ、この中で平民は僕だけだし、偉い人達にしか分からない何かがあるのかも知れない。
……五右衛門君が偉いかどうかは分からないけど。
▼▼▼▼▼▼▼
「──ここがセシルの母親の墓?」
そう無邪気に問い掛けるのはステラ様です。
彼が疑問に感じるの無理はありません……何故ならこの場所は花畑としか形容できない風景が広がる場所だからです。
夏のサザンカ子爵領の気候でしか咲かないという、珍しい花が咲き誇るこの場所はセシルにとって特別な場所なのだと……そうステラ様におつたえします。
「へぇ、そんな花があるんだね」
「セシルの母君が大層好まれた花であり、またお忍び中だったカメリア侯爵様と出会った縁の地でもあります」
「なるほど、だからわざわざこの地に墓を作ったんだね」
気が付けば目で追ってしまうステラ様の顔から必死に目を逸らし、隣に居て何かを教える事が出来るという悦びを隠し通す事に努めながらも彼の隣から離れる事はなく、聞かれた事にそのまま答えていきます。
……本当に、どうしましょうね……自分でも単純だとは思いますが、生まれて初めて殿方に抱いた感情に対して戸惑いばかりが先行して上手く処理できません。
下手に素で会話するとボロが出そうで怖くて仕方がないのです。
「終わったわよ」
「もう?」
「えぇ、いつも簡単な報告だけだもの」
一人で勝手に悶々としていると、母君への報告を終わらせたセシルとウィルクが少し離れた所から戻って来ましたね。
実の兄からのじとっとした視線から目を逸らしながら、咳をひとつしてから準備に取り掛かります。
「さぁ、ステラ様はここにお座り下さい」
「え?」
セシルの母君が少し離れた場所で見守る位置にシートを敷き、花畑の中でお茶ができる様に準備を整えていく。
それらが全て終わり、全員が座ったタイミングで一人だけ手持ち無沙汰にしていたステラ様へと、全員が贈り物を渡します。
「はいステラ、誕生日おめでとう」
「え?」
「お前ちょっと前に十一歳になったんだってな、おめでとう」
「え?」
「ステラ様、出会ってから日は浅いですがお祝いさせて頂きます」
そう言って各々がセシルに言われて準備していた物を手渡していきます。
セシルと五右衛門様に比べれば私とウィルクとの関係はまだ日が浅いかも知れませんが、私も兄も、もうステラ様を他人とへ思っておりません。
「え、えっと……あ、ありがとぅ……」
「ういうーい! 良かったじゃねぇか相棒! ちなみに俺からのプレゼントは無償の愛だぜ!」
「
私達三人からのプレゼントに頬を染め、五右衛門様に向かって照れ隠しに怒鳴る年相応のステラ様の表情を見て、私も胸の動悸が治まりそうにありません。
殿方に対して『可愛い』という感想を抱くなど……これな母性というものなのでしょうか?
私はステラ様に恋慕と母性という感情を抱いているのでしょうか?
「……おい、どうするつもりなんだよ」
「……胸に秘めておこうかと思います」
隣に座るウィルクが小声で尋ねてくるのに、端的に返します。
「父上は反対しないと思うがな」
「それでも……ステラ様は何処か遠くの場所を目指しておいでの様ですから、足枷にはなりたくないのです」
私にステラ様と並び立てる様な力も無ければ、セシルの様に金属器に選ばれるという事もありません。
どう足掻いても彼の隣に並んで、一緒の道を歩む事はできない……だから私は、彼の帰る場所になれたら良いなと、そう……何処かぼんやりと考えている。
「……一緒にセシルを揶揄って遊んでたお前が、随分と変わったな」
「そういうウィルクこそ、何やら色々と考えいた様ですが?」
そもそも今年が最後だったんです、あの様にセシル──いえ、セシル様へと振る舞えるのは。
来年には私達はもう学府へと入学しますが、学府へと入学するということは本格的に家名を背負って他の貴族家の者達と接するという事……つまりは本物の貴族として扱われるという事です。
本来ならば、いくらセシル様に請われたとはいえあの様に砕けた会話は許されません。
ですが、まぁ……セシル様も今年が最後だと理解しておいででしょう。
「
「……」
「だからせめて俺は帝国内で出世して、後方からアイツとセシル様がなるべく戦い易い様に文官として支援がしたい」
なるほど、やはり兄も兄なりに色々と考えているのですね。
「お前はどうだ?」
「私は……私は二人が戦いから戻った時に、安全に安らぐ事のできる場所を守りたいと考えています」
「そっか」
私達双子に出来る事は、戦いに赴く二人を見送る事ですか……もう今から既に寂しいですね。
「ねぇ、二人だけで何を話してるのよ?」
「あぁいや、何でもねぇぜ」
「ただ二人で将来の事について話していただけだよ」
「ふぅ〜ん?」
この場限りは多少許して貰えるだろうと、ウィルクと二人でセシル様に砕けた口調で返事を返す。
その返事を聞いてセシル様は少し考え込み、数秒ほど経った時に笑顔でステラ様の手を引っ張って来ました。
「じゃあまた十年後に皆でここに集まりましょう?」
「え? え? ……何の話?」
「将来の話よ!」
セシル様のその提案にステラ様は目を白黒させ、私とウィルクはお互いの顔を見合って……そして笑う。
「お、それ良いな! 俺も賛成だぜ相棒!」
「そうですね、それも良いかも知れませんね」
「なるほどなぁ、俺は構わないぜ」
五右衛門様の言葉を皮切りに、私とウィルクもそれぞれ賛同の意を示します。
「十年後、もしかしたら誰か欠けていたり、もしくは逆に誰か加わっているのかも知れない……それでも誰か一人でも生きている限りはここに集合する事! ステラも良い?」
「…………そうだね、良いよ」
「よし! 決まりね!」
少しだけステラ様の様子に何処か引っかかりを覚えながらも、十年後にまた生きて皆で集まるという提案は魅力的で……誰も気にする事はありませんでした。
それから話の流れは『もしもこのに加わるとしたらどんな人物か』というものへと移り変わっていきます。
「うふふ、未来の事を考えるのは楽しいわね!」
「そうかも知れないね」
この日、この時ばかりは人類と魔族が絶滅戦争をしている事なんて忘れてしまうくらいに穏やかな時間が流れていました。
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