第11話:予兆


 ウィズ王国における上流とは貴族と準貴族を指す。


 準貴族とは俗称で正確は意味は「爵位を持たない上流に属する人物」を指す。


 その上流と名乗れる資格に明確な規定はないが、官吏で例えるのなら将官、つまり准将以上を指す。


 アイカの話を聞いてカイゼル中将張り込みを続けて一か月。


 武官中将といえば、普通の管理から見れば殿上人。


 そんな人たちが、どんな仕事をしているのかと思えば、ひたすらに決済の書類をチェックし、不備があれば指摘、それぞれの武官の活動計画や地元有力者の折衝とひたすらに政治だ。


 武官と言えどもうこの階級にまでなるとやっていることは文官と区別もなくなるのかと思った。


 その中でカイゼル中将は特にロード大司教の連隊から上がってくる情報は入念にチェックするが、将校たちは本当に普通の訓練を続けているだけだった。


 連隊長との会話を拾っても、特に不審な点はない。


 相変わらず訓練の終わりの日は告げられていない、何も知らされず、いかに士気を保てるかというのが目的だという。


 それだけ、本当にそれ以外の目的が無いようだ、ひょっとして教皇選抜に関わり合いがあると知らされていないのか。


(うーん)


 情報の保全は身内でも徹底するのが鉄則、中将クラスでも知らされていないというのはありえないとは言えないが、公然の秘密ということもあり得る。


(うーん、難しいなぁ……)


 ここで最悪なのが中将クラスでも秘匿にされている場合、ロード大司教やモストは啓示を受けているから俺がちょっかい出すとウィズ神がどう出てくるか分からないから手が出せない、だからこのまま手掛かりがあるように祈るしかない。


 そして神に祈ってみるものだと思う、深夜の丑三つ時、であるにも関わらずカイゼル中将は起きていた、ひょっとしてと思ってじっと待っていたとき馬車の蹄の音で意識が覚醒する。


 こんな夜更けにと思って近づく、ばれないと分かっていても、忍び足になり、馬車から降りてきた人物を見た時に心臓が跳ね上がる。


(ロード大司教!)


 急いで裏口から先にたどり着くと、俺を案内してくれた武官少佐2名が出迎える。


(やっとだ、やっと来た!)


 さて、どんな会話が繰り広げられるのか、俺は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。



―――、一方・ウルティミス



「平和だなぁ~」


 イザナミがカイゼル中将の見張りを始めてから一か月が経過したものの、その間のウルティミスは平和そのものだった。


 一日たつと神楽坂は戻ってきて力の補充をして、再び出かけていく、ただそれだけの日々。


 セルカ司祭にだけはイザナミは秘匿の任務で不在とだけ伝えてある。


 なんてことないと思ったけど、セルカ司祭は、神楽坂の不在をやたらと気にかけていて「色々と確認したいことがある」とのことだけど、本人にそんな余裕もない様子だからと回答してある。


 まあ、神楽坂が飽きるまで付き合うかとルルトは決める。


 そういえばそろそろ神石に込めた神力が切れる時間だけど、まだ来ないなぁと思った時、扉がノックされて自警団の若い男が入ってきた。


「あ、どうもフィリア軍曹」


「どうしたんだい?」


「えっと、お客さんです、なんか代表者を連れて来いって、ずいぶん不躾なやつだったよ」


「不躾なやつって、誰なの?」


「誰だって聞いたらいいから連れて来いって一点張り、威張りくさっててさ、応接室に通したけど、汚いとか文句ばっかりで、まったく」


「分かったよ、代表者ってことはイザナミがいないとなるとボクだね~」


 とひょいと立ち上がると自警団に礼を言って応接に室に向かう。聞く限り相手するのが面倒だと思うが、会わない訳にもいかない。


 まったく、代表者を呼び出すということは公的な任務なのか、とはいえ文書は届いていないから、緊急の案件なんだろうか、誰なんだろうと思いながら歩を進めて応接に入る。


(っ!)


 応接室にいる人物を見た時思わず声をあげそうになる。


「ん? 誰だお前は?」



 自分にそう話しかけるのは、王立修道院の文官首席卒業者、モストだった。





(どうしてモストがここに? イザナミはこのことを知っているの?)


 まさに意外な訪問者だ。確かアイカの情報によれば、教皇選のためにロード大司教と何処かに詰めているという話だったはず。


 そしてアイカにウルティミスに気をつけろと言った張本人でもある。もちろん向こうの「誰だ」との言葉のとおり、こっちが一方的に知っているだけで、ルルトは初対面だ。


「初めまして、ボクはフィリア・アーカイブ武官軍曹、代理で来たよ」


「代理、神楽坂の部下になるのか、お前は?」


「そうなるね、というか、何しにきたんだい?」


 ルルトの問いかけにモストはすぐに答えず睨みつける。


「おい、ずいぶん気やすい口の利き方をするじゃないか、俺が誰だか分かっていないのか?」


「一応知っているよ、確か王立修道院の首席だったよね、名前はモストだっけ?」


「モスト・グリーベルトだ! おい、何度も言わせるな! 言葉遣いに気をつけろ! 階級をちゃんとつけろ! 正規兵を全員集合させろ!」


「ボク1人で全員だよ」


「全員って、たった1人だけなのか!? 流石辺境都市だな、フィリア軍曹、代理と言ったな、神楽坂はどこにいる?」


 何処にいるのか、当然知っているがモストは敵側の人間、神楽坂から指示は受けていないからここはとぼけることにする。


「イザナミ? 何処にいるかは分からないね」


「……イザナミって、あいつは部下にそう呼ばせているのか? 階級はあいつの方が上のはずだが」


「…………」


 何も答えないルルトに露骨に呆れた様子を見せるモスト。


「やっとお前が俺を呼び捨てにした理由が分かったよ、まるで規律が無い、自由というか無秩序だな。あいつ程駄目なやつも珍しい、修道院時代から少しは成長しているかと思ったが、少しも変わっていないな」


 と呆れるモストであったったが、このままだと話が進まないと判断したのか「 いないのならばと」と「おいコルト」と人を呼ぶと応接室に複数人入ってきた。


 コルトという名前にルルトに聞き覚えがある。


(確か……モストの取り巻き達だね)


 間違いない、イザナミから聞いていた人物像と一致する、モストの手下たち、モストはコルト達に何か告げると取り巻き達は後をした。


 さてこれより本題だと、モストはニヤニヤしながら言葉を投げかけた。



「神楽坂以下お前達に邪教入信の容疑がかけられている」



「……………………はあ?」


 ルルトはそんな反応しかできない、唐突すぎる言葉、邪教入信の容疑という言葉が読みの見込めず、それでも考えた末ルルトはモストに話しかける。


「えっと、ルルト教が邪教だというのかい?」


「ルルト教ではない、ウィズ王国転覆を企む邪教の入信容疑だ」


「どこの邪教なの?」


「言えない、おい」


 モストの呼びかけに、ぞろぞろと憲兵達が執務室に入ってくる。


 ここでようやく、邪教入信なんてものが冗談でも何でもなく正式に王国が動いていることを理解する。


 憲兵達が取り囲むのを見届けるとモストが豪華な羊皮紙を広げる。


「司法長官の名のもとに、フィリア・アーカイブ武官軍曹、お前を邪教入信の容疑で拘束させてもらう」


「……本気なのか?」


「あたりまえだ、さてフィリア武官軍曹、もう一度聞く、神楽坂イザナミはどこにいる?」


「さあ?」


 次の瞬間、ルルトは顔面に衝撃を感じて床に転がされ、頬が赤く染まる。


「いい加減にしろ、隠すとためにならないぞ、お前は拘束中の身だ、王国憲法にのっとり、お前の権利は156項目が現在制限された状態にあることを忘れるな」


「はっはっは」


「何がおかしい?」



「いや、ボクの上司が君みたいなクソ野郎じゃなくて心の底からホッとしていたところだ、モスト文官少尉殿」



――――



(そろそろ加護が切れる)


 加護が切れたら見つかってしまうのだが、まだ少しあと2時間は余裕がある。このまま加護のことは気にしないでおく、加護が切れるタイミングさえ間違えなければ、後は自力で帰ればいいだけの話だ。


 てなわけで続行、貴賓室にてカイゼル中将は、ロード大司教と向かい合わせで座る。そのすぐそばに俺が立つというシュールな絵面だ。


 この2人の会談はカイゼル中将によって口火が切られる。


「あの連隊を長期間派遣すると、レギオンに不在が長く続くことになるから待機中の部隊にかなりの負担がかかっている状態だ、いつ開放していただけるのかな?」


 カイゼル中将の先制攻撃にロード大司教は不敵な笑みで答える。


「その終わりの目途がついたのでね、故にここに来たのですよ」


「ほう、やっとか、そもそもロード大司教はウルティミスでなにをしようとしているのだ? それが教皇選抜に関係あるのか?」


(ウルティミス!?)


「カイゼル中将、いくらあなたほどの方でも、この国において教皇選抜は絶対、王族ですら口出しできず国家機関は無条件に従属する、お忘れではないでしょうな?」


「無論だ、だが私は万を超える部下を預かる身だ、文官の方はどうも書類しか見ておられないから、軍人を消耗品と勘違いされる傾向にあるからな」


「だからこそ、こうやって訪れて義理を通しているつもりだカイゼル武官中将、それとも教皇選抜に異を唱えるおつもりか?」


「くどいぞ、私は貴方にくぎを刺しているのだ「ロード文官中将」立場は対等、だろ?」


「…………」


「ロード大司教、貴方は今、千人を超える部下の命を預かっているという覚悟だけはお忘れなく」


「分かってますよ、「訓練時の負傷」を除けば、無傷で返すことをお約束しましょう」


 少しの皮肉を込めて返すロード大司教に憮然とするカイゼル中将、情報の裏が取れたとかあるが……。



(目途がついたってなんだ?)



 目途、ウルティミスに対しての目途、ルルトからは加護をかけてもらう時にいろいろ話すがウルティミスに変わった様子は全くなかった。


 だから今の言葉は変だ、モストならともかくロード大司教の言葉、ウルティミス、やっぱりウルティミスが対象のことでなんの目途がついたってことなのか。


 やっぱり俺は何かを見落としていたってことになるのだが、なんだ、何を見落としているんだ。


 一方カイゼル中将も「目途」の言葉が気になっているようだが、教皇選抜の名前を出されては聞けない様子だ。


 俺は冷や汗が止まらない、まさか、ひょっとして。


(攻撃はとっくに始まっていたのか!?)


 と焦るが、でも、今のこのロード大司教の表情と言葉は、あれだ、こう捉えてしまう。


(勝利宣言……)


 まずい、なんだ、何かとんでもないことが起きているような気がする。


 しかもタイミングが悪く加護もそろそろ切れる、まずい、逃げる時間を考えればもう撤退しないと。


 後ろ髪を引かれる思いだったが、俺はそのまま執務室を出る、ウルティミスに行かないといけないと、間に合ってくれという俺の願いは届かず。


(あっ)


 加護が切れる感覚、山賊団の時と全く一緒の感覚、通行人が突然現れた俺の姿を見て驚いたから間違いない。くそう、ここからだとウルティミスに丸一日かかる。


 こうなればアイカに頼るか、アイカには事情は話してあるから、馬を貸してもらうかと思った時だった。


「神楽坂」


 突然後ろから聞き覚えのある声に振り替える。


 アイカだ、これは願ったりと思ったが、


「…………」


 アイカの険しい表情と、護送馬車と共に兵卒を2人連れている状況を見てそんな状況ではないことを理解し、その護送馬車に誰が乗るのかは、言わずとも物語る。


 アイカは、悲痛な表情を浮かべて俺に伝える。



「神楽坂イザナミ文官少尉、貴方を邪教の入信容疑で拘束する」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移したチート無しの主人公が、神と人の仲間達と共に成り上がる @GIYANA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ