僕、今日からラノベを書きます

マサカノ

第1話 僕、幼馴染に惚れてます

 『恋』とは何か?


 こんな質問をすると、無意識に恋をした相手のことを考えてしまう、相手のためならいくらでも尽くせる、一種の病気、青春、等々・・・・・・。


 どの答えも的外れではない。事実、今の僕にはそれが当てはまっている。無意識に彼女のことを考えてしまうし、彼女のためならいくらでも尽くせる。彼女、と言っても付き合っているわけではない。今は、ただの幼馴染。


つまり、何が言いたいのかと言うと――


「僕、今日からラノベを書きます」


訳が分からないよね?















 暖かな春。僕は、窓から入ってくる日差しを受けながら教室の机に突っ伏している。この机がわずかにひんやりと冷えていて気持ちがいい。このまま目をつぶれば、きっといつまでも寝ていられる。


 でも、決してそんなことにはならず。


 「晴斗、起きて! ほら!」


 そう言って、僕の体を揺さぶっている人がいる。仕方なく、閉じかけていた目を見開き犯人の姿をとらえる。


 「・・・・・・友香」

 「全く、晴斗はどうしていつもいつも寝ているの?」

 「そうだな――あまりにもこの机の寝心地がいいからかな」

 「ふーん、なら先生に言って晴斗の机を交換してもらおうかしら」

 「それはやめてくれ・・・・・・」


 腕を組みながら、片目を閉じてこっちを見ている少女。彼女の名前は友香。僕の幼馴染で、片思いの相手でもある。


 この気持ち、つまり『恋心』が芽生えてから早二年。僕も友香も、今年から高校生になった。早くこの気持ちを伝えようと何度も思ったが、なかなか実行できずに気が付いたら二年が経っていた。


 要するに、振られるのが怖くて告白できていない。


 明日こそは・・・・・・友香の誕生日の日には・・・・・高校生までには・・・・・。そんなことを言いながらいつまでたっても勇気が出ない。


 今、目の前にいるこの少女はどんなことを考えているんだろう。僕に、少しでも好意を抱いているのだろうか。そんな考えばかりが頭の中で交差する。


 「晴斗? どうかした?」

 「いや、何でもない」


 こんな事ばかり考えていれば友香に心配されるのも当たり前のことで。どうやら僕は相当思いつめた表情をしていたらしい。


 「そっか! よかった!」


 僕が笑顔を見せると、安心したようにつられて友香も笑顔になる。その笑顔を見ると、とても幸せな気持ちになって「ああ、今、恋してるんだなぁ」って実感する。


 すると、友香は何かを考えるようなしぐさを始める。相当悩んでいるのか、せっかく綺麗に整っている髪をかきむしったり、腕を組みながらぐるぐると僕の席の周りを歩き始めたり。でも、これもいつものこと。


 「決めた!」

 「今日は何?」

 「メロンパンとハムサンド!」

 「オッケー、行ってくる」


 何のことかと言うと、友香のお昼を僕が買いに行くために今日は何を食べようか一生懸命悩んでいただけ。僕も友香も、毎日お昼は購買でパンを買う。そしてその買い出しには毎日僕が行っている。


 何故かって? そんなの、理由なんかないよね。好き、だから。これが恋だから。僕は友香のためなら何でもしたいと思っているし、これで少しでも好感度が上がってくれれば儲けものだ。


 だから、そのためならパンの買い出しだろうと喜んでやる。


 「はい、メロンパンとハムサンド」


 僕は買ってきたものを友香に渡す。


 「ありがとう!」


 こっちこそ、とてもまぶしい笑顔をありがとう。口には出さないけど、心の中ではガッツポーズを決めている。この笑顔が見られただけでも買いに言った甲斐がある。


 すると、友香は僕が自分の分として買ってきたパンを見て不思議そうに。


 「晴斗、そんなに少なくて足りるの?」

 「うん、僕は少食だからね」

 「そう? たしか前の晴斗はもっとたくさん食べていたような気がする」

 「前からこんなもんだったよ」


 内心、バレないかとひやひやしている。友香の言う通り、僕は本来もっと食べる。こんな、揚げパン一つではとても足りない。


 でも、それもこの恋をかなえるため。少しでもお金を貯めて、その分は友香のために使いたい。こんなことまで考えているようだと、相当『恋』と言う名の病に侵されて来ているとみえる。


 でも、それでいい。それで、僕の生活は充実しているし毎日が楽しくて仕方がない。


 僕は、友香のためなら何だって出来る。


 ・・・・・そう、思っていたけど。今、その思いが揺らぎそうだ。


 「晴斗! ラノベ作家になってよ!」

 「え、どういうこと?」

 「だから、晴斗がラノベを書いて、それを私が読みたいの!」

 「えっと、ね」


 いやいやいや。全く展開が読めてこない。どうやったらこうなるんだ?


 唐突に放たれた、友香の発言の意図がよくわからない。というか、ラノベ・・・・・って何?


 「ごめん、全く何を言っているのかが分からない。もっと丁寧に説明してほしい」

 「だから、晴斗がラノベを書いて、それを私が読むの!」

 「それさっきと言ってること変わんないよ!」


 友香は何とか僕に言葉の意図を伝えようとしているのか、あたふたとジェスチャーで何かを表現しようとしている。ただ、悪いけど子供が遊んでいるようにしか見えないから今すぐやめてほしい。


 「ねえ、どうしてそのラノベ? ってやつを僕に書いてほしいの?」

 「えっと・・・・・それは・・・・・」


 友香は恥ずかしがるように体をよじらせて、顔は耳まで赤くなっていた。その顔、写真撮りたい・・・・・! めっちゃ良い!


 こっちまで悶えてしまいそうだった。


 「その・・・・・理由話すから、今日家に来て?」


 それは、もはや兵器だった。好きな女の子が、顔を真っ赤にして指先をもじもじと突きあいながら上目遣いをしてくる。これ以上の幸せがあるか? いや、ない。


 僕の心臓は、とっくに平常時のものとは比べ物にならないくらい高速で打ち付けられていて。


 「・・・・・・ってあれ、晴斗? どうしたの? おーい」


 友香の呼びかけに反応できないほど、僕の精神はどこか遠くに行っていた。


 「全く、仕方ないなー晴斗は」


 そしてそのまま、昼休みが終わるまで僕の精神が戻ってくることはなかった。














 放課後。約束通り僕は友香の家に行くことにした。


 「こうして友香の家に行くの、なんだか久しぶりのような気がする」

 「確かに、小さいときは毎日のように来てたのにね」


 何度も言うようだが、僕と友香は幼馴染だ。家同士がすぐ近くで、小学生くらいまでは毎日のように友香の家に行って遊んでいた。


 でも、中学生以降は互いに忙しくなったこともあって、なかなか遊びに行く機会は多くない。


 「さ、上がって上がって!」

 「それじゃ、遠慮なく」


 久しぶりに来た友香の家は、前に来た時と何ら変わりない。促されるままに友香の部屋へと通される。


 ちなみに、友香の両親は共働きのため平日は家にはいない。その気になれば変な気を起こすこともできるけど、まだ警察のお世話にはなりたくないし、何より友香に嫌われたら絶望でしかないのできっちりと自分自身を制御するようにしている。


 「お茶でいい?」

 「うん、ありがとう」


 友香が、立ち上がって飲み物を取って来ようと部屋を出る。自分からパシリを買って出る僕だが、さすがに他人の家の冷蔵庫を開けるわけにはいかない。こればかりは毎回友香に任せている。


 僕は、「別に飲み物は無くてもいい」と言っているけど友香が「そういうわけにはいかない」と言うから断れない。


 さて、友香がいないこの時間にすることと言えば一つ。


 「スー、ハー」


 友香の枕を顔に当てて、大きく息を吸って吐く。これは決して変な気を起こしたわけではないと自分に言い聞かせる。好きな女の子の部屋にいて、本人はいない。この状況でじっとしていられる人がいたら逆に教えてほしい。


 この行為を三回ほど繰り返したところで、そろそろ友香が戻ってきそうなため枕を元の位置に戻して僕は何もなかったように床に座る。


 「おまたせ、晴斗」

 「ううん、大丈夫」


 気がかりがあるとすれば友香の匂いをかいで、顔がにやけていないかだ。あくまでも、僕は何もしていない。


 あんなところ、見られでもすれば即詰みだ。


 「それでね、晴斗を呼んだ理由なんだけど・・・・・・」

 「ああ、ラノベ? ってのを書いてほしいって言ってたね」

 「うん」


 すると、友香はベットの下から四角い箱を取り出した。そして、その箱を開けると何枚も――いや、何十枚、何百枚と紙が収納されていた。


 「ど、どうしたのこれ?」

 「あのね、私、ラノベ作家になるのが夢だったの」

 「え・・・・・・?」


 今まで、長い付き合いだけどそんな話は初めて聞いた。というか、ラノベという単語自体聞いたのは今日が初めてなわけで。


 それより、気になったのが。


 「夢、だった・・・・・・?」

 「うん、諦めたの」

 「な、なんで?」

 「私、才能がないから」


 そう言った友香は、悔しさがにじみ出たように歯を食いしばった。


 付き合いの長い僕だからこそ分かる。友香は、物事に対して諦めが悪い。どんな困難でも、決してあきらめないで立ち向かう。今思えば、僕は友香のそんな姿にも惹かれたのかもしれない。


 でも、そのあきらめの悪い友香が諦めるなんて。


 「才能なんかで決めつけて、友香はそんなこと気にするような人じゃないよ」

 「ううん、こればっかりはダメ。ダメだったの」

 「な、なんで・・・・・・?」

 「どんなに練習したって一向にうまくならないし、ちっとも努力が報われない」


 友香の目には、かすかに涙が溜まっているような気がした。友香の人間性を知っているからこそ、その決断がどれほど辛いものなのかも分かる。


 「だから、ね」


 友香は、目にたまった涙を拭いながら話し続けた。


 「晴斗が、私の代わりにラノベ作家になってよ!」


 友香の中ではきっと色々な気持ちが渦巻いていると思う。でも、俺の中では当然、答えは決まっている。


 「うん、いいよ」


 ・・・・・・好きな子のお願いは、断れないよね。


 「僕、今日からラノベを書きます」 

 

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