3(9)-8 Beyond End point / The twilight dream

 舞花をリビングのソファーに座らせて水を飲ませる。少し落ち着きを取り戻したのか、先ほどより顔色も良くなってきていた。

「さっきはどうしたんだよ? 危なかっただろ?」

 俺は舞花の隣に座った。

「……ごめん」

 舞花は弱々しくそれだけ言った。

「……やっぱり気にしてるのか? その、……織条さんのこと」

 聞きにくいが、関係のない話ではないはずだ。聞かないわけにはいかない。

「……」

 舞花はなにも答えないまま黙っていた。俺は辛抱強く彼女が話を始めてくれるのを待った。

「……お父さんの書斎の机」

 五分ほど待っただろうか。舞花は唐突にそう言った。

「え?」

「お父さんの書斎の机。上から二段目の引き出し。そこに何が入ってるか、知ってる?」

「……いや、知らない」

 舞花の突然の問いに困惑しながらも、俺ははっきりと答えた。

「手紙。たくさんの手紙があったの。全部、織条さんからのもの。お父さんやお母さんにあるはずもないことがたくさん書いてあったの。秀だって覚えてるでしょ? 織条さんが言ってた『圧力』って言葉。その一部がきっとこれなんだよ」

 最初はぼそぼそとしたものだった舞花の話し方は、徐々にその速度を上げていく。

「きっとこれだけじゃないよ。もっと、もっとたくさんのことがあったはずなんだよ。そしてそれは全部あたしのせいなんだよ!? お父さん、うんん、二林さんたちはあたしのせいでたくさん迷惑してるんだよ!!?」

 話し続けるうちに語調は強くなり、その様子はもう取り乱していると言えるものだろう。

「識条さんだって!! 織条さんだって一度はあたしを捨てたんだよ!? でもお金があるなら育てるっていうんだよ!!?そんなのおかしいじゃない!!!」

 そこまで一気に喋ると、舞花の声は急にトーンダウンした。泣いているのだ。

「あたしはどうすればいいの? あたしはいらないの?」

 泣きながらも話し続ける舞花の様子は痛々しかった。舞花の、俺の大好きな女の子のそんな姿をもう見たくなかった。だから俺は確かに知った自分の思いを伝える。

「舞花。俺な、お前にどうしても伝えなきゃいけないことがあるんだ。お前に知ってもらいたい、覚えていてほしいことなんだ」

 そして俺は舞花の肩を掴み、自分の方を向かせて、言う。

「俺はお前が好きだ。幼馴染としてじゃなく一人の女の子として」

 舞花の唇に自分の唇を重ねた。舞花は驚いているようだったが拒絶はしてこない。触れるだけの、それでも長いキスを終えて、俺はこれ以上ないくらいの近距離で舞花の眼を見つめる。

「愛してる。たとえ世界中の誰もがお前のことを嫌ったとしても俺だけは絶対にお前のことを愛し続ける。誓うよ」

「――」

 舞花は言葉なく泣き続けていた。

「違うよ」

 俺の顔に出た不安を読み取ったのか、舞花が泣きながらも、優しく微笑んだ。

「今、泣いてるのは嬉し涙。だってずっと大好きだった男の子とやっと両想いになれたから。あたしも秀のことが大好きだよ」

その言葉はとても嬉しかった。

「ありがとう」

そう言って俺たちはまた唇を重ねた。


一体どれくらいの時間がたっただろ。窓の外はもう黒く染まっていて、一番星が見えてきた。

「なぁ、舞花」

 俺は隣に座る舞花に話しかける。

「大切なのは『どうしてこうなってしまったか』ではない。『これからどうしていくか』だ」

「?」

「俺が陸上を始めたころ、中学のときのコーチに言われた言葉なんだ。舞花のこれまでは確かに他人と違ってたかもしれない。でも『どうしてこうなってしまったか』を考え続けちゃいけない。大事なのは『これからどうしていくか』なんだよ」

 俺は舞花をまっすぐ見ながら続ける

「こんどさ、舞花の今の両親や、識条さんと話をしよう。きっとみんな舞花のことを愛しているんだと思う。大丈夫、俺も一緒だから」

 舞花の瞳は悩むように揺れたが、次第にそれは収まり、決心したように強い光を宿した。

「うん。少し恐いけどそうするよ。それに秀が一緒なら大丈夫な気がする」

「よし、分かった。大丈夫だよ。もし皆が舞花のことを愛してないって言っても、俺は愛してるからさ」

「ふふふ。ありがと」

 舞花はそう言うと唇を重ねてきた。その顔は一切の不安のない満面の笑みだった。


こうして舞花は生きている。

だが、俺の中にはまだ舞花が死んだ記憶がある。

あれは一体なんだったのだろう。

分からない。

現実になってないのならそれは夢だったのだろう。

白昼夢のような、それは


――黄昏時の儚い夢――

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黄昏の夢 磐船カラス @karasu_iwahune

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