3(9)-7 疾走

 放課後。

 俺は残っていた書庫整理はサボって舞花と一緒に帰るつもりだった。もちろん彼女の死を止めるために。

 だが、帰りのホームルームが終わると舞花はすぐに教室を出て行ってしまった。すでに見えなくなった舞花を必死に追おうとところで誰かに呼び止められる。

「おい! 衛守! お前、一昨日の午後どこ行ってた!!」

(うえ!)

 声をかけてきたのは生徒指導担当の英語教師。一昨日の午後、つまり俺が屋上で昼寝してサボった授業の一部がこの教師の授業だ。

「お説教でも反省分でも罰当番でも停学でもなんでも受けます! でも今日だけは急いでるので勘弁して下さい!!」

「え? あ、いやダメだ! 今日こそ生徒指導室に来てもらうぞ!」

 これまでと違う反応を見せた俺に英語教師は若干ひるんだが、それでもすぐに開放してもらえそうもない。

(ホントに時間がないんだよ!!)

「あ! センセー!」

 そこに誰かがやってくる。この声は誰だかよく知ってる。ここ何日かで何度も聞いた有希人の声だ。

「お、榊、どうした?」

(秀クン!)

 そんなメッセージが込められてそうなウィンクを、教師の気がそれたうちに有希人が送ってきた。

「実は授業でどぉぉぉぉしても分からないところがあってこのままだと明日の小テストが不安で不安でしかたなくてご飯も喉を通らずお風呂にもはいれず夜しか眠れなそうにないのですぐに今すぐジャストナウでボクの質問にみっちりばっちりしっかりくっきりお答えしてもらったりしてくれたり下さっていただけないでしょうかおねがいします!!!」

「ちょっと待て、榊、今なんて……、あ、衛守!コラ! 逃げるな!!」

「センせー!僕の質問に!!!」

 有希人が気を引いてくれている内に教師の脇をすり抜けて、一直線に走り出す。

 

 一気に階段を駆け下り、素早く靴を履き替える。ここからが本番だ。

 息を吸って肩に力をグッと入れ、吐くと同時にストンと抜く。

 陸上をやってた頃のルーティンで心と体を落ち着ける。

(いくぞ!)

 校門へ駆ける。怪訝そうに振り返られることも気にせず商店街を抜ける。住宅街に入っても速度を緩めずに走り続ける。息が辛くなるが気にしている暇はない。

(絶対に間に合わせる)

 その思いだけが俺を突き動かした。

 脚は壊れたままだし、そもそもずっとこんなに走っていなかった。走る速度は昔よりもずっと遅くなってる。でも関係ない。とにかく全力で走りつづけるだけだ。

 息を切らして走り続けると、チカチカと点滅している街灯が視界に入ってきた。そしてその下にはふらふらとした足取りで歩く少女がいた。あの後姿を忘れるはずがない。舞花だ。

(いた!)

 舞花はまだ生きている。その事を確認できたのとほぼ同時に、十字路にかなりスピードの出ている乗用車が突っ込んでくるのも見えた。

(!)

 舞花がそれに気づいた様子はない。ふらふらと覚束ない足取りで歩き続けている。

 そこからはもう、流れる風景がすべてスローに見えた。


 走るというよりはほとんど跳ね飛ぶような動きで舞花に迫る。車とぶつかる――そのギリギリのタイミングで俺は舞花の手を掴んだ。そのまま思いっきり後ろに引く。二人して尻餅をついて倒れ込んだ。乗用車はそのまま通りを過ぎ去っていった。


「――はぁはぁはぁ」

 道路に座り込んだ姿勢のままで俺は息を整える。もう体力も気力も尽き果てている。すぐには立ち上がれそうにない。

 舞花は何が起こったのか理解してないようだった。顔に困惑と動揺を張りつけたまま、俺と同じく動けないでいた。

 動かず、そして話さずにそのまま数分が経った。やっと息が整った俺はゆっくりと立ち上がり、舞花に向かって手を出した。

「帰ろうぜ」

 なんのためのものなのか理解できないのか、舞花は差し出された手を見つめていた。

「ほら」

 待っていられず、俺は自分から舞花の手を掴んで立ち上がらせた。舞花は少しふらつきながらも確かに立った。

 俺たちは手を繋いだまま、二林家へと帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る