3(9)-6 10月7日

『10/7 Thur. 06:57』

 ついに来てしまった。『起こるはずの事実』が本当になれば、舞花はあと半日も経てば――。

 これ以上を考えるのは止めよう。あんな光景は二度と見たくない。

 今日も目覚ましがなる前に起きていた。なんとなく部屋を見回す。昨日の朝に勉強したのでこれまでよりも片付いた机。その前に置かれた椅子の所で視線が止まる。

 そこには制服姿の舞花が座っていた。

 そういえばこうなるんだったな。織条さんのことがあったりして忘れていた。

「おはよ、秀」

 舞花が何事も無いように微笑みながら話しかけてくる。

「大丈夫か?」

「へ? なにが?」

 不思議そうに聞き返す舞花。

「泣いてたんだろ?」

 『これまで』と同じで舞花の頬には涙の跡があった。

「やっぱり分かっちゃったか……」

「そりゃな。なんせガキの頃からの付き合いだぞ」

「そうだよね……」

 そういった舞花の目にはまた涙が浮かんできていた。

 俺はベッドを降りると舞花のそばに寄る。そのままその華奢な体を抱きしめた。

「大丈夫だ。無理すんな」

「うぅぅ、秀……」

 舞花はそのまま泣き始めた。この二日のことで精神的に辛いことが多かったのだろう。堰を切ったかのように泣いていた。

 俺はまだ寝間着のままで寝癖もついている。かっこわるいのは確実だが、こんなに弱ってしまった舞花をそのままには出来なかった。

 程なくして舞花は泣き止んだ。頬の跡はもっと酷くなってしまったが、いくらか落ち着いたようだ。

 舞花は涙を手で拭い、

「先に下にいるから早くきなさいよ」

と、力強く言い残して部屋を去っていった。


  ※※※※※※※※※※


 昼休み。

 俺は有希人と書庫の整理をしていた。舞花のことが心配だが、一昨日の委員会をサボったので今日はサボるわけには行かない。

「――って、ことらしいんだ」

「そんなことがあったんだね……」

 俺は昨日二林家で聞いたことを有希人に話していた。

 一昨日の話よりもさらに込み入った内容だ。話すかどうか悩んだが、今は相談出来るのはコイツだけだ。

 さすがの有希人でも話を飲み込むのに時間がかかっているようだ。しばらく無言の整理作業が続いた。

「……それで、二林サンはどうするつもりだろうね?」

「どうって?」

 やっと口を開いた有希人がまた分からないことを言う。

 最近このパターンの会話が多い気がする。有希人の問いに俺が問い返す一連の会話。前は最初からもっとかみ砕いた内容で話してくれてしたはずだ。段々と遠慮がなくなってきたということだろうか。

「二林サン自身がどうするかさ。『二林舞花』を名乗るのか、『織条斎』を名乗るのか。彼女はどっちを望むだろうね?」

「それは――」

 『二林舞花』に決まってるだろ。そう言おうとして、止めた。

「それを決めるのは俺たちじゃない。決めるのは舞花だ」

「それは、確かにその通りだよね」

 有希人は頷き、自嘲気味に笑った。

「ごめん、変なこと聞いたよね」

「いいさ。俺だってそういう風に考えたかもしれない」

 そうだ。俺も「舞花がどちらを取るか」と頭のどこかで考えていたような気がする。でもよく考えればそれはどちらでもいいのかもしれない。なぜなら、

「舞花がどちらを取ろうが、俺のやる事は変わらない。今日舞花を助けて、これからずっとそばにいるだけだ」

「……秀クン」

 有希人は俺の目を見て、

「ブハッ!」

 盛大に吹き出した。

「キメ顔で言うのがそのラブラブ宣言かぁ! ハハハハ! すっごくらしいや」

「お前、それバカにしてんだろ!?」

「してない! してないって!」

 こうして昼休みは過ぎていった。

 親友と笑い合い、緊張して硬くなっていた身体が軽くなった気がした。

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