四人心中(その6)
『銭高屋の死んだ犬を洗え』
泪橋の浮多郎の実家に一行だけの投げ文があった。
犬については、浮多郎もどこか引っ掛かりがあったので、さっそく浄閑寺へ出かけて住職に会った。
「先に投げ込まれて犬はすでに死んでいて、口の周りに泡がついていた。夜中に投げ込まれた二頭目は死にかけていたが、翌朝死んだ。やはり口の周りに泡を噴いていた。三頭目は半死半生で投げ込まれたが、泡はなかった」
本堂裏の濡れ縁の下で、あのぶちの犬はまで生きていた。
次に、下谷広小路の一乗院裏の医者をたずねた。
「それは、興味深い犬ですな」
医者は顎髭を撫でながら、しきりに首をひねった。
「最初は、即死した犬。二頭目は瀕死の犬。三頭目は半死半生だが、まだ生きている。はじめの二頭は口から泡を噴いていた」
「口から泡を噴くということは、毒物を呑まされたということで?」
「たしかに」
「三頭の犬を使って、・・・どれだけ呑めば致死量になるか確かめた、とは考えられませんか?」
医者は、しばらく考え、何かに思い当たったようだが、それを口にはしない。
「銭高屋の番頭の女房は、ここに担ぎ込まれたとき、口から泡を噴いていましたか?」
「ほぼ即死で、口から泡を噴いていました」
「晋二郎のほうは?」
「こちらは半死半生で、泡は噴いていなかったですな」
医者は、きっぱりと言った。
―浮多郎は、すぐに下谷広小路から一本裏に入った晋二郎の家をたずねたが、晋二郎はいなかった。
「今朝から働きに出るとか言って、元気に出かけましたぜ」
横丁の入り口にある煙草屋の親爺が教えてくれた。
蔵前の銭高屋へ出向いたが、手代は、
「日暮里の別宅かもしれません」
と、にやりと笑った。
今度は五行の松まで歩くことになった。
広壮な邸宅の敷地に足を踏み入れたとたん、大きな黒い犬が吠えかかった。
「これ、ダメよ」
玄関前の枝ぶりのよい松の陰から、鈴のような女の声がした。
犬が尻尾を振って駆け寄る先に、艶やかな色使いの振袖姿の少女が立っていた。
「どなたですの?」
小首をかしげてたずねるのに、浮多郎が名乗りをあげ、
「もしや、犬を探していませんか?」
と咄嗟にたずねると、
「まあ、どうしてそれを?」
と驚いた顔をした。
すべてのしぐさが可愛らしい。
「いったい、犬は何匹です?」
「四匹です。でも今は、このクロだけです」
悲しそうな顔をする少女に、浮多郎は手控え帖に描いたぶち犬の絵を見せた。
「まあ、コロですわ。どこにいるのです?」
「この先の三ノ輪の浄閑寺です。でも他の二頭は骨になってしまいました」
「どうして、そんなことに?」
「毒を盛られたのです」
そこまで話すと、
「お嬢さまにそんな怖い話をしては困ります」
と気色ばむ色男が、松の陰から顔を出した。
クロは、この色男の足元に転がってじゃれついた。
「晋二郎さん、ほとんど死にかけたのに、これはまた、ずいぶんと早く元気になられたものですね」
浮多郎にしては、珍しく皮肉なもの言いだったが、晋二郎は動じる気配はまるでない。
「日ごろの信心のおかげです」
「して、その信心の宗旨は?」
「お嬢さんです。お天道さまのようなお嬢さんの美しい笑顔を見るだけで、元気百倍になります」
「まあ」
お嬢さんは、頬を真っ赤に染め、振袖で晋二郎を打つふりをした。
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