四人心中(その5)

「ああ、お前さん、・・・すごくいいよう」

「いい女だねえ、お前ってえやつは。本気で惚れたぜ・・・」

「あたいも、本気で惚れちまったよう」

上野池之端の料亭の座敷で、相撲取りのように肥って脂ぎった中年男が小鳥のように小柄な若い女の足を高く抱きかかえて、必死に腰を打ちつけていた。

「ああ、いっちゃうよう」

「おうおう、いっておくれ、いっぱいいっておくれ・・・」

巌に打ちつける波のように、腰と腰は激しくぶっつかりあう・・・。

その交合の様子を、冷ややかに画帖に写し取る牢人者がいた。

渚に打ち上げられた海豹のように、白絹の布団に抱き合って横たわる男と女をあとに残し、牢人者は襖を開けて座敷を出た。

そこに、四十がらみの牢人者が、長刀を抱いて佇んでいた。

受け取った画帖をぺらぺらとめくり、懐から懐紙に包んだ小判を渡す牢人者は、

「写楽とやら、いい商売だな」

と、こちらも氷のように冷ややかに言った。

「お主の措挙にはまるでスキがない。剣の達人・・・と見た。どうだ、拙者と立ち会わんか」

「それほどヒマではない。それに、・・・お主が死ぬことになる」

「なにをっ!」

ふたりの牢人の冷たい視線はぶつかり合い、火花を散らした。

―その夜、池の端で辻斬りがあった。

斬られたのは、毎夜池の端に夜泣き蕎麦の店を出す老人だった。

斬ったのは、蔵前の札差・銭高屋がこの辺りで遊ぶときに、必ず連れてくる用心棒の牢人者ではないか、との噂が立った。

というのも、この用心棒は、『ああ、ひとが斬りてえ』と、いつもうそぶいて、だれかれなく喧嘩を売り、すぐ刀に手をかける狂犬のような男だったからだ。

しかし、いつしかその噂も消えた。

銭高屋が裏から奉行所に手を回したのではないか、とささやかれた。

―その銭高屋の番頭の晋二郎が、死の淵からよみがえったという。

下谷広小路の一乗院裏の医院でまだ横になっている晋二郎に岡埜同心が尋問するというので、浮多郎は付いていくことにした。

「どうしてまた、心中なんぞする気になった?」

「あっしの浮気で女房をさんざん泣かせて、済まねえと詫びる一心で・・・」

「祝言のやり直しとか言っておいて、結局は心中か」

「『お前さんの浮気ぐせは、死んでも治らないよ』と、女房にさんざんなじられました。たしかにこれは死ぬしかない、と。そこへ女房が、『じぶんも死ぬ』と言い出して・・・」

いったん渡った三途の川からもどって来た晋二郎は、話すのもつらそうだった。

「毒薬はどこで手に入れた?」

「へい、女房がどこぞの知り合いから・・・。そういうことには目端のきくやつで」

「仲人をわざわざ向島から呼び寄せてかい。仲人もいい面の皮だな」

晋二郎は、頭を深く垂れた。

岡埜が腰を浮かしかけたとき、

「心中の三日前に、吉原角屋のお浜、深川三島屋のお春、ふたりの馴染みの女郎のところへわざわざ出向いていますね。どんな話をしたので?」

浮多郎が、横から口をはさんだ。

晋二郎は、はっとして顔をあげ、浮多郎をまじまじと見つめた。

「どうにもならなくなったので、女房と心中すると・・・」

「ふたりは、どんなでした」

「いたく同情してくれて。ならばじぶんもいっしょに死ぬと・・・」

「『なら、仏滅の正午にいっしょに死のう』と晋二郎さんが言ったので?」

「やはり死んだんで?」

岡埜も浮多郎も答えないので、晋二郎はそうと悟ったようだ。

その薄い唇の端に、微かな笑みが浮かんだような・・・。これは気のせいか?

「ああ、そうですか。・・・やはり」

みるみる晋二郎の切れ長の目には涙があふれ、涙は膝の上にこぼれ落ちた。

「たいしたやつだな」

下谷広小路の蕎麦屋で蕎麦をすすりながら、岡埜はしきりに感心した。

岡埜にとって『たいしたやつ』とは、女三人を手玉にとって死に至らしめた色男の手練手管ぶりのことを言っているのだろうが・・・。

浮多郎には、すべてによどみなく答える晋二郎の話しぶりが、かえって気になった。

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