四人心中(その4)

浮多郎は、大川橋を渡って深川へ向かい、下っ引きの与太と、富岡八幡宮にお参りしたその足で、仲町の浅太郎親分をたずねた。

深川の大親分に仁義を切って、自死した芳町の女郎のことを聞いてみようと思った。

「どこか影のうすい女郎だったな」

浅太郎は、芳町の三島屋のお春のことを知っていた。

「どうしてまた、仏滅の日の昼日中の正午に自殺など?」

「さあな・・・」

「自殺でまちがいないので?」

「奉行所の検死役が、台所の包丁を持ち出して二階の布団部屋で喉を突いた、と言っていた。まず自殺でまちがいないだろう」

「・・・病気を苦にしたとか?」

そこまで調べるつもりもないのか、浅太郎は『分からない』と首を振った。

ところが、同じ仏滅の日の正午に、吉原でも女郎が首を吊って死に、入谷広小路では夫婦者が毒をあおって心中した話を、浮多郎がすると、身を乗り出して聞いた浅太郎は、

「四人心中か・・・。こいつは面白えや」

と土産物屋の店先を飛び出した。

―富岡八幡宮の先の三島屋は、昼下がりだというのに客であふれかえっていた。

公許の吉原の女郎と品川、新宿、板橋、千住の宿の飯盛り女は、大っぴらに客をとれたが、その他のすべての岡場所は違法で、奉行所が時に遊女狩りをした。

ただし、格安で遊べるので、しきもきらずに客はやって来る。

楼主も番頭も出てこないのに腹を立てた浅太郎親分は、十手を肩にして三島屋に勝手に上がり込んだ。

低い屏風で仕切った割り床で女郎を抱く男たちは、岡っ引き風情が三人も列をなして練り歩くので、あわてて跳び起きて前を隠した。

二階突き当りの布団部屋には、拭いきれない血だまりの跡が畳の目にまだ残っていた。

「重ねた布団の間で、首を突いたそうだ。たしかに仏滅の正午にな・・・」

「ここは、二階の突き当りで、窓もないですね」

浮多郎がつぶやくと、

「まず、自殺でまちがいないだろう。台所の柳葉刃包丁を持ち出してさ。怪しいやつが出入りした形跡もなし」

浅太郎も、それなりに殺しかどうかは調べたようだ。

そこへ、階段を駆け登ってきた番頭が、

「親分さん、ひとこと言っていただければ、お迎えに・・・」

ぺこぺこと頭を下げ、浅太郎に幾ばくかの銭を握らせた。

階下にもどると、番頭が帳場の奥から私物の入った鎌倉彫の箱を取り出しながら、お春の骨は、近くの浄心寺の無縁仏の墓に葬ると言った。

手紙やら証文やらが乱雑に押し込まれていた。

お春はけっこう筆まめだったようで、故郷の房州の親兄弟や幼馴染と頻繁に手紙のやり取りをしていたようだ。

その中で、裏書に『下谷の晋二郎』の名がある一通の手紙が目を引いた。

内容は、『必ず女房を離縁して、春さんと所帯を持つ』などと甘いことばが書き連ねてあった。

「番頭さん、この下谷の晋二郎ってえ男は?」

「かっては、春の間夫でした。へへへ、これが若親分さんと負けず劣らずのいい男でしてね」

番頭は浮多郎にお追従を言った。

「『かって』といいますと?」

「三年前までは、それこそ三日とあげずに通って来たのですが、二年前に所帯を持ってからは、少し間遠になりやしたね」

「くだらねえやつだぜ」

こんな艶話とは無縁なご面相の浅太郎は、吐き捨てるように言った。

「そいつが、三日前に突然やってきて、長い時間おりました。何やら深刻な話をしていたとか。それがお春の自殺の引き金になったのでしょうかねえ?」

「その、下谷広小路の晋二郎とかいうやつはな、お春が死んだ同じ日の同じ時刻に女房と心中したぜ。・・・お春は、四人心中の片割れだ」

浅太郎が、勝ち誇ったように言うと、「ひえーっ」と番頭は腰を抜かさんばかりに驚いた。

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