四人心中(その3)


まず、吉原の角屋に当たった。

「正午の鐘が鳴ってすぐ、『ちょいとお参りに』と店を出たのが、・・・しばらくしたら虫の息のお浜が運び込まれたんで、大騒ぎに」

番頭は、あまり思い出したくないようだった。

「九郎助稲荷の松の枝にしごきを架けてさ・・・」

「正午の鐘が鳴るのを待っていたかのように?」

「たしかに。でも、正午できっぱりとけじめをつけようとしたのでしょうかねえ」

「何か思い悩んでいた様子で?」

「それは、これしかないでしょう」

と番頭は親指を突き出した。

「『お馴染みが近ごろすっかりお見限りで』と嘆いていたねえ。いっときは十日とあげずに通ってすっかり情夫気取りだったのが、・・・ああ、そういえば三日ほど前不意に現れたな。すぐに帰ったが」

番頭はこの太い客の素性はよく知らないという。

すでに面番所の同心がお浜の所持品を浚ったが、念のために浮多郎はお浜の座敷に案内してもらった。

押入れの隅の小さな柳行李がお浜のもので、お骨とともに遺品として郷里の下総からやってくる義理の兄に引き渡すという。

女郎の骨など引き取りにやってくる縁戚の者などいないので、ほとんどは浄閑寺の墓地で無縁仏となる。

・・・この義理の兄はめずらしい律儀者だった。

ほとんどが衣類だったが、お浜は読書好きだったのか、行李の底に何冊か古びた黄表紙があった。

ぱらぱらとめくると、本の間から一枚の誓紙が落ちた。

『お浜の年季が明けたら女房に迎える。下谷の晋二郎』と一筆したためてあった。

お浜は行年二十四なので、年季明けまではあと三年だったはず。

三年を待てずに首を吊ったのか?

・・・待てよ。

下谷の晋二郎って?

女房とふたりで毒薬を呑んで心中した、あの晋二郎ではないのか?

番頭に、お浜のいちばん仲のよかった朋輩の女郎を教えてもらった。

そのお常という格子女郎は、見世で冷やかしの客とキセルで煙草を吸い合っていた。

純情そうなお常は頬を染め、浮多郎をうっとりと見つめ、問いかけに正直に答えた。

「晋さんには、自腹で呑ませたり喰わせたり、お土産を持たせたり。・・・それはもうたいへんな惚れ込みようで」

浮多郎が、晋二郎が書いた誓紙を見せると、

「それはわちきも見ました。お浜ちゃんの宝物でした。でも・・・」

「でも?」

「晋さん、おかみさんもらったんですよ、二年前に。それがばれて痴話げんかに。でも、お浜ちゃんが言うには、晋さんは三年のうちには女房を離縁して、必ず迎えに来ると固い約束をしたので安心だ、と」

「それは、それでよかったではないですか」

女郎との約束など守る客などいるのだろうか?

しかし、お常に向かってそれを口にするのは、はばかられた。

「でも、それから晋さんの足が遠のいて。手紙を送ると、来ることは来るのですが。『仕事が忙しい』の一点張りで」

「でも三日前にやって来たそうではないですか?」

「登楼すると、客にはならずに、ひそひそとふたりで話を。晋さんが帰ったあとは、ひどい落ち込みようで。『頭が痛い』と、客もとらずご飯もたべずに寝込んでしまって」

「どんな話し合いだったので?」

「それが、わちきは顔見世に出ていて、何も聞いておりゃしません」

―泪橋に帰って、政五郎に晋二郎の証文を見せると、

「ひどいやつだねえ。この晋二郎ってえ男はよう」

政五郎は怒った。

馴染みだった吉原の女郎を落籍して女房にした政五郎のことばには、重みがあった。

・・・浮多郎を養子にもらうと、宝物のように可愛がった女房だが、五年前に早世した。

「よほどの色男か、口から先に生まれた詐欺師なのでしょうか?」

相槌を打った浮多郎だが、この見立てはまだまだ甘い、と後に知ることになった。

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