恋のクラウドストレージ

asai

恋のクラウドストレージ

技術の発展により、人々は記憶をクラウドストレージに保管するようになった。


記憶力は大幅に上がったものの、外部化した記憶は煩雑なため整理に苦労するユーザーが多かった。

そこに目をつけた元SEの梶田が立ち上げたのは、恋愛用のストレージ提供と記憶の整理をする会社だった。


繁忙期のバレンタインデー当日。

恋愛の記憶更新が多く、人手が足りなくなることを見越して梶田は新しくバイトを採用した。

20代前半の男性が元気よくオフィスに入ってきた。


「高梨と言います!短い間ですが、宜しくお願い致します!」

「あぁよろしく。」

梶田はモニターから顔を上げて一瞥した。

「バレンタインデーなのにすまないね」

「いえいえ、最近彼女にフラれたんで暇だったんですよ。」

談笑しながら高梨をデスクに誘導し、机上のノートパソコンの画面を指差して言った。

「早速だが、ここに失恋済みの男性顧客の記憶が個人ごとにフォルダ分けされている。一人ずつ確認して、失恋済みの記憶を名前をつけて別名で保存しといてくれないか。」

「はい!わかりました!」

いい返事に安心した梶田が椅子に座るのと同時に、質問が飛んできた。


「すみません、新しいフォルダはどういう名前にしましょうか?」

「デフォルトでいい」

「いいって”新しいフォルダ”になりますがいいですか?」

「構わない。」

「わかりました!でも過去の恋愛の記憶を見ると”新しいフォルダ1”、”新しいフォルダ2”ってなってますが、これ持ち主の男性も区別つかないですよね。」

「男はそんなもんだ。整理したって一緒。未練がましいがどの彼女の思い出が区別がついてないし、つけようともしない。誰のデートで行ったか覚えていないのはそのせいだ。」

高梨は理解したのかしてないのかわからない表情をして作業に戻っていった。


「できました!」

「もうできたか。ありがとう、優秀だな。」

はにかんだ高梨を無視して梶田は追加で依頼した。

「じゃあ次は男性顧客の隣にある失恋済み女性顧客のフォルダだな。彼女らはフォルダが一つしかないから、中身を見てキャッシュを消しといてくれ。」

「ということは次の恋に進んでいるということですね!わかりました!」



「すみません!」

「なんだ。」

「女性顧客を見るとたまにたくさんフォルダがある場合があるんですがどうしましょう。」

「あぁ、それは全て読み取り専用に変更しといてくれ。消すほどでもないが、上書きされることもない元彼の記憶だ。」

「はぁ。女性って難しいですねわかりました。」


「すみません!!」

「今度はなんだ。」

「このZIPで保管されてるのはなんなんでしょう。」

「あぁそれはキャバ嬢の記憶だ。あいつらは疑似恋愛とはいえここに保管するから量が多くてこういう形で保管している。まぁ本人も見返すことはないんだがな。一応中身見て破損ファイルがないか確認しといてくれ。もしあったらゴミ箱に捨てといてくれても構わん。」

「了解です!」




「全部できました!」

高梨がこれまでで一番でかい声をあげた。

梶田が確認すると見事に整理されていた。

「ありがとう、これで終了だ。給与は指定口座に振り込んでおくよ。」

無邪気に笑いながら高梨は足早に帰っていった。


翌朝、出勤途中の梶田は駅で女を連れている高梨とすれ違った。

もしやと思い、急いで会社に行きパソコンを確認すると、一人の女性の記憶がごっそり高梨によって書き換えられていたのを確認した。

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恋のクラウドストレージ asai @asai3

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