天然系美少女山本さんは、あまりに無防備すぎるから、ときどき無邪気が僕を巻き込む【a scene〜僕と山本さんの〇〇生活〜バレンタイン番外編】

リヒト

夢のバレンタインデー

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 僕と山本さんは理由わけあって同居をしている。

 もちろん、付き合ってるわけではないし、兄妹(姉弟)でもない。

 高校生の男女だけで3DKの平屋日本家屋に住んでいることは、友人二人にしか明かしていない。

 クラスのみんなには「親戚みたいなもの」ということで、平凡を熱望する僕が転向したての美少女と何故か仲が良いのかを納得してもらっている。

 亡くなった僕の祖母を頼りにこの家にやってきたので、まあ「親戚みたいなもの」は嘘ではないし、何より一人でイギリスから日本に帰ってきた同い年の美少女を他のところで住むようになんて、僕の口からは言えなかったし。

 そんなこんなで、僕と山本さんは一緒に生活をしている。

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 暖かい日が続くなあ。

 風呂を終えた僕は、自室の畳に身を任せ、ぼうっと天井を視界いっぱいにしている。

 そういえば雪も全然降ってないよなあと、目をカレンダーに移す。

 ああ。もう今年に入って二ヶ月半になるんだ。

 

 あれ?

 気づくと何やら甘い匂いが漂ってきている。

 なんだろう?

 僕は立ち上がり台所へ向かう。

 

 ちょっと覗いてみると、エプロン姿の山本さんが立っていた。

 エプロンの下には白と水色のボーダーのルームウェア。

 ブラウンのショートボブの髪を耳にかけている。

 頬をほんのり染めながら、色白の腕をまくって出し、一生懸命に作業をしている。

 

 この距離だと手元は見えない。

 

 でもこの季節に甘い匂いといったら、まあ、あれだよな、チョコレート的なやつだよな。

 ……やっぱり僕に義理的なやつをくれたりするのかな?

 

 そんなことを思うと、気づかないほうが良いのかもという気がしてきた。

 

「あ、ゆーとさん」

 引き返そうと思ったとたん山本さんに見つかり声をかけられた。

 首だけこちらに向け、手には泡だて器を持っている。

「えへへー。バレンタインデーが近いですからねー」

 

 引き返すのもなんなので、台所に入ることにする。

 

 山本さんは身体ごと振り返り、正面を向いた。

「甘い匂いで幸せですー」

 と、にっこり微笑む。

 

「ゆーとさん、楽しみにしてくださいね。頑張って美味しいの作りますから」

「あ、ありがとうございます」

 

 エプロンは汚れの無い綺麗なままだ。

 もう何度も使っているのに汚れが全然見当たらない。

 アイボリー地に細かい花が散らしてあり、薄い緑色のラインで縁取られた、オーソドックスなエプロンだ。

 きっと汚さないように気をつかってくれているのだろう。

 そのエプロンは元々亡くなった祖母にプレゼントしたものだ。

 といっても、祖母は一度も使わずに亡くなってしまったけど。

 

 山本さんが急に真顔になる。

「ゆーとさん、ほっぺたがむずむずするのですが、何かついていませんか?」

 

 うん。

 そうでしょうとも。

 

 頬にはチョコレートが付いていた。

 エプロンは綺麗なのに。

 

「左の頬にチョコレートついてますよ?」

 と、言うと、

「わたし失敗しちゃってました」

 なんて、照れ笑いのような表情を浮かべた。

 

「いや、料理の最中ですし、そういうこともあるでしょう」

 僕は下手なフォローをしてみる。

 

 すると、山本さんは、

「ゆーとさん、すみませんが、取ってもらえませんか?」

 と、とたとたと近づいてきた。

 

「え?」

 急に距離が近くなって慌てる僕に、

「その、わたし今、手袋しちゃっていますので」

 と、頬を出してきた。

 

 チョコレートの甘い匂いとは別の良い香りがやってきた。

 山本さんは、ほんのり赤くなっている左側の頬を向け、下からのぞき込むようにしている。

 

 山本さんは、

「むずむずします……」

 と、言うと、

「んぅ。ゆーとさん……はやく……お願いします……」

 と、目を閉じた。

 

 おーぅっ!?

 

 目を閉じる!?の!?

 何故に!?

 至近距離でそれはまずくない!?

 

 山本さんが更に頬を寄せてきた。

 

 雰囲気に導かれるまま、僕は右手人差し指を山本さんの頬にあてた。

 山本さんの長いまつげがかすかに揺れる。

 

 ぷに。

 

 おーぅぅっ!?

 

 や、や、やぁわらかぁい。

 艶やかで、しっとりしていて、滑らかで。

 

 ぷに。

 

 や、や、やばい。

 ちょっと押すと静かに沈むのにまた浮きあがってくる弾力。

 

 ぷに。

 

 や、や、やみつきになる。

 どこかにトリップしてしまいそうになる。

 

 なんだ?この安らぎ癒し物質は。

 ……やめられないっす。

 

「ん……んふぅ……ゆーとさぁん?」

 と、山本さんは目をゆっくり開けた。

 

「え」

「あの、ゆーとさん、その、ちょっとばかり、くすぐったいです」

「あ、ご、すみません!」

 

 僕は慌てて手を引っ込める。

 

 少し身を引いた山本さんは、うつむいて顔を赤らめている。

 

「いいえ。わたしこそすみません。せっかく取ってもらっているのに、くすぐったくって」

「いやいや、僕のほうこそ。その、あの、なかなか、とれなくて」

 

 とっさに誤魔化す僕。  

 誤魔化すことに罪悪感が無いわけではないけど。

 ……本当の事を言ったらもっとまずい気がするし。

 

「そうですよね。それなに、わたしったらすみません」

 罪悪感が増します……。

 

「せっかく、ゆーとさんが一生懸命取ってくれようとしているのに、我慢できなくて」

 罪悪感が増し増しです…………。

 

「ちゃんとしますから……お願いしますっ」

 と、今度は正面から顔を近づけてきた。

 そしてまた目を閉じる。

 

 正面から?

 で?

 目を?

 閉じる?

 

 おーぅぅぅっ!?

 

 目を閉じる!?の!?

 何故に!?

 

「や、山本さん?」

「はい?」

 僕が声をかけると、近づいた山本さんは目を開けて少し下がった。

 

「な、なんで目を閉じるのですか?」

「なんでというか……。閉じないほうが良いですか?」

 山本さんは不思議そうな表情をして小首をかしげる。

 

「いや、その、どっちでも良いんですけど、その……」

「わかりました。開けたままにしますね」

 

 山本さんはまた僕に近づき、

「では、お願いします」

 と、今度はあごの下あたりで、細い指をからませて両手を組んだ。

 

 いや、それはそれで、くるものあるけど……。

 

 僕は雑念を振り払い、山本さんへと右手を伸ばした。

 幼さを残した大きな二重の目は開いたままだ。

 そしてゆっくりと、頬に指を近づけた。

 

 人差し指を動かし、頬に付いた乾いたチョコレートを取る。

 

 かり、かり、かり。

 山本さんは真正面から僕を見ている。

 かり、かり、かり。

 山本さんの目が僕を映す。

 かり、かり、かり。

 視界をふさがれた山本さんの視線は、僕を捉えたまま動かない。

 

 この至近距離でただただじっと見つめられている。

 

 確かに。

 確かにですよ。

 ……これはこれで気まずい。

 

 僕は、視線を感じないように緊張を悟られないように、作業を進めた。

 

 と、右手の人差し指にチョコレートが移る。

 

「取れました」

 山本さんから少し離れて指先のチョコレートを見せる。

 

 ぱく。

 

 ……?

 …………?

 ………………?

 ……………………?

 …………………………?

 

「甘いですー」

 と、山本さんは満面の笑み。

 

 え?

 

 僕は山本さんの幸せそうな声で意識が戻る。

 

 おーぅぅぅぅっっ!?

 何?

 何が起きたの?

 

「美味しいですー」

 と、山本さんは無邪気に笑顔満開になっている。

 

 ……僕の指先からチョコレートが消えている。

 

 おいおいおいおいおいおい。

 まてまてまてまてまてまて。

 

 どうしました?山本さん?

 肉食獣ですか?山本さん?

 ちょっと無防備が過ぎませんか?山本さん?

 

 あれ?

 ふと、甘い香りの他にほのかに別の匂いが漂っているのに気づく。

 

「……山本さん、チョコの他に何か入れました?」

「はい~」

 と、山本さんの表情がさらにゆるくなる。

 

「香り付けにちょっとだけお酒を~」

 表情だけでなく、全身に柔らかさがまわっていく。

 

「山本さん?」

「大丈夫ですよ~。ちょっとだけ気持ち良いです~」

 と、足元へとゆっくり下がっていき、山本さんは眠りの世界へと渡っていったのでした……。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 そんな昨晩でした……。

  

 そして、今、僕らは昼休みの教室だ。

 うちの高校はそんなに厳しくないので、あちこちでチョコのやり取りをしている。

 中には本命というものもあるのかもしれないけど、みんな平穏に楽しんでいる。

 

 もちろん僕には、本命などという都市伝説のような仕組みとは無関係だ。

 もてたりしないのは自覚しているけど、うかつにもてて運貯金が減ったらもったいないし。

 

 山本さんも大忙しだ。

 今朝早起きして仕上げたチョコレートブラウニーを配っていた。

 

「友チョコですー。これからも宜しくお願いしますー」

 と、丁寧に説明しながら渡している。

 

 一か所にとどまらず、教室のあちこちに出向いて話に華を咲かせている。

「香り付けにお酒をちょっと使っているのですが、お酒に弱くて昨日はいつの間にか寝てしまいました。作っている途中からの記憶が無くて……」

 なんて失敗談を交えながら、楽しそうに配っている。

 

 そうだよなあ。

 確かに昨晩はちょっと雰囲気違ったし。

 

「だから今日の朝頑張ったんですっ」

 と、包み隠さず話しては自分でも食べたりして、クラスメイトと仲良く笑い合っている。

 

 山本さんは、少し昂っているのか頬がちょっと赤い。

 声も少し大きめで、いつもよりテンション高めだ。

 

 バレンタイン効果なのかな?

 楽しそうな山本さんを見て、僕もどういうわけか嬉しくなる。

 

 山本さんは、また違うグループのところへ行った。

 一つ一つ男女問わずクラス全員に渡すつもりらしい。

 

 たくさん作っていたもんなあ。

 一生懸命に作っていたもんなあ。

 

 どこにも交わらず席に座りきった僕のそばに、山本さんがやってきた。

 

 「ゆーとさんっ」

 手を後ろに回してのぞき込むように僕に話しかける。

 「ゆーとさんにも、渡していいですか?」

 

 こんな間近で直接訊かないで欲しいです……。

 

 僕は照れ臭いのもあり、それに答えず別の話をする。

「そういえばイギリスでもバレンタインはチョコレートを渡すのですか?」

 無知っぷりが露呈してしまうけど、まあその通りだから仕方ない。

 

「イギリスでもありますよ。ただチョコレートとは決まっていませんが」

 山本さんは僕の隣の席なので、自分の椅子を近づけて座った。

 

「そうなんですか?」

 僕は普通に訊き返す。 

「はい。男女どちらからとか関係なく、愛する人にプレゼントをする日なのです」 

 ふむ。

 なるほど。

「でも、好きな人だけではなく、みんなにチョコを渡すっていうのも素敵だと思いますー」

 と、山本さんは、後ろの窓に広がる暖かな冬空を背景にして笑った。

 

 うん。

 山本さんはイギリスにずっといたから、こういう日本っぽい慣習も新鮮なんだろう。

 日本式のバレンタインという日を目いっぱい楽しんでいるようだ。

 クラス全員分を作るくらいの張り切りようだし。

 

「でも、みんなの分って、たくさん作るの大変じゃないですか?」

 僕は無粋かなとも思いながら訊いてみる。

 

 すると山本さんは、

「いえいえ。作るのも楽しいですよっ」

 と、言って、

「昨日の夜は、いつの間にか寝てしまいましたが」

 なんて、恥ずかしそうに笑った。

  

 すると山本さんは真顔になった。

「イギリスにこだわるよりも、ほら、あるじゃないですか、ことわざで」

 

 ん?

 

「郷に入れば郷にしかられ、ですよ」

 怒られちゃうの?

 

「あれ?郷に入れば郷にしたたれ?」

 なんか水が漏れてない?

 

「あれ?郷に入れば郷にしばかれ?」

 それは痛そうだなあ……。

 

「あれ?郷に入れば郷にしやがれ?」

 億千万!?

 

「なんて。知っていますよー。郷に入れば郷にしたがえ、ですねー」

 と、楽しそうに大きく笑った。

 

 お?

 山本さん、テンション高いというより、違わない?

 

 うん?

 いつもは白い頬だけど、またちょっと赤いよね?

 

 朝、作っていたから?

 それとも、自分でも食べたから?

 

「山本さん?」

 僕は、ちょっと不安になって名前を呼ぶと、

「もう、ゆーとさんにも、ちゃんとありますからー」

 と、噛み合わずに笑った。

 

 山本さんがさらに近づいてきた。

「でも、ゆーとさんには、いろいろお世話になっているので特別なものですよ」

 と、口に手を添えて僕にささやいた。

 

 おうっ!?

 

 山本さん?

 特別な気持ちはありがたいけど、ちょっと近すぎやしないですか? 

 変な噂が立つと大変じゃないですか?

 

 周囲を見渡して誰も僕を見ていないことを確認してしまう。

 

 山本さんは全く気にしないで、 

「はい。特別なチョコです」

 と、丁寧に僕の手へと渡してくれた。

  

 見るとそれは、他のものとは違うラッピングが施してあった。

 

「山本さん、その特別だなんてすみません。ありがとうございます」

 自分の手にあるチョコレートを見ながら、僕はお礼を言う。

 

 すると、山本さんは、

「わたしも、ゆーとさんから特別なチョコをもらいましたし」

 と、ちょっと照れたように言った。

 

 え?

 

「すみません。何もバレンタインプレゼントしてないですよね?」

 全く身に覚えがないぞ?

 

「いただきましたよー」

 

 なに?

 

「秘密ですー」

 

 秘密?

 

「どういうことですか?」

 話の見えない僕は、改めて訊きなおす。

 

 それを聞いた山本さんは、

「えへへー」

 と、ゆるい表情で笑うだけだった。

  

 ??? 

 

「山本さん?」

 僕はもう一度訊きなおす。

 

「内緒ですよ」

 山本さんが僕の耳元に近づいた。

 

「特別にゆーとさんにだけ教えてあげますね」

 山本さんが自分の口に手を添えた。

 

 そして、

「夢の中の……ゆーとさんの指が……チョコレートで……とても美味しかったのです」

 と、甘い匂いをさせながら、嬉しそうに、くすぐったい声でささやいた。

 

 

 

 

 

 山本さん!? 

 ……それは夢の話?なのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

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 本編「a scene〜僕と山本さんの○○生活〜」はこちらです

  → https://kakuyomu.jp/works/1177354054892612413

 天然美少女とひねくれ男子の日常系ほっこりラブコメ、ぜひどうぞ!

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