番外編
番外編:バレンタインストーリー
『はじめてのチョコレート』
「ちょこれーと?」
「ええ。リーシャ様はご存知ですか?」
ティナと庭園で午後のティータイムを楽しんでいたリーシャ。初めて聞く言葉にきょとんとしていた。
「実は私も、食べたことがないのですが...何やら城下で若い女性たちに流行っているそうでございますよ」
「いったいそれは何なの?」
リーシャ専属の世話役メイド、ティナが困ったように答えた
「口にするものらしいのですが...食べ物なのか薬なのか...申し訳ございません私も詳しくは存じ上げず...」
田舎娘のリーシャは王室に来てからというもの知らないことだらけだが、今回の“ちょこれーと“ももちろん知らないものだった。
「ただ、女性より男性へ贈ると恋が結ばれるという、おまじないのようなものらしく。リーシャ様も王子様へお送りになったらいかがかと思いまして。私、明日城下に行く用事がありますので、人気なお店に買い行ってまいります」
リーシャ様とルイ王子はすでに結ばれておりますので、不要かもしれませんが、とティナは笑った。
「ティナ!私も!私も行くわ!!」
目をキラキラさせてリーシャがティナにすがる。
「ええ?!いけません。リーシャ様は時期王妃様になられるお方。何かあっては...」
「大丈夫よ!こっそり行けばバレないし、着替えればすっかり田舎娘のリーシャだわ。それに、ルイに贈る物なら、自分の目でしっかり選びたいの。」
そうしてリーシャは奥底に仕舞い込んだ洋服を引っ張り出した。着慣れた田舎娘のワンピースだ。そしてウキウキと明日の城下町での買い物を楽しみにするのであった。
ーーーー
翌日
「リーシャ様、こちらです」
「こらティナ!様は無しよ。バレちゃうじゃない。今は女友達のリーシャ」
「あっえ、と、うん。リーシャ、こっちよ」
そこは、若い女性たちに人気と言われているチョコレート屋。ショーケースの中には小さく美しいチョコレートから、ふっくらとしたチョコレートケーキなどたくさんのお菓子が並べられていた。
店内は甘いお菓子の匂いで満たされ、若い娘たちが楽しそうにチョコレートを選んでいる。
「わぁあ〜!綺麗!チョコレートってお菓子なのね」
「ええ。表面が輝いているものもあるわ。素敵ですね。」
「やぁ、いらっしゃいませ」
目をキラキラさせながらショーケースを眺めるリーシャとティナの前に現れたのは、このチョコレート菓子屋の店主であった。
「ここのチョコレートは外国から手に入れた木の実をすりつぶして中に練り込んであるんです。食感も良く人気ですよ。お一つどうぞ」
試食と思われるチョコレートのかけらを差し出す店主。
リーシャは今は田舎娘な姿でも、立派な未来の国王妃殿下。見ず知らずなものが差し出した物を迷いなく口にするのはご法度だ。毒味のためにも、まずティナが手をつけた。
「わぁ...。甘くて美味しい。リーシャ、どうぞ」
自分が手にしたものをパキンと割り、リーシャに分けるティナ。本来こんな事は処罰されるほどはしたないことだが、今はお忍びの身。リーシャの正体がバレないように努める。
しかし感の良い店主は、その二人をみて何かを察し、話を切り出した。
「ほぅ...。あなた様方は、今日はどんなチョコレートをお探しに?」
「ええ、その、好きな、人に...プレゼントすると良いというチョコレートはどれかしら」
リーシャは少し顔を赤らめながら伝えると、店主はにっこり笑って質問を重ねた。
「失礼ながら、お相手様とあなた様は、もう恋仲なのですかな?」
ボン!と音がするかと思うくらい、リーシャの顔が一気に真っ赤に染まった。ティナがすかさず返答をする。
「恋仲も恋仲。愛し合って愛し合って、周りまでとろけそうなほどです。」
「なっ!なんてことを言うのティナ!」
「事実です」
二人のやりとりを見た店主は、大きな口を開けて笑い、それならぴったりのチョコレートがありますよ、と奥へとおすすめの品物を取りに行った。
まもなく帰ってくると、手には小さな箱が。
「まぁ。これは?」
「愛し合った恋人たちが、さらに愛し合うために調合を重ねたチョコレートです。」
その言葉を聞き、店主以上に感の良いティナが反応する。
「愛し....。店主、まさかこれは」
「そう。そのまさかです。愛の薬がはいっております。貴族様方からもご好評いただいているチョコレートでございます。」
ニヤリと笑う店主に、これまた黒い笑みを返すティナ。
「ちなみに人体に影響はないのだな?」
「それはもちろん。ただ、チョコレート一粒で、一晩はおさまりがきかないかもしれませんね。」
「良い物を出してくれた」
側から見ると、ヒッヒッヒという効果音が出るような表情の二人。ヒソヒソと小さな声で話された内容はリーシャの耳には届かず、一人置いてけぼりにされていた。
「ね、ねぇ、何を話してるの?」
「いえ。なんでもないのです。リーシャ、このチョコレートがおすすめです。これにしましょう。店主、早々に包んでください」
「はい!かしこまりました」
ーーーー
「キース、今日は今朝からリーシャの姿が見えないが?」
ルイは今日も仕事が山積みだ。城の中をいったりきたり。いつもなら途中で退屈そうなリーシャがルイの顔を見にくるのだが、今日はそれも無い。
「ああ、ティナと城下町で遊んでたようですよ。お忍びだとか言いながら、みんなにバレバレですけどね。というかそもそも、ティナがしっかり各方面に根回しして、外出の許可をもらっていました。」
「なんだ、そうだったのか」
「はい。そして、先ほど帰ってきたとのことです。そこでティナに釘を刺されました」
「釘?」
「今日は城下町でのお土産があるとかで。仕事を早めに切り上げ、リーシャ様と王子を早く二人きりにするように、と」
ティナめ、なんて仕事のできる奴なんだ、と嬉しそうにルイは笑った。キースも、ティナのただならぬ要求、勢いに負け、ルイの仕事の見切りを早々とつけていた。
「あとはこの書類への押印を終えられた後に、議会へのスケジュールを提出すれば今日は終わりです。愛しの妃殿下のもとへどうぞ行ってください。」
「ああ!そうさせてもらう!」
ーーーー
まだ夕方。決して眠りにつくような時間でも無い。夕食はなぜか早々と済まされ、なぜか早々と湯あみさせられている。リーシャは城にかえってきてから困惑しっぱなしだ。
「ティナ、じ、自分でできるわよ」
「いいえ。今日はゆっくりしっかり、綺麗にしておかなくてはいけません。」
「なんでよ〜!」
言ってもきかない、と、リーシャは諦めティナのいうとおり湯あみの手伝いをさせている。
「今夜は王子も仕事が早く終わります。リーシャ様は王子の部屋のベットに腰掛けでもして、王子をおまちください。そして早くこのチョコレートを渡して王子に食べさせてくださいね」
「え、ええ。そのつもりだけど、そんなに急ぐ?」
「はい。それはもう急いで召し上がっていただいてください。心を癒す薬が含まれており、まじないもかかっていて体に良いと店主も申しておりました。」
嘘だ。
「そうだったの?わかったわ。じゃぁなるべく早く食べてもらう!」
主人が単純で....素直で可愛らしくて良かったと思うティナであった。
ーーーー
(それにしても....。なんでこんなに薄着させるのかしら。後は寝るだけとはいえ、風邪ひいちゃうし...な、なにより、はしたないわ...)
リーシャはティナの見立てで、シルクのワンピースを着せられていた。少しタイトで体のラインがわかりやすい。寝巻きにするには窮屈だし、部屋着にしても肌の露出が多い。
ルイ王子も軽装であればリラックスなさり心を解かれるかと、なんてティナが言うものだから、リーシャは素直に従い、ワンピースを着ることにしたのであった。
「でもなんか...薄着すぎて、勘違いしないかしら、ルイ...」
妃殿下の服装とは思えないほど足も出ている。膝上だ。もじもじとしながらリーシャはルイのベットに座っていた。
パフッとベットに身を投げ横たわるリーシャ。
ほのかに香る、ルイのコロンの香り。
そういえばしばらくゆっくり会っていない。仕事ばかりのルイは、寝る前に顔を見せにきてくれるものの、すぐにリーシャの部屋を後にする。ゆっくり語り合った夜なんて数えるほどしか無い。
「早く会いたいな...ルイ...」
気持ちが溢れ、口からこぼれた時、私の王子の声がした。
「可愛い声に誘われて来たら、美しい姫が俺のベットで寝ているなんて。夢かな?」
「ルイ!」
声を上げると同時に目の前が暗くなる。
ベットに横たわっていたリーシャに、ルイが覆いかぶさったのだ。押し倒されたわけではないのだが、そうなったような体制に、リーシャは思わず頬を染め動揺した。それを見たルイは紙細工に触れるかのように優しくリーシャのまぶたにキスを落とす。
「どうしたんだ?そんなに可愛い格好で。」
ベットでくつろいだせいか、ワンピースの裾はめくれ上がり、リーシャの太ももがあらわになる。意地悪そうな笑みをうかべ、そのパールのように綺麗な足に、ルイそっと指をはわせた。
「ひぁ!ちょ、っと!からかわないでっ」
リーシャがぐっとルイの胸を押し起き上がる。ごめんごめんと笑いながら、ルイはリーシャと並び合って座った。
リーシャは久々の主人に、胸を躍らせる。優しい眼差し、たくましい胸。優しい声。
愛しくてたまらない、私の王子様。
なんて、恥ずかしすぎて言えるはずがないが、リーシャの目に、声に、ルイを愛していると大声で言わんばかりに現れていた。それを感じ、ルイの表情も幸せに満ちる。
「もぅ...。あのね、これ、お土産をもってきたの。体に良いお菓子なんですって。ティナが選んでくれたの」
と、小さな箱に入ったチョコレートを出す。
開けてみて、と促され、ルイは受け取った小さな箱のリボンを解き、中身を見た。
表面が輝くほど艶のある深い色のチョコレート。金粉があしらわれ、高級感ただようそれは、クラッとするような甘い香りを放っていた。
「チョコレートか」
「ルイ、チョコレート知ってるの?」
「ああ、たまに外商が城に売り込みに来る。今流行っているようだしね。甘くて苦い菓子だろ?」
「あのね、チョコレートは、その...。女性が、愛する男性に贈るんですって。そうしたら恋が実る、とか....」
最後は消え入りそうに小さな声で、恥ずかしそうに伝えるリーシャ。それを聞き、ルイが優しくリーシャの頭を撫でた。
「ふふ、ありがとう。でももう俺たちは結ばれているけどね。」
「う、うん」
「ところで、リーシャはチョコレートを食べたことはあるのか?」
「店主さんから試食をいただいた程度だけど、すっごくおいしかった!!」
甘くて口の中でとろけて、試食のチョコレートにはナッツもはいっており食感も楽しめた。もうリーシャはチョコレートの虜になりそうだ。
「そうか。じゃぁ...ちょうど二粒あるから一緒にたべようか。」
「えっ!そ、それはルイに買ってきた物なのよ?....いいの?」
「プッ!食べたいって顔に書いてあるぞ」
リーシャの嬉しそうな可愛い表情に、ルイは思わず吹き出してしまった。
二人は仲良く箱のチョコレートに手を伸ばし、パクリと一口で食べてしまう。
中から酒のようなとろりとした蜜が溢れ、舌が少し痺れた。官能的な味といったら高いだろうか。二人とも菓子とは思えないほど大人びた、洗練された味に驚く。
「うまいな」
「うん!おいしいわ!」
口に残る蜜の味は、そのまま脳を刺激するかのように印象深く、体全体をとろけさせるようだった。....いや、実際にとろけ始めていた。
ーーーー
「ふぁ...な、なんか、少し体が火照ったわ」
チョコレートを食べ、城下の土産話はもちろん、最近の出来事など他愛無い話を続けていた二人だったが、少しずつ様子が変わってきていた。
「ああ、そうだな。度数の高い酒を使ったチョコレートだったのかもしれん。リーシャ大丈夫か?」
ふわふわと横に揺れ始めるリーシャを心配するルイ。しかし彼もまた、じわじわとくる自信の体の火照りを感じていた。全身火照ってはいるのだが、なんとなく、下半身に集中しているような気も....。
ルイはハッとし、チョコレートが入っていた小さな箱の中身をもう一度確認する。
箱の内側には小さく説明書きが書かれていた。
“愛の薬入り。癒しのチョコレート
翌朝まで眠れなくなるような甘さを堪能あれ“
それを読んだルイが慌てて振り返り、リーシャを確認する、が、時すでに遅し。
まだ若いリーシャはソレに耐性があるはずもなく、ベットに横たわり、顔を火照らせ身をよじり始めていた。
「ルイ...私、酔っぱらっちゃったのかなぁ。酔っぱらったことないんだけど...あつ、くて。」
リーシャは普段から酒はあまり飲まない。酔っぱらうということすらうまく理解していないほどだ。だからこそ、これがチョコレートに入っていた酒のせいかと勘違いしていた。
酒のせいでは無いのだが...。
ルイも体の変化を感じていた。これは相当高級な、上質なソレであろう。ここまで効き目の良い物を野放しにしてもいいものかと思いたくなるほどに、自身が燃え上がるのを感じていた。
目の前には輝く足をあらわに晒し、自分のベットで横たわり身をよじり欲しがる愛しい妃。
我慢しろと言われる方が無理だ。
ただ、リーシャもこのままでは辛く切ないであろう。熱から解放してやらないと、本当に体調を崩すかもしれない。
何かとくだらない理由をつけてリーシャに触れる覚悟をした。ポツリと感謝を述べながら。
「ティナ、お前の給金は必ず上げてやる」
ーーーー
「ティナ」
「お呼びでしょうか。王子」
翌朝。いや、翌昼下がり。
リーシャは未だに起き上がらず、ルイのベットに身を沈め、可愛い寝息を立てている。
ルイは肌を輝かせ、見るからに絶好調だ。顔色はもちろん今までになく良い。
ティナは政務室へ呼ばれ、人払いさせた二人きりの部屋でルイからの命を受けていた。
「よくやった、と言いたいところだが、あれはダメだ。凄すぎる」
「まぁ」
「リーシャは今日一日寝かせておけばいい。ティナはもう一度チョコレート屋に行き、在庫全てを買い占めろ。そして、再生産は必ず効能、容量を適正な物に直し、貴族たちが溺れすぎないように注意を払えと命じてこい」
「....買い占め後、チョコレートはどちらへ?」
「俺が全て管理する」
片方の口元を少し上げ、また悪い顔をして笑ったティナを見たのか見ていないのか。ルイはくるりと背を向けて、さっさと行けと命じた。
ティナは自分の給金が上がったことを確信し、城下町へ行く支度をすべく、政務室を後にした。
fin
目覚めたら王妃候補にされてました ひなぎく @hinagiku-hayama
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