第7話

「な、なんてこった...」



ロイは首がおかしくなるのではないかというくらい、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。今はリーシャが休んでいるという部屋に案内されている。


突然の原因不明の火事により、リーシャとアリアは炎の渦に巻き込まれた。治療のために運び込まれたのは、医者ではなく『王室』だった。


「ロイ様、こちらでございます。」


部屋へと着き、案内役がの規則的なリズムでノックする。


「王子、リーシャ様の兄上様をお連れいたしました。」


「入ってくれ」


部屋の中からは何度も聞いた青年の声。彼がこの国の王子だということは、ここに来る途中で聞いたが、あまりの衝撃にロイは一時言葉を失ったほどだった。


騎士団の若き団長で、自分の酒の飲み仲間になってくれそうだと思っていた青年が、まさかこの国の王子様だったなんて。


「ロイ、よく来てくれた。リーシャはまだ目を覚さないが、容体は落ち着いている」


「リーシャ!」


リーシャの眠るベットには、ルイのほかに、下の弟のライルと、末っ子のアリアが。


アリアは疲れが出たのか、リーシャの横で共に眠っている。二人が寝てもまだ広い、大きなベットで丁寧に寝かされていた。


「兄さん、家のほうは...」


「...もうダメだ。明日の朝明るくなったら、無事なものが無いか見に行こう。まぁ、あの家もずいぶんガタが来てたからな。建て直して父さんたちびっくりさせようぜ!」


俺に任せろ、と笑顔でライルに声をかけたロイ。ライルもそれに応えるように、大きくうなづき笑顔を見せる。


「王子様、その、本当に何度もお世話になってしまい申し訳ない。」


「やめてくれロイ、酒を酌み交わした仲じゃないか。ルイで良い。」


ルイはそう微笑みかけると、先ほどライルに話したように、自分が用意し管理する仮住まいで、しばらく警護させてくれと改めて申し出た。


「ロイ、ライル、アリアについては十分な警護の下、邸宅に移ってもらえればとおもうのだが...。リーシャはこのまま城で保護させてもらえないだろうか。」


「リーシャを?」


「言いにくいのだが...。今回の火事はリーシャの口封じをするため...。殺すための放火かもしれない」


「なんだって?!」


ロイが思わず大声をあげ、それと対照的にライルは驚きのあまり絶句する。ルイは言葉を選びながら、一連の流れを説明した。


闇猟りの犯人の貴族たちのこと。リーシャが犯人と接触していること。火事の前に怪しい人物の目撃証言があったこと。


一つ一つ説明をするたび、ロイは拳を握りしめ、怒りに震えていた。ライルは妹を失うかもしれなかったという恐怖に顔を歪ませ苦しんでいた。


「もちろん、犯人が捕まるまであなたたちの身も城のものが護ります。しかしリーシャは犯人の顔を見ていて、かつ犯人に顔を見られている。より強力に守らなければ」


ルイは、いいだろうか?と聞いたが、そもそもロイとライルに選択肢はない。


ロイは感謝しながら、ルイにリーシャを託した。


「まずは...リーシャが目覚めなくては」


「ぅう〜ん...むにゃ...」


アリアの可愛い声と寝返りに、やっと三人は顔を見合わせて笑った。




***




コンコンー・・・


「かまわん、入れ」


ロイ、ライル、そしてライルに抱かれたアリアが今日から仮住まいをする邸宅へ向かってから数時間後。


ルイは相変わらずリーシャに付き添って寝室にいた。


そこへ、王室内を取り仕切る室長と、政務の他、管理の全てを任されている大臣が入ってくる。


室長は先ほど、ルイに出て行けと怒鳴られたばかりで、スカートの裾を少し強めに握りしめながら大臣の後ろに隠れるように立っていた。大臣はというと、ルイに強い眼差しを向け、決死の覚悟で口を開いた。


「王子、室長から簡単に話は聞きました。この娘が妃候補というわけですか?」


「はぁ...またその話か...。大臣も事情はわかっているだろう。もうどうでも...」


「よくございません!」


大臣の厳しい口調で放った言葉は、ルイを少し驚かせた。普段このように厳しい物言いをする人間ではないのだ。いつもニコニコと、当たり障りのない発言をする、所謂八方美人なところが特徴であったからだ。


「すでに貴族派の回し者が、王子が寝室に若い女を連れ込んで寝かせている、と言いふらしております」


「はぁ?!」


「今は国王陛下の体調が優れないとの噂が飛び交っており、どこの人間も過敏になっているのです。王位継承権一位のルブラン様を少しでも陥れようと...。貴族派は動くチャンスを探しております。」


ルイはそう言われると、表情を苦いものへと変えた。頭の片隅で、ルイ自身も分かっていたのだ。自分の軽率な行動は、敵に隙を見せてしまう。


王子のスキャンダルなど、相手の大好物だ。


しかし、あの場ではこうするしかなかった。時折苦しそうに呻くリーシャを、一刻も早くベットに寝かせてやりたかった。ルイの部屋は医務室とさほど離れてはおらず、医師も行き来しやすい。目の前に最適なベットがあるのに、使わずにはいられなかった。




「適齢期の...年頃の女性は王子の寝室には入れては行けない規則です。下手をしたら、規律を乱す行為だと、くだらない批判をされかねません。一定の職や身分が無くこの部屋に入れるのは、妃候補の方だけなのです」


ルイは大臣からの正論に、ぐっと唇を噛み押し黙ってしまう。自分の行動が軽率すぎた。彼が言うように、妙な火種を残してしまったかもしれない。


「ですから...」


「たしかにすまなかった...。彼女は...。」


「彼女を、ルブラン王子殿下の正式な妃候補とします」






「は?」




声を発したのはルイではなく大臣の後でうつむきながら立っていた室長であった。


「大臣!こ、こんな田舎娘をですか?!」


「田舎娘ではない!妃候補様だ!口を慎め!」


衝撃的な展開に、ルイは口を少し開き目を丸くした。なんとも間抜けな表情だが、戸惑いを隠せない。大臣はまだ話を続けた。


「もちろん、本当に王妃様となられるわけではございません。あくまで“候補“でございます。いくつかの審査を受けさせ、最終的には落第にすれば良いのです。」


「審査を...たしかに、それでしたら!田舎娘は落第間違いなしです!」


「それに殿下、これで少し妃候補探しから解放されますよ」


大臣はそう言うと、いつものニコニコした当たり障りのない顔に戻り、ほっほっほと笑った。それを見たルイも思わず吹き出し笑みを溢す。


リーシャには悪いが、悪くない話だ。


うんざりしていた妃候補探しから解放される。しかもリーシャは最終的には審査に落とされ、ちゃんと自由の身に戻れる。


妃候補となれば、騎士たちもリーシャを守りやすくなり、身の保証もされる。ロイたちも、妹が妃候補となれば、邸宅に仮住まいをしたとしても形見の狭い思いをすることもないだろう。


全てがうまく解決するように思え、ルイは大臣の提案に乗ることにした。


眠ったまま王国第一王子、時間国王陛下になる人の妃候補となった、リーシャの意見は無視して。




***




ーーーー熱い。喉が乾く。


遠くで誰かの声がする。おねえちゃん、おねえちゃんと耳に残る声。アリア?泣いているの?兄二人も、何故か私を探している。ここにいるのに。父と母の影も見た。


そして、優しい声もする。


ルイー・・・。


リーシャ、と呼ぶルイの声。


私、どうしたのー?


突然大きくゴゥ!と熱風が吹く。


火事だ。


そう、火事になったの。アリアを探して、二階にいて、炎の中でーーー




「...リア...アリア!!ーーうっ!」


ガバッと音を立てて起き上がる。


それと同時に身体中に痛みを感じる。特に足が痛い。リーシャは火事で足に火傷を負い、治療はうけたが未だ痛々しい状態だ。


ふと見ると、立派なベットに自分が寝ていたことを理解した。


「ここ...どこ?」


「リーシャ!」


部屋の奥で水を用意していたルイがリーシャへ駆け寄る。そのまま腕をまわし、起き上がったリーシャの背を支えた。


「よかった。リーシャ、苦しいところは無いか?」


「ルイ...?わ、わたしどうしてここに?」


ルイは一連の流れを説明し、リーシャがここに運び込まれた経緯を説明した。


リーシャはアリアの無事、ロイとライルの無事、そして兄妹たちは仮住まいとしてしばらく城内の邸宅に住うことになったことを聞く。


「ルイ王子様だったの?!」


「ま、まぁ。ボンクラだけど」


「そ、それは言わない約束っ。私も、兄さんたちとそこに住むのね?」


「あっーー、えーと。」


「いいえ。妃候補、リズール・アル・シャルロット様。あなた様は城の中で半年間、妃審査をお受けになるのです」


ルイの後から声をかけた主は、節目がちに、控えめに。しかし凛とした声でリーシャに伝えた。


美しいエメラルドの様な深い髪色は短く切りそろえられ、小柄な背は幼さも感じさせるが、その落ち着いた佇まいは随分大人びたものだった。フリルのふんだんにあしらわれたメイド服を着た可愛らしくも美しい女性は、自分はリーシャ専用の世話役であり、名前はティナだと挨拶した。




「...え?何がどうしたの?」




リーシャは状況が理解できない。いや、リーシャは兄妹の中でも1番頭の回転が早く機転が効く。理解できないのではなく、自然と理解を拒否していた。


ルイが見たこともない複雑な表情をし、リーシャに上手に説明しないと自分の身も危ないかもしれないと、リーシャにかける言葉が出てこず、ただひたすらに焦っていた。



《続く》

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