第6話
今日は昼間から激しい突風が吹いていた。風が炎の勢いに拍車をかける。家の中にはリーシャとアリアが閉じ込められている。
ルイは目の前の光景に、何度も冷静になるよう自分に言い聞かせる。
「どこか...建物に入れるところは...」
家の間口は炎が激しく崩れ始めており、入り込むのは難しい。ルイは建物の裏側に回り込んだ。
ーーーー
「アリア!」
「おねえちゃん!」
リーシャは激しい炎をかき分け、なんとかアリアの元へと辿り着いていた。リーシャの顔を見て泣きじゃくるアリア。幸いにもアリアがいた部屋は閉ざされており、まだそこまで燃えてはいない。しかしリーシャが部屋に入ってきたことによって入り口が開き、炎がゴウゴウと音を立て入ってきていた。
アリアを抱きしめ、いくらか安堵するリーシャであったが、状況は変わらない。続く恐怖と戦いながら、必死に考えを巡らせていた。
「逃げ、なきゃ」
しかし、今入ってきた部屋の入り口は炎で見えないほどだ。リーシャは窓を見た。
ここは二階。
でも、飛び降りるしかないのだろうか。
アリアをかかえて?
アリアを残し、まず自分が飛び降りる?しかし部屋に残されるアリアは一人で二階から飛び降りることができるだろうかー・・・。
「リーシャ!どこだ!リーシャ!」
窓の外から声がする。かすかだが、しかし確実に、自分の名を呼ぶ声が。
「ルイ!」
リーシャは窓を開けようと試みる。金具がおそろしく熱い。手に激痛が走るが、夢中で鍵をあけ、木枠を叩いた。
バン!!
熱風に頭をもっていかれそうになるが、必死にふんばり窓をあける。下を見ると、ルイがリーシャを読んでいた。
「リーシャ!無事か!」
「ルイ!ええ、私は大丈夫。アリアも無事よ!」
ルイは近くにいた騎士に二人を見つけた胸を兄たちへ伝えるよう促す。騎士は急いで表へと向かった。
「リーシャ、早く逃げろ!」
「逃げられないの!もう炎が立ち込めて、ここから出られないのよ!」
ルイの顔を見た途端、リーシャの目からも大粒の涙がボロボロと溢れていた。助けて、ルイ。助けて。と、すがるように泣き崩れる。
「おうじさまぁ....!」
アリアも、涙と炎から出る煤でひどい顔をしルイを呼ぶ。
「アリア!....よし、俺がここで受け止めるから、飛び降りろ!大丈夫だから!リーシャ、アリアを抱えて俺めがけて降ろせ!」
ルイが大きく腕を広げ、受け止める姿勢を整える。アリアは怖がっていたが、時は一刻を争うのだ。リーシャは一度、アリアをぎゅっと抱きしめて、ルイを信じましょう、と声をかけた。
「ルイ!いくわよ!」
「こい!」
アリアは二階から飛び降り、無事にルイの胸へと吸い込まれた。
「よし!リーシャ次はお前だ!飛べ!」
リーシャは窓の木枠に足をかけ、思いきり蹴り、飛び降りた。
その瞬間だけは、不思議と恐怖は無かった。ルイが必ず受け止めてくれると信じていたからだ。
リーシャが飛び降り、ルイが受け止めると同時に、何か薬物に引火したのか、大きな音を立てて爆発が起こる。間一髪で、リーシャとアリアはルイによって助け出されたのであった。
ーーーー
「リーシャ!!」
「アリア!!」
ロイとライルだ。
二人は騎士からの報告を受け、リーシャとアリアの姿が確認できた旨を知らされると、いても立ってもいられずキースの制止を振り切りかけつけた。アリアはライルにきつく抱きしめられ、わんわんと泣いている。
「おにぃ、ちゃ...!」
「アリア...無事でよかった。本当に良かった。リーシャもケガは....」
リーシャはルイに抱きしめられながら、涙を止められずにいた。ロイはリーシャの元へ駆け寄り、震える手でリーシャの頭を撫でた。
リーシャは極度の緊張から解き放たれ、そのままルイの腕の中で意識を失ってしまった。
ーーーー
「殿下!ご無事でしたか!」
「すぐ医者を呼べ!」
ルイは、一家を連れて城へと戻った。あの後村人たちが一丸となって消化活動を進め、騎士たちと協力し、随分炎がおさまった。沈下までは時間の問題だ。
ロイはそのまま消化活動に。ライルはアリアを抱いて、ルイはリーシャを横抱きにし、王室の医師に見せようと連れてきたのだ。
アリアはひどく疲れた顔だがケガは無さそうだ。リーシャは、おそらくアリアがいた部屋に飛び込んだ時にできたであろう足元の火傷、窓を開けた時の掌の火傷に、ガラスの破片で切ったであろう頬。満身創痍の状態で、そして意識を飛ばしたままだった。
ライルとアリアは医務室に通されアリアの具合を。
リーシャは豪華絢爛な別室のベットに寝かされ、王室医師団の一級医師に容体を見てもらう。
ルイが心配そうに見守る中、慌てた顔で後宮の室長が入ってきた。
「王子!どういうことですか!」
「何がだ。むしろお前こそここがどこだと思っている!急に入ってくるな」
ルイの剣幕に室長は一瞬怯むが、負けじと続ける。
「こちらは王子殿下の寝室!そこに若い女を入れて寝かせていると聞きました!しきたりではこちらに入り、ベットを使っていいのは将来王子の伴侶となる妃候補の方のみでございますよ!」
顔を真っ赤にし、大問題だと喚き散らす室長に、ルイはそれどころではないと激しい怒りを覚えたが、静かにしろと医師にたしなめられ冷静さを保つことに努めた。
たまたま第二騎士団の午後の剣の稽古で事故があり負傷者が出てしまったとのことで、医務室のベットが空いていなかった。リーシャはすぐにでも安静にさせ、治療を受ける必要がある。あれこれ考える暇はなく、ルイの独断で自分の寝室に運んだのだった。
「今診察中かつ治療中だ。気を失った彼女を動かすわけにはいかない」
「お言葉ですが....!」
「ああもうわかった!この子は俺の妃候補だ!それで文句はないだろう!今すぐ出て行け!」
ルイの叫びに室長は怒りに真っ赤になっていた顔を、一瞬で青ざめさせた。
「い、いま....なんと...」
「いいから、出て行け!」
室長はフラフラと後退りし、ルイの寝室を後にする。そんなものにはかまっていられないと、リーシャに向き直した。
「殿下、お嬢様は気を失っておられるだけ。よほどの心の負担がかかったのでしょう。回復すればじき目を覚まされます。あとは火傷の手当てをすれば...」
「私がやろう。お前は妹の方も改めて確認してきてくれ」
「では、お願いいたします。すぐに行ってまいります」
医師は小走りで部屋を後にし、アリアの元へと向かった。
医師の言う通り、リーシャはボロボロでありながらも、落ち着いた呼吸で眠っていた。
ルイはリーシャの頬に触れ、ふぅ、と安堵の息をついた。
ーーーー
「あ、あの、王子様、失礼いたします」
しばらくして、城のものに案内されたライルとアリアがルイの寝室へとやってきた。
ライルはまさかルイがこの国の王子様だなんて思ってもいない展開に、やっと動揺し始めていた。
「ライル、そんないきなりかしこまらなくて大丈夫だ。ルイでいい。」
「おねえちゃん!」
アリアが奥で眠るリーシャを見つけ、全速力で駆け寄った。枯れるほど涙を流したはずなのに、リーシャを見てまたアリアはポロポロと涙を流していた。
「アリア、大丈夫だ。リーシャは眠っているだけだよ。そっとしておこう」
「おうじさまぁ....ひっく...」
「ライル、アリア、今君たちの仮住まいを用意させている。ロイも消化を終え騎士たちとこちらに戻るだろう。しばらく私の管理下で、安全な場所で過ごしてはいただけないだろうか」
一連の出来事は、貴族の闇猟りから始まっている。
騎士からは、村の近くの林に抜ける道で怪しい人物を見たと言うものがいる、放火の可能性があるという報告も受けていた。
こんな大事になったのも、自分の認識の甘さ、判断の甘さが原因としてあるであろう、と、ルイは深々と頭を下げた。
「医師は心配ないと言っていたが、リーシャもまだ目覚めない。リーシャはこのまま城内で過ごさせよう。ライル、ロイ、アリアは、城のすぐそばの邸宅で不自由なく過ごせるよう手配する」
「王子、お心遣い感謝いたします。僕たちの両親は行商に出ており半年近く戻りません。身寄りもない家族です。王子のご好意に甘えます」
本当にありがとうございます、と、ライルも深く体を折り感謝する。アリアは5歳と思えないほど、丁寧にお辞儀をしながら、またポロポロと泣いていた。
ーーーー
「なに?!それは誠か室長!」
「はい...殿下は確かに妃候補とおっしゃいました....ボロボロになった田舎娘を...」
別室では先ほどの出来事を大臣に報告し青ざめている室長と、困ったことになった、と困惑する大臣とが頭を抱えていた。
「殿下のご意志に背くことはできんが...。非常事態だからといって、年頃の女性を王子の寝室で寝かせることは絶対にあってはならぬ事。禁止事項だ。...相手が妃候補であることを除いて...」
「あの場には医師もおり、入っていくところを何人もの騎士が見ています。秘密にするには時すでに遅し。ですが規則を破ったとなりますと、貴族派との派閥争いの格好のネタになりかねません。今はいかなる隙も見せてはいけない時期。」
「田舎娘を...妃候補にするしか方法はないのか...」
はぁー、という二つの大きなため息がこだましていた。
《続く》
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