第2話
「あっはは! それで私が自殺するかもしれないって思って声かけたの? 面白いね君は」
ドライブインの中、僕が奢ったチーズバーガー(ハンバーガーより五十円も高い)にかぶりつきながら委員長は大きく笑っていた。安っぽいパイプイスがギシギシ軋んでいてもあまり気にした様子もなかった。
「そんなに笑うことないでしょ。誰だってあんな時間にあんな風にしてたらそう思うじゃないか」
「だからって真夜中に大声で飛び降りるのは待ってください! なんて叫ばないわよ」
僕の声真似までしながら委員長が再現する。妙に似ていたのも手伝って恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだった。
「それにしても家の近くにこんな場所あったなんて知らなかった。いい場所見つけたね」
「家近くなの?」
「うん。って知らなかったの?」
「同じクラスでも女子の家知ってたらおかしいでしょ」
「それもそっか。そういや、岡本くんはこんな時間になにしてるの」
「僕はコンビニ買い物へ」
「岡本くんの家って隣町でしょ。ここのコンビニは遠いんじゃない? それに高校生がこんな時間に出歩いていていいの?」
「うぐ……」
痛いところをついてくる。妙なところで抜けている一面がある割に、こういった洞察力は委員長らしい。
「そ、そっちだって出歩いてるだろ」
「私は近所だからいいの。それに誰かに聞かれたら夜風に当たってるだけって言い訳するし」
「じゃあ僕だって夜風に当たってるだけって言い訳するよ」
「岡本くんの場合は信じてもらえないんじゃない?」
「な、なんで?」
「この間も先生に呼び出されてたでしょ。なにしたの?」
「……」
道でお年寄りを助けて遅刻したとか、猫を拾って飼い主を探して遅刻したなんて理由ならまだ美談だけど、実際のところただ寝過ごして遅刻したなんて言ったらまた笑われる。適当な言い訳も思いつかず黙っていたら「言いたくないこともあるよね、ごめん」と変に勘違いしたのか、それ以上聞いてこなかった。
「それにしてもよくこんなところ見つけたね。わたし常連になりそう」
改めて中をまじまじと見ながら物珍しそうにしていた。
秘密基地みたいだろ? そう自慢げに言おうと思った矢先「男の子ってこういうところを自分だけの秘密基地って思ってそうね」僕の考えを読んでたかのように言った。もちろん二の句を継げなかったのは無理もない。
静寂が訪れた。
静かだ。
何か会話でもと思ってみたものの、別に委員長とは友達でもなんでもない。ただクラスが同じってだけのそんな友達未満ですらない、ただの知り合いだ。そんな間柄で積もる話なんてのも浮かぶわけない。時折通るトラックの走行音がするくらいで、一言も喋らなければ自販機の奏でる無機質なモーター音くらいしかBGMになりそうなものはなかった。
どうしようかな。
ここに留まっていてもすることがない。
手持ち無沙汰で辺りを見わたす。何もない。
もう帰るよ。その一言でこの静寂から抜け出すことが出来るはずなのに、そのたった一言が言えない。言っちゃいけない雰囲気があった。
と、対面に座る委員長を見る。なにか聞きなれない歌を口ずさんでいた。
「それ」
「あ、うん、ごめん。うるさかった?」
「え、いや、ち、違うけど……」
「……そんなに怯えなくてもいいじゃない。私そんなに怖い?」
スッと委員長の瞳に陰が映る。僕は慌てて取り繕った。
「そうじゃない、そうじゃないよ。……こんな時間に女の子と二人っきりだから緊張しちゃって……」
自分でもなに言ってんだろって思った。しかし本心だから仕方ない。
僕が正直に言うと委員長はなぜか驚いた顔をしていた。
「……ふーん、そっか」
「なに?」
「ううん、なんでもない。それでなんだっけ」
「え?」
「さっき私になにか聞こうとしてたでしょ」
言われてなんのことか? と考えそういえばと思い出した。
「さっきの歌」
「歌? ああ、さっきのね」
「聞いたことない曲だね。誰の曲?」
「キリンジ。キリンジのエイリアンズ」
「キリン? エイリアン?」
「キリンでもエイリアンでもないよ。キリンジっていう二人組のエイリアンズっていう曲。あ、いまは解散しちゃって一人なのか」
そして委員長は僕にヘッドホンを差し出した。
「もしかしてさっき聞いてたのって」
「うん。エイリアンズ」
委員長からヘッドホンを受け取る。耳に当てたそばから、どことなく暗い、しかし耳にすっと溶け込むようなギターの旋律が流れてきた。
曲調はスローなテンポでギターの音色以外メロディーはなかった。男性ボーカルの柔らかな歌声が、キーの高い曲なのにしっとりとしていて、嫌な感じがしなかった。
気づけば僕は自然とリズムをとっていた。音楽の経験がない僕のリズムなんて合ってるのかどうかなんてわからない。それでも自然と指先は動いていた。
聞き終えてヘッドホンを返す。どうだった? 委員長が感想を求めてきた。
「……正直、歌詞の意味とかわかんない部分もあったけど、好きだなこういうの」
素直な感想だった。お世辞でも共感でもない、素直な気持ち。僕の感想に相坂も満更でもなさそうだった。
「普段どんなの聞いてるの?」
「僕? 僕はあんまり音楽は聞かないかな。もっぱら本を読んでる方が多いかも」
「漫画とか?」
「漫画も読むけど主に文庫が多いよ。あ、文庫っていうのは小説の単行本とかのことで」
「そうなんだ、ちょっと意外」
「そうかな?」
委員長からどう思われてるのか気になったけど、やめておいた。
「さて、と。そろそろ帰らないと」
委員長が席を立った。スマホの画面は午前三時を過ぎていた。
「もうこんな時間だったんだ」
「話過ぎちゃったね」
「家まで送ろうか?」
「大丈夫。すぐそこだから。それより岡本くんのほうが大丈夫なの?」
「多分まだ親は寝てるはずだから大丈夫だと思う」
「そう。じゃあ気をつけてね」
「うん。そっちも気をつけて」
また来週、そう言って委員長と別れた。
家へと帰る道、ペダルを漕ぐ力が少し強かった。ちょっと前なら明るくなりはじめる時間だったけど、秋に入った今じゃまだ日の光が昇る様子はない。
行きの時よりも車の交通量はさらに少ない。さっき聞いたエイリアンズの歌詞のように、はるか空の旅客機も仮面のようなスポーツカーも見えない。
なのにあの曲が僕の中で繰り返し流れていた。
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