第3話

 朝、教室でダウンロードしたエイリアンズを聞いてると、智也が話しかけてきた。


「コウ、お前が音楽聞いてるなんて珍しいな。またアニメの曲か?」

「違うよ。キリンジのエイリアンズ」

「キリン? エイリアン? 動物園か?」


 僕と同じ答えに思わず笑ってしまった。というより、動物園にエイリアンはいないよ。ヘッドホンを渡して聞かせると、智也はふーん、という顔をしていた。


「悪かないけど、俺向きじゃねーな。俺はこういう大人しいのよりもっと激しいほうがいい」

「まだバンドやってたんだっけ」

「空中分解しそうになるのを俺がなんとか繋ぎ止めてる。どいつもこいつも自分のスタイル求めるせいでまとまらねー」


 智也がぼやく。高校に入ってから始めたバンドがどんなのか、僕にはわからないが、あれだけ飽きっぽい智也が三年生になった今でも続けているのは、周りがそうさせているのか、それともやっと落ち着く場所を得たんだろう。


 智也こと関口智也は僕の数少ない友達の一人だ。クラスでもあまりパッとしない存在の僕に対して、智也はクラスのリーダー的なポジションにいる。見た目は今風の高校生だけど、誰とでも分け隔てなく話し、クラスのみんなからの信頼も厚い。そんな僕と仲良くしてくれてるのは周囲の目があるからじゃなく、純粋に友人として付き合ってくれている。きっかけは些細なことで、休みの日に行きつけのゲーセンで遊んだのが始まりだった。僕はゲーセンに行くと格闘ゲームをよくやっている。そこに智也がやってきて僕に挑戦してきた。もちろん向こうは僕だと知らないし、僕も智也だと気付いてなかった。ゲームは得意だと自負しているけど、思いのほか智也もゲームが上手かった。僅差で僕が勝ったけど、少しでも気を抜けば負けていた、それくらい僅差だった。ゲームを終えてようやく智也が僕だと気付いた。


「お前確か同じクラスの岡本だろ? 俺ゲームで誰かに負けたの初めてなんだよ。すげーなお前」


 やたら馴れ馴れしいと思いつつ、その頃はまだ友達でもなんでもなかった僕からしたら、休みの日に不良に絡まれたのと殆ど変わりがなかった。しどろもどろしてたら、智也は「よし、今日からお前は俺のダチだ。よろしくな岡本、じゃなかった幸四郎」そう呼んだ。智也にとっては些細なことなんだろうけど、僕にとっては大きなことだった。前になんで僕と友達になってくれたのか尋ねたら「俺よりゲーム上手いのお前だけだし、なによりお前と遊ぶのが楽しいからだ」と、あっけらかんと言われた。なるほど友達が多いわけだと改めて感心させられた。


「それで?」

「それで?」

「質問に質問で返すなよ」

「それでだけじゃわかんないよ」

「お前が急に音楽に興味持つなんてなんかあったんじゃねーかって気になったんだよ。もしかして女でも出来たか?」

「違うよ。たまたま手に取った曲が良かっただけ」


 半分正解、半分誤魔化し。智也は悪い奴じゃないんだけど、変に誤解する癖がある。よく言えば猪突猛進、悪く言えば人の話を聞かない、どちらにしても悪口だ。そのことを智也本人もよく分かってるみたいで、何かあるたびにまたやっちまった……と、愚痴ってくる。心許してくれている、そう思うとそんな役回りだけど嫌な気はしなかった。なので委員長から教えてもらったなんて言ったら話をややこしくしかねない。本当のことは黙っていることにした。


 そこへ噂の委員長が教室に入ってきた。智也は委員長を見つけると「うっす委員長、今日も可愛いな」と軽口を叩いていた。


「おはよう、関口くん──と岡本くん」

「お、おはよう委員長」


 委員長は智也の側にいる僕を見つけると一瞬驚いた様子だったが、すぐにいつもの委員長フェイスに戻っていた。その涼やかな表情にはあの夜に見た姿は想像も出来ない。


 智也の軽口を受け流すと迷わず自分の席へとついた。


「相変わらずクールだな委員長は」

「いつも思うけどよく言えるよね」

「あん? なんのことだ」

「女子に可愛いとか息するように言うからすごいなって」

「そっか?」


 智也にはあまりピンときていないみたいだった。


「にしてももったいねーよな」

「もったいない?」

「委員長だよ」


 なぜそこで委員長が出てくるのかよくわからなかった。すると物分かりの悪い生徒を諭すように智也が教えてくれた。


「見た目は美人なのにクールというか他を寄せ付けない雰囲気っての? アレのせいで台無しだ」


 智也の言う通り委員長はたしかに美人の類に入る見た目をしていた。同じクラスに花崎さんという学年でも有名な女子がいるけど、花崎さんは誰にでも人当たりがいい。その為か男子だけじゃなく、女子にも人気はあるようだった。けど委員長もまた花崎さんに負けないくらいの容姿をしているけど、ひっつめ髪と眼鏡のせいか、どことなくキツイ印象を与えていた。それ以上に他人と関わりを持とうとしないことが一番の原因だろう。


 始業のチャイムが鳴ると智也は自分の机へと戻り、少しして担任が教室に入ってきた。


「起立、礼、着席」


 委員長の凛とした声が響く。この委員長があの夜見た委員長とどうしても重ならなかった。


 僕がいつも見ている委員長。クラスメートが知る委員長だ。


 じゃああの委員長は?


 もしかしたら……エイリアンなのかもしれない。そんなバカなことを思った。するとそんな僕の考えを読んだのか、委員長が一瞬僕の方を見た気がした。


 まさか本当にエイリアン……?


 考えすぎか。


 そんな考えも担任の疲れた声で進むホームルームを過ごしているとどこかへ行ってしまった。



 今日も一日あっという間に過ぎていった。毎日こんな風だといいのになんて思いつつ、帰り仕度を始める。


 周りは部活へ行く人や委員会の仕事を始める人やら様々だった。僕はといえばどこにも所属していない、いてもいなくても変わりのない存在として毎日を過ごしていた。智也と時間が合えば帰りにゲーセンに寄って帰るのが日課になってるけど、智也はバンドの練習があるとかで先に帰ってしまった。バンドの他にバスケ部にも助っ人程度とはいえ顔を出してるそうだから、彼ほど高校生を満喫している人もそういないだろう。代わりに僕の余った時間を分けてあげたいくらいだ。


 図書室にやって来ると、受付に座っていた馴染みの図書委員が本から顔を少しあげて手を振ってきた。僕も振り返すとまた本の世界へと戻っていった。彼女とは時々お互いのおすすめの本を紹介しあったりしていた。僕はこれといったジャンルを決めているわけじゃなくて、表紙だったりタイトルを見て読んだりするいわゆるジャケ買いのようなことをしていた。方や彼女のほうはミステリーやホラーなどが専ら好きなようで面白いものを見つけると僕に教えてくれた。ちらっと見た限り、表紙の薄暗さからホラー系なんだろうと勝手な推測をしていた。あの調子なら近いうちに僕のところに回ってくるだろう。


 彼女の読んでる本の表紙が暗い色だったから、僕は反対に明るい色の表紙を探すことにした。


 この学校の図書室はかなりの規模のもので、普通の学校でいう図書室と比べると図書館と言った方が相応しい大きさだった。


 専門書の棚を通り過ぎ、文庫やらハードカバーやらが並んだ小説の棚を巡る。ふと、真っ白な表紙の本が見つかった。僕はそれを手に取る。タイトルから判断するとそれは恋愛小説みたいで、いくつかの短編で構成されていた。


 適当に空いている席を見つけ、早速本の世界にのめり込む。内容は大人向けの作品のようで、ところどころ過激な表現もあった。話としてはなるほどこういった恋愛もあるのか、といった感想だ。


 四つある短編のうち、二つ目まで読み終えて大きく伸びをした。すると、さっきまで空いていたはずの席の向かい側に委員長が座って同じように本を読んでいた。内容は量子力学がなんたらかんたら。僕には到底理解できそうにない内容だった。


 話しかけようかどうか迷っていたけど、図書室は原則として静かにする場所と決まっている。図書委員の彼女とも話すときは仕事が終わった時か、人がいないときぐらいしか話さない。


 それに委員長の話しかけないでオーラが伝わってくる感じがして、仕方なく三つ目の短編を読み始めた。


 あれから一時間ほど経った頃には四つ目の話も読み終えた。


「やあ」


 声がして顔を上げると、仕事を終えたらしい図書委員──石原今日子が話しかけてきた。


「ずいぶんと熱心に読んでたけど面白いのそれ?」

「時間つぶしにはなったかな」

「そう」


 それを本の感想ととったのか、僕の横に座るとさっき読んでた本を差し出してきた。タイトルは『今から行きます』おどろおどろしい表紙の割にタイトルは普通だった。


「この本の感想は?」

「暇つぶしにはちょうどいい」


 石原さんがいつもの癖で口元だけでニヤリと笑ってみせる。僕の言葉をそのままそっくりコピーペーストしたような感想にああなるほどと頷いてみせた。


「それで?」

「それで?」

「君は質問に質問で返すのかい?」


 石原さんが不満気に言う。どうして僕の友人たちはそれで? で通じると思ってるんだろう。


「それでだけじゃわかんないよ」

「ああ、すまない。女王様が君にご執心だったみたいでね。どんな口説き文句で口説いたのかと気になったんだ」

「女王様?」


 聞き返してそれが委員長を指す言葉だと気づいた。他のクラスでは委員長は女王様と呼ばれているらしい。らしいというのもはっきりと聞いたわけじゃないし、クラス以外の人とは殆ど関わりがなかったからだけど。ただ同じクラスの人間が決していい意味ではない風に呼ばれていることに憤りを感じていた。そしてそれは自然と顔に出ていたようだ。石原さんが「すまない、先ほどの言葉は訂正しよう」と素直に謝ってきたからだ。


「でもなんで委員長が?」

「相川女史が男子と一緒にいる姿を見たことがなくてね。一体どんな魔法を使ったんだい?」

「魔法もなにもしてないよ。それどころか話かけんなってオーラを出してたよ」

「そうかい? そうか」


 石原さんが一人で納得していた。


「それはそうともうそろそろ店じまいの時間だ。君もいい加減帰るといい」


 図書室内には僕と石原さんの他には数人の図書委員がいるくらいで生徒はいなかった。


「もうこんな時間か」


 帰ろうとすると石原さんに呼び止められた。


「忘れ物だよ」


 手には一通の手紙らしきもの。受けとるが差出人は書いてない。


「誰だろう?」

「さぁてね。なにが書いてあるかは知らないが、少なくとも舞踏会への招待状ではないことは確かだよ」


 わかりにくい例えを残して石原さんは去っていった。


 誰だろう……? 石原さんはこの手紙の主に心当たりがあるようだったけど。


 水色の封筒に入った手紙は見た目と同じく可愛らしい文字で『岡本幸四郎様』と書かれていた。

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